第82話 別れの予感
王都での準備期間が始まった。
討伐隊の全体会議が行われた。騎士、冒険者、それぞれの代表が集まって、作戦の骨格を確認した。
ゼノはその会議に参加しながら、全体を把握していた。
集まった人数、実力の分布、装備の状態、経験の有無。情報が入ってくるたびに、数値として処理していた。
数値は、正直だ。
会議が終わった後、廊下で声をかけられた。
「ゼノさん?」
振り返ると、見覚えのある顔があった。
学園時代の同級生だ。ゼノのクラスではなかったが、魔法実技の合同演習で何度か顔を合わせていた。
「お前も来たのか」
「はい。各地の冒険者に声がかかってて。ゼノさんも来てるとは思わなかったけど、考えてみれば来そうですよね」
「六属性の話が広まっているのか」
「王都に来てから聞きました。集まってる冒険者の間では噂になってて」
他にも学園の同期がいた。
ライナスが先に見つけ、「あ、知ってる人がいます!」と言って近づいていった。懐かしそうに話していた。
レオンも見つけ、「おい、久しぶりじゃないか!」と言って駆け寄った。笑い声が上がった。
エリナとセレンも、顔見知りの生徒と少し話していた。
ゼノは少し離れた場所から、その様子を見ていた。
懐かしさという感覚が来るかどうかを確認した。
何かは来た。名前と顔が一致する、という認識の外側に何かがあった。それが懐かしさかどうかは、まだわからなかった。
「ゼノさんは話さないんですか?」とエリナが聞いてきた。
「必要があれば話す。今は観察していた」
「懐かしくないですか?」
「懐かしい、という感覚が何かを確認中だ。ただ、何かは来ている」
「それが懐かしいですよ」
「そうかもしれない」
その日の午後、作戦会議の続きがあった。
魔王城への進軍経路、各部隊の役割分担、撤退条件。具体的な話が続いた。
ゼノは聞きながら、計算していた。
投入される戦力と、想定される魔王の力。過去の記録にある魔王の規模と、今回の規模の比較。討伐隊の中で戦闘力として機能できる人数の実質的な見積もり。
数値は、厳しかった。
全員が帰ってこられるわけではない可能性がある。
その結論が、計算として出ていた。
作戦会議が終わって、担当者が「各自、明日以降の準備を進めてくれ」と言い、人が散っていった。
ゼノは部屋に戻った。
計算の結果を、どう処理するかを考えていた。
自分のパーティの全員生きて帰る、という条件は変えない。ただ、討伐隊全体として見た時、数値は厳しかった。
夕食を終えて、各自が部屋に戻った。ゼノは宿の廊下に面した窓の前に立っていた。王都の夜の光が見えた。
「何か、考えてますよね?」
エリナが来た。
「一人でいたいなら言ってください。でも、顔を見て声をかけたくなって」
「構わない……生存確率の計算をしていた」
「生存確率……」
エリナが繰り返した。声が少し変わった。
「今日の会議で得た情報から計算した。討伐隊の戦力と、想定される魔王の規模。数値として出した」
「……みんなが帰ってくる確率?」
「討伐隊全体として、そうだ。……高くはない。計算として、そうなる。数値を無視することはできない。」
エリナが窓の外を見た。ゼノも同じ方向を見ていた。王都の光がそこにあった。
「でも、ゼノさんが『全員生きて帰る』って言ったじゃないですか」
「言った」
「数値が厳しくても、言ったことは変わらないんですか?」
「……ああ。だから言い続ける。それが俺にできることだ」
「言い続けることが、できることですか……」
「数値を変えることが俺にはできない。魔王の力を下げることも、討伐隊の全員を守ることも、今の俺には確約できない。ただ、言い続けることはできる」
「言い続けることで何かが変わるんですか?」
「変わるかどうかわからない。ただ、言わなければ確実に変わらない」
「……ゼノさんらしい考え方ですね」
エリナが小さく笑った。笑いながら、目が少し潤んでいた。
「感情的な反応をしているか」
「してます。生存確率が高くないって言われると、怖くて。でも、ゼノさんが言い続けると言ってくれると、少し違います」
「どう違う」
「諦めてないって、わかるからです」
「諦めていない」
「はい。数値が厳しくても、言い続けるということは、諦めていないということ。それがわかると、怖さの種類が変わります」
「怖さの種類が変わる、とはどういう意味だ」
「どうしようもない怖さと、どうにかなるかもしれないという怖さは違う。ゼノさんが言い続けると言ってくれると、後者になる」
「……なるほど」
「なるほど、って言いましたね」
「適切な表現だと判断した」
「ゼノさんがなるほど、って言うのが珍しくて」
「エリナ」
「はい」
「計算の話をしたのは、隠すことが合理的でないと判断したからだ。知っていた方がいい情報がある。ただ、言い方を間違えたかもしれない」
「間違えてないですよ。正直に言ってくれてよかったです。ゼノさんが何を考えていたかわかりました。数値が厳しいことも、それでも言い続けることも。両方わかりました」
「両方、か」
「はい。どちらも大切な情報です」
「一つ聞いていいか」
「何ですか?」
「怖いと言ったが、今も来るのか」
「来てます。今もあります。ただ、さっきより少し違います。ゼノさんと話して、少し変わりました」
「何が変わったんだ」
「一人じゃないって、ことです。ゼノさんが計算していても、言い続けると言った。それが一緒にいるってことだと思って」
「一緒にいる、か」
「はい」
「……全員生きて帰る。それは条件だ。数値が厳しくても、条件は変えない。変えない理由が俺にはある」
「どんな理由ですか?」
「全員が帰ることを条件にしなければ、帰れない可能性が上がる。言い続けることで、少しでも可能性が変わるなら、言い続ける価値がある。感情的な理由ではなく、合理的な判断として」
「合理的な理由と感情的な理由、どちらもありますよね」
「そうかもしれない。今は分けられていない」
「分けなくていいと思います。両方あっていい」
「エリナ」
「はい」
「今夜、ここに来てくれてよかった」
エリナが少し止まった。
「……ゼノさんが、そういうことを言えるようになりましたね」
「言うことが適切だと判断した。事実でもある」
「どちらも本当ですよね」
「……そうだ」
「私も、来てよかったです。ゼノさんが考えていたことがわかって、よかった」
二人で少しの間、窓の外を見ていた。
王都の光があり、遠くに城壁が見えた。その先に魔物の森があり、さらにその奥に、魔王城がある。
「寝ます。ゼノさんも、休めそうなら休んでください」
「ああ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
エリナは自分の部屋に戻った。
生存確率の計算が、頭の中に残っていた。高くはない、という数値が。
ただし、言い続けるという判断も残っていた。
全員、生きて帰る。
その言葉を、今夜また確認した。変わらなかった。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
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ではまた。




