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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
最終章

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第84話 進軍開始

 朝が来て、魔王城に進軍するための王都の門が開いた。


 討伐隊が動き始め、騎士と冒険者が混在した隊列が魔物の森の方向へ向かって進んだ。人数が多く、足音が重なった。

 ゼノのパーティは隊の真ん中に位置していた。先鋒ではなかった。中核として位置づけられていた。


「中核、か」

「先鋒が敵と接触した後、状況に応じて動く位置だ。全体の流れを見ながら、必要な場所に動ける」

「先に突っ込まなくていいんだな」

「最初から消耗することは避ける。全体判断ができる位置にいることが今の俺たちの役割だ」

「わかった」


 森の入口まで来た。

 以前に何度も入ってきた森だったが、今日は違った。入口の時点から、魔力の密度が高かった。統率されている気配がある。


「魔物が待っている」

「待っている、とはどういう意味ですか?」

「以前の魔物は、こちらが近づくと反応した。今は——動いていない。配置されている」

「配置?」

「こちらが進むのを待っている位置に、意図的に置かれている。統率された防衛だ」


 進軍が続いた。

 最初の接触は先鋒隊だった。前方で戦闘が始まる音がした。ゼノは全体の動きを把握しながら、中核の位置で待機した。

 斥候せっこうが戻ってきた。


「前方、大型個体が複数。小型が群れを作って壁を形成しています。突破に時間がかかります」

「包囲の可能性は」

「左側面に動きがあります。回り込もうとしている可能性が」

「左側面に対応できる部隊は」

「第三部隊が向かっています」

「第三部隊の戦力では左側面を維持しきれない可能性がある。補填が必要だ」


 担当者に報告した。


「左側面が薄い。第三部隊に加えて、中核の一部を回す必要がある」

「わかった。どう動く」

「レオンとライナスを左側面に向かわせる。俺とエリナとセレンは中核に残る。左側面が安定したら戻す」

「了解。動いてくれ」

「レオン、ライナス。左側面に向かってくれ。第三部隊と連携して、回り込みを止めてほしい」

「わかった」

「はい」


 二人が動いた。

 ゼノは中核の位置から全体を把握し続けた。

 魔王が直接指示を出している。

 その判断が来ていた。魔物の動きに無駄がなかった。こちらが動くと対応してきた。学習している。統率者の指示だけではなく、上位の判断が入っている動き方だった。


「魔王が直接指示を出している。魔物に知性が宿っている」


 近くにいたセレンに言った。


「感じます。水の流れが、普通の魔物と違う。目的がある動き方をしています」

「そうだ。以前の魔物は本能で動いていた。今は違う。目的を持って動いている」

「厄介ですね」

「ただ、統率されているなら弱点もある。統率を乱せば崩れる。頭を取ることが有効になる」


 午後になったが、戦闘が続いていた。

 討伐隊の一部が損害を受けた。先鋒の一部隊が大型個体の攻撃を受けて後退を余儀なくされた。

 ゼノが動いた。


「前方、先鋒隊の右翼が後退している。補填に向かう」

「了解」


 エリナとセレンを連れて前方に向かった。後退した部隊の代わりに前に出た。

 複数属性を切り替えながら大型個体を押し返した。エリナが後退した部隊の負傷者に回復魔法をかけ、セレンが広範囲に水属性を展開して、追加の個体の動きを制限した。

 後退していた部隊が立て直した。


「助かった」

「立て直せたか」

「はい。ありがとうございます」

「追加の動きに注意してくれ。今の攻撃は陽動だった可能性がある。右翼を後退させることが目的で、その隙に別の方向から動く可能性がある」

「陽動?」

「魔王の指示が入っているなら、単純な攻撃だけではない。複数の意図が入っている可能性がある。後方を確認してくれ」


 後方の確認が走った。

 ゼノの言った通り、後方で別の動きが始まっていた。早めの対応で損害を最小化できた。


 夕方、野営地を設営した。

 全員が集まった。今日の損害の確認、明日の方針の確認。担当者との短い会議があった。


「損害は予想の範囲内だ。だが魔物の統率が予想より高い」

「想定を上方修正する必要がある。魔王の影響が外縁部まで届いている。奥に進むほど強くなる」

「わかった。明日の作戦を修正する。意見があれば言ってくれ」

「一つある。分散して進むより、集中して一点突破した方がいい。分散すると各部隊への対応が個別になる。統率されている相手には、こちらも集中した方がいい」

「採用する。詳細は明朝に」


 野営の夜。

 全員が消耗していた。食事をとって、各自の確認をして、眠りについた。

 ゼノは見張りをしながら、円卓に入った。


 アクアが来ていた。

 他の四人もいたが、今夜は最初にアクアが言葉をかけてきた。


「ゼノさん、大丈夫ですか?」

「問題ない。今日の戦闘で消耗はあったが、対応できる範囲だ」

「身体じゃなくて、心が、です」


 ゼノは少し止まった。

 心の大丈夫を確認する、という問いだった。身体の状態は把握していた。心の状態を確認することが、習慣になっていなかった。


「……わからない」

「何がわからないですか?」

「大丈夫かどうかが、わからない。今日、討伐隊の損害を見た。数値として確認した。高くはない損害だった。だが人が傷ついた。その事実に対して、何かが来た。それが大丈夫の定義に入るかどうかが、わからない」

「何かが来た、ですか」

「ああ。処理しきれていない部分がある」

「それが心の状態です。処理しきれていないことが、心の何かを示しています」

「大丈夫か、という問いに戻ると——わからない。ただ、まだ進める」

「それで十分です」


 穏やかな声だった。急かさなかった。否定しなかった。ただ、受け取ったという声だった。


「それで十分、とはどういう意味だ」

「大丈夫かどうかがわからなくても、進めるなら進んでいい。大丈夫じゃないと確認してから進む必要はない。まだ進めるという感覚がある。それで十分です」

「心が大丈夫かどうかより、まだ進める感覚の方が重要か」

「今は、そうだと思います」

「アクア」

「はい」

「今日、人が傷ついた。その時に来たものが、以前なら来なかった気がする」

「そうですね」

「これが悲しみに近いのか」

「近いと思います。悲しみは——人が傷つくことへの、あるいは守れなかった時の感覚と関係しています。今日来たものは、その端っこかもしれません」

「端っこ、か」

「ウェントスが言っていた言葉と同じです。最初は端っこから来る」

「端っこが来ていた、ということは——悲しみが近いのか」

「はい。近いと思います」


「ウェントス」とゼノは四人の方を向いた。


「何?」

「今日、端っこが来た。アクアが言っていた通りかもしれない」

「そっか、来てたんだね」


 静かな声だった。嬉しいというより、確認したという声だった。


「来ていた。処理しきれなかった」

「処理しなくていいよ。来たまま、持っていけばいいの」

「持っていく」

「そう。持っていくことが、次に繋がる」

「守る理由が、以前より明確になってきた」


「気づいてる?」とイグニスが言った。


「何に」

「今日の戦闘、以前より力が出てた。感情がまだ全部揃っていないのに」

「そうか」

「守る理由が明確になったからだよ。理由があれば、感情が全部揃っていなくても、力が引き出せる。ゼノはそういう状態になってきてる」

「守る理由が力になるのか」

「なる。今日証明した」

「テラ」

「はい」

「明日も進む。全員生きて帰る、という条件は変えない」

「変えなくていいです。あなたなら大丈夫ですよ」

「今日もその言葉か」

「これからも言います。毎日言います」

「……受け取った」

「今日は素直に受け取ってくれましたね」

「……そうだな。変わってきているのかもしれない」


 円卓を出た。

 野営地が静かで、全員が眠っていた。

 今日、端っこが来た。処理しきれなかった部分がある。それが何かはまだわからない。


 ただ、まだ進める。

 アクアが言った。それで十分と。


 今夜はその言葉を持ったまま、見張りを続けた。

 魔王城はまだ先にあった。

 全員が眠っていた。守る理由がそこにあった。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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