第81話 王都の緊張
王都が見えてきたのは、昼を過ぎた頃だった。
城壁が大きかった。以前に通った時と同じ城壁だったが、今日は違って見えた。城壁の上に人が多かった。見張りの数が増えていた。
「警備が増えてるな」
「そうだ。魔王の動向に対応している可能性が高い」
「王都の中も変わってるかな」
「変わっているだろう」
正門を通り、中の様子を確認した。
雰囲気がまるで違った。人の往来は多かったが、活気ではなく緊張があった。市民が歩く速度が速かった。立ち話をしている人間が少なかった。市場は開いていたが、声が少なかった。
装備を持った人間が増えていて、冒険者と思われる人間、騎士、それぞれが別々の方向から流れ込んでいた。各地から集まっているのが見えた。
「人が多いですね」
「各地から集まっている。討伐隊の編成が進んでいる証拠だ」
「みんなが来てるんですね。魔王のために」
「そうだ」
指定された場所に向かった。
王国の担当者が待っていた。四十代の男性で、騎士の装備を着ていた。ゼノたちを見て「来てくれたか」と言った。
「状況を教えてください」
「会議室に来てほしい。詳細をそこで話す」
部屋に通された。
テーブルに地図が広がっていた。魔物の森の詳細な地図だった。ゼノが今まで見てきたものより情報量が多かった。
「魔王の最新情報から共有する」
「お願いします」
「魔王は数百年ぶりの覚醒だ。前回の記録は五百年前になる。過去の記録では——魔王一人で国が一つ滅んでいる」
部屋の空気が変わった。
全員が動かなかった。
国が一つ滅んでいる。その言葉が、部屋の中に残った。
「前回の記録の詳細を教えてください」
「五百年前の記録は不完全だ。魔王が現れてから国が滅ぶまでの期間は一年もかからなかった、という記録がある。魔物の統率が完成すると、人間の戦力では対抗が難しくなる」
「今回の魔王の現状は」
「統率は始まっているが、まだ完全ではないと判断している。魔物の行動変化が始まってから、完全な統率まで時間がかかる。その間に対処することが目標だ」
「討伐隊の編成はどこまで進んでいますか」
「現時点で騎士が八十名、冒険者が四十名程度が集まっている。ただ、魔王に直接対応できる実力を持つ者は少ない。それが問題だ」
「魔王の弱点、行動パターン、城の構造。情報を出せるだけ出してください」
担当者が少し止まった。それから苦笑いをした。
「……頼りになるな。感情のない目で状況を確認している」
「感情がないわけではない。ただ、今は情報収集が優先だ」
「そうか。では——弱点については不明な部分が多い。五百年前の記録から推測できることを話す」
話が続いた。
魔王の魔法の特性。過去の記録から推測できる行動パターン。魔王城の構造について知られていること。討伐隊の作戦方針。
ゼノは全部を記録した。
不足している情報が多かった。確定していない部分が多かった。それは仕方がなかった。五百年前の情報と、現在の状況を照合しながら判断するしかなかった。
「共有できる情報は以上だ。追加で確認したいことはあるか?」
「ある。ただ、明日以降にしたい。今日は整理する時間が必要です」
「わかった。宿の手配は済んでいる。明日また会おう」
宿に向かった。
全員が無言に近かった。
国が一つ滅んでいる、という言葉が各自の中にあった。
宿に着いて部屋に入った。食事をとる前に、全員が一つの部屋に集まった。
「……正直、怖くなってきたな」
レオンが言った。
食事も始まっていない時間だった。椅子に座って、少し前を向いたまま言った。
「怖くなってきた、か」
「さっきの話を聞いて。国が一つ滅んでる、って。今まで魔物と戦ってきたけど、国が滅ぶという規模の話じゃなかった」
「そうだな。規模が違う」
「俺も怖いです。正直に言うと。旅に出てから怖いことは何度もあったけど、今日の話は別の種類の怖さがあります」
「怖いのは正常だ。」
「どういう意味だ?」
「状況の規模を正確に認識しているから怖い。認識が正確であれば、怖いという反応は正常だ。規模の大きさを軽く見ていれば怖くない。怖いということは、正しく認識できている証拠だ」
「じゃあ怖いのはいいことなのか?」
「悪いことではない。怖さが判断を妨げることもあるが、正確な認識から来る怖さは有用な情報でもある」
「……有用な情報、か。そう言われると、少し楽になる気がする。怖いことが悪いことじゃないなら、怖くていいな」
「怖くていい」
「お前は怖くないのか?」
ゼノは少し間を置いた。
「……まだわからない。今日の情報を聞いて、何かが来た。それが怖いかどうかは確認中だ」
「何かが来たんだな」
「ああ。何かは来た」
「それが怖いだと思うぜ?」
「そうかもしれない。ただ——」
「ただ?」
「行く理由は変わらない。怖いかどうかに関わらず、行く」
「なんで行けるんですか? 怖いのに」とライナスが聞いてきた。
「怖いことと行くことは矛盾しない、という話を以前した。それが今もそうだ。行く理由があるから、怖くても行く」
「行く理由って何ですか、改めて」
「複数ある。魔王の存在を放置すれば被害が出る。情報として確認したい部分がある。そして——全員で行く、という状況が、俺には行く理由になっている」
「俺たちがいるから行ける、ってことか」
「そうかもしれない。一人だったら、判断が変わっていた可能性がある。全員で行くから、行く」
「俺たちも同じだ。ゼノがいるから行ける。お前がいなかったら、俺は今日の話を聞いて逃げてたかもしれない」
「俺もです」
「わたしも同じです」
「私も。ゼノさんが全員生きて帰ると言ってくれたから、行けます」
ゼノは全員を見た。
「互いに、か」
「互いに、だよ。お前が俺たちのおかげで行けるなら、俺たちもお前のおかげで行ける。そういうことだろ」
「……そうだな」
「怖いけど、行きます。みんなと一緒に」とライナスが。
「私たちも」とエリナとセレンが言った。
「……わかった。怖くても、行く。全員で」
「それでいい。飯にしよう。腹が減ってる。こういう時は食うのが一番だ」
「合理的な判断だ」
「合理的かどうかより、腹が減ってるから食うんだよ!」
レオンが笑った。少し力が抜けた笑いだった。緊張が少し緩んだ音だった。
今日の情報についての話は続けなかった。レオンが他愛のない話をした。ライナスが笑った。セレンが水の話をした。エリナがゼノに何かを聞いた。
普通の夜に近い時間があった。
王都の外には緊張があった。明日また担当者と話す必要があった。これから先に何があるかがわかっていた。
ただ、今夜この部屋の中は、少し違った。
全員がいた。怖いと言える場所があった。怖くても行く、と言える場所があった。
それが今夜の全員にとって必要なものだった、とゼノは判断した。
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ではまた。




