第86話 討伐隊の人間
進軍二日目。
昨日より深く進んでいた。魔物の密度が上がっていた。戦闘の頻度が増えていた。
ゼノは中核の位置で全体を把握しながら動いていた。前方の状況を確認して、必要な場所に動いた。補填が必要な場所に向かった。
昼の小休止があった。
隊が止まって、水を飲んで、各自が少し休んだ。ゼノは立ったまま周囲の気配を確認していた。休息中でも確認を止めることはしなかった。
「あの、少しよろしいですか?」
振り返ると、若い騎士が声をかけてきた。
二十代の前半と思われた。装備は騎士のものだったが、慣れていない動き方があった。あまり実戦経験のない騎士かもしれない。
「何だ」
「あなたが六属性の魔法使いですか? 噂は聞いていて」
「そうだ」
「昨日の補填の動き、見ていました。右翼が後退した時に、即座に動いていた」
「確認していたからだ」
「……怖くないんですか?」
「何が」
「魔王が」
「怖い、という感覚がまだはっきりしていない」
騎士が少し止まった。怖くないという答えが来ると思っていたか、あるいは当然怖いという答えを期待していたか、どちらかだった。
「……正直な人ですね」
「不正確な返答をする理由がない」
「でも、怖くないって言わなかった。はっきりしていないって言いました」
「まだわからないから、そう言った。来ている気がするものがある。ただ、怖いと確定できるほど明確ではない」
「そうですか。……俺は怖いです」
「正直だな」
「正直じゃないと来られなかったんですよ、ここまで。怖いと認めて、それでも来た。怖くないふりをしても、ここには来られなかった気がして」
「ならなぜ来たんだ」
「守りたい人がいるからです」
「守りたい人……」
「家族です。街に妻と子どもがいます」
以前にも似た話を聞いたことがあった。騎士団救援の時に出会った騎士が言っていた言葉に近かった。
「もし魔王が動いたら、全部終わる。街が、生活が、家族が。だから来ました」
「怖くても来た、ということか」
「はい。怖いのと、来ることは矛盾しないって、自分に言い聞かせながら来ました」
「……矛盾しない」
「え?」
「怖いことと行くことは矛盾しない。以前にそういう話をしたことがある」
「そうなんですか」
「守りたい人がいるから動く。その理由が、怖さより大きい時に、動ける。お前の場合はそうだった」
「……なんか、言葉にしてもらえると、そうだなって思えますね」
「言語化することで整理できる場合がある」
「整理できました。ありがとうございます。ゼノさんには、守りたい人はいますか?」
騎士が聞いてきた。
「……理解できる」
「え?」
「守りたい人がいるから動く、という話だ。理解できる」
「それって——いるんですか?」
「いる」
「そうですか。安心しました」
「なぜ安心するんだ」
「六属性の魔法使いが、俺たちと同じ理由で来てると思ったら。なんか、仲間だって思えてきました」
「仲間か……」
「おかしいですか?」
「おかしくない。ただ、仲間という概念の使い方が、以前の俺には難しかった。今は少しわかる」
「以前は難しかったんですか?」
「感情が薄かったから、繋がりを感じることが難しかった。今は少し変わってきた」
「変わってきた、か。俺も変わってきたと思います。家族ができてから。守りたいものができてから、変わった気がします」
「守りたいものができてから変わる」
「そうです。子どもが生まれてから、怖さの種類が変わった。自分が傷つくことより、守れないことの方が怖くなった」
「守れないことへの怖さ、か」
「はい。それがここに来た理由でもあります。魔王が動いたら、守れなくなる」
守れないことへの怖さ。その構造が、何かと重なった。
間に合わなかった感覚。守れなかった自分への怒り。以前に来たことがあった。怒りの覚醒の前に来た感覚だった。
それと似た何かが今日も来ていた気がした。
「……俺も、似たものが来る。守れなかった時に」
「そうですか。じゃあ、俺たちは同じですね。守りたいから来た。守れない時に怖い」
「……そうかもしれない」
「ありがとうございます」
「礼を言う理由が見当たらないが」
「なんか、勇気が出ました。六属性の魔法使いが、俺と同じ理由で来てると思ったら。すごく強い人が、同じことを感じてると思ったら」
「強いかどうかはわからない」
「でも、強い人だと俺には見えます」
「そうか」
「はい。だから、ありがとうございました」
騎士が戻っていった。
ゼノは少し立ったままだった。
俺も、同じだ。
内心で確認していた。
守りたい人がいる。それが今の俺の理由だ。
騎士は家族のために来た。妻と子どもを守りたいから来た。
俺は誰のために来たのか。
全員生きて帰る、と言った。全員が誰かを確認した。レオン、ライナス、セレン、エリナ。パーティの四人。
それだけではなかった。
この討伐隊にいる全員が、誰かを守るために来ていた。その誰かたちを守るために、ここにいる人間たちがいる。その人間たちが帰れるように動くことも、俺の理由の一部だった。
「ゼノさん」
エリナが来た。
「何だ」
「さっきの騎士さんと話してましたよね。どんな話をしていたんですか?」
「守りたい人がいるから来た、という話だ」
「そうなんですね。……ゼノさんは?」
「守りたい人がいる。それが俺の理由だ」
「直接的に言えるようになりましたね」
「騎士と話して、整理できた部分がある」
「人と話すと、整理できることがありますよね」
「そうだな。最近そう思うことが増えた。以前は一人で処理していた。今は話すことで整理できることがあると気づいた」
「誰を守りたいんですか?」
「全員だ」
「全員、ですか」
「討伐隊にいる人間も含めて。守るために来た人間たちを、守れる範囲で守る」
「ゼノさんらしい言い方ですね。守れる範囲でって」
「できないことは言えない。ただ、できる範囲でやる。それが俺にできることだ」
「全員の中に、わたしも入っていますか」
「入っている」
エリナが少し笑った。
「ありがとうございます」
「礼は——」
「不要って言わないでください。今日は受け取ってほしいです」
「……わかった」
隊が動き始めた。
休息が終わって、進軍が再開され、ゼノは中核の位置に戻った。
守りたい人がいる。その理由が今の俺の力になっている。
騎士の言葉が頭に残っている。守りたいものができてから変わった、と言っていた。
俺も変わってきた。守りたいものができてから。
それが今日の俺の動き方に出ていた。以前より力が引き出されていた。感情が全部揃っていなくても、守る理由があれば動けた。
まだ先がある。
全員生きて帰る。その条件は変わらない。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




