第80話 王都への帰還
王都への道は、来た時と同じ街道だった。
ただ、来た時と気持ちが違った。学園を卒業して旅に出た時は、目的が漠然としていた。魔物の森の探索、魔王に関する情報収集。それが今は具体的な形になっている。
王都に向かっている。王国の討伐隊と合流する。魔王に向かって動く。
具体的になったことで、何かが変わった気がした。変わり方が何かは、まだ確認中だった。
街道を進みながら、ゼノは情報を整理していた。
魔王について知っていることを並べた。
六属性の魔法使いだという情報がある。数千年に一度の存在という点で、俺と同じだ。
感情を持たない、あるいは持っていない状態にある。使者との遭遇でそれが示唆された。
大切な人を人間に殺された過去がある。それが感情を捨てる動機になった。
魔王城に閉じこもり、人間に敵対している。復讐を動機にしている可能性がある。
並べていくと、共通点が目についた。
「考え込んでますね」
エリナが隣に来た。
「魔王について考えていた」
「どんなことを?」
「情報を整理していた。知っていることを並べると……俺と似ている部分がある」
エリナが少し真剣な顔になった。
「どんな部分がですか?」
「六属性という点。感情が封じられている、あるいは捨てられているという点。大切な存在が傷ついたことが起点になっているという点」
「三つも」
「そうだ。外から見れば、俺と魔王の状態は近いかもしれない。使者も同じことを言っていた」
「ただ――」とゼノは続けた。
「違う部分もある」
「どんな部分がですか?」
「魔王は感情を自分の意志で捨てた。フォート校長の話から、意志で捨てた可能性が高いと判断している。俺は——無意識に封じた」
エリナが「それって、大きな違いだと思います」と言った。
「なぜそう思うんだ」
「意志で捨てることと、無意識に封じることは、出発点が違う。魔王は感情を持つことを選ばなかった。ゼノさんは——感情が来た時に、自分を守るために封じた」
「自分を守るため、か」
「そう見えます。詳しい経緯は聞いていないですけど、何かがあって封じた。それは感情に傷ついたから、ですよね」
「傷ついたから封じた」
「はい。感情があったから傷ついた、という経験があったから、封じようとした」
「それは弱さか」
「弱さじゃないです」
「なぜだ」
「傷ついた、ということは、傷つくほど大切なものがあったということだから。大切なものがあったことは弱さじゃありません」
傷ついた。大切なものがあったから傷ついた。その傷から自分を守るために封じた。それが出発点だった、とすれば。
「……魔王も、傷ついたから感情を捨てたのかもしれない」
「そうかもしれませんね。大切な人が死んで、傷ついた。だから捨てた。出発点は同じかもしれない。でも、選んだことが違います」
「俺は封じた。魔王は捨てた」
「そうです。ゼノさんは取り戻そうとしている。魔王は捨て続けることを選んでいる」
「……そうかもしれない」
「不思議だと思います」
「何が」
「似ているのに、こんなに違う方向に向かっている。同じ場所から出発したかもしれないのに」
「何が違いを生んだのか」
「わからないですけど。周りに誰かがいたか、どうかじゃないですか?」
「誰かがいたか」
「ゼノさんには、私たちがいる。一緒に旅してきた。感情を取り戻す機会があった。魔王には、そういう人が来なかったのかもしれない」
「……それが違いか」
「そうかもしれません」
しばらく二人で黙って歩いた。
レオンが前の方で何かを言っていた。ライナスが笑っていた。セレンが静かに地図を見ていた。
「ゼノさん」
「何だ」
「魔王に会った時、どうするつもりですか? 倒す、ということ以外で」
「倒すことだけが目的ではない、という感覚は来ている。ただ、何を目的にするかが、まだ言語化できていない」
「話せると思いますか、魔王と」
「可能性はある。使者との遭遇で、魔王がこちらに興味を持っていることはわかった。俺の存在を単なる排除対象とは見ていない可能性がある」
「なぜ興味を持ったんでしょうか」
「似ているから、かもしれない。使者が言っていた通りだ」
「似ているから話せるかもしれない」
「……可能性はある」
「話せるといいですね」
「なぜ」
「倒すより、話した方がいいことがある気がして。理由は言えないですけど」
「感覚か」
「そうです。セレンから少し影響を受けたかもしれませんね」
「感覚による判断を受け入れるようになってきたのか」
「ゼノさんが少し受け入れるようになったので、私も」
「俺の変化がエリナに影響したのか」
「お互い様だと思います」
王都への街道が続いた。
夜になり、野営地を設営した。
夜の円卓に入ると、四人が来ていた。いつも通りだ。
話していると、何かを感じた。
円卓の端を確認した。
薄暗い空席が二つ。そのうちの一つが——かすかに動いた気がした。
揺れた、というほどではなかった。存在感が少し変わった。それだけだった。
「ウェントス」
「何?」
「今、空席が動いた気がした」
ウェントスが空席を見た。少し間があった。
「……もうすぐかも」
小声だった。四人に聞こえる声だったが、ゼノに向けて言った声だった。
「どちらの席だ」
「ルミナの隣の席」
まだ薄暗い。しかし、さっきよりわずかに違う気がした。色が定まり始めているのか、それとも何かが近づいているのか、まだわからなかった。
「次の感情が来るのか」
「……もうすぐだと思う。悲しみが」
「次の覚醒が近いということか」
「来るための条件が揃ってきてるのかもしれない」
「条件は何だ」
「それは——アクアに聞いてほしい。あの子は、ゼノのことを一番知ってる部分があるから」
「一番知っている、とはどういう意味だ」
「来た時にわかる」
いつもの答えだった。
「テラ、どう思う」
「悲しみは、失って初めてわかるものです。今のゼノ君には、守りたいものが増えた。失うことへの感覚が生まれてきた。だからアクアが近づいているのかもしれない」
「守りたいものが増えたから、失うことへの感覚が来るのか」
「愛情と悲しみは繋がっています。愛情が深まった後に、悲しみが来る。ルミナが来たから、次はアクアが近い」
「そういう順序があるのか」
「ゼノ君の場合はそうかもしれません」
「ルミナ」とゼノは呼んだ。
「何かしら」
「愛情が深まると悲しみが来る、というのはどういう意味だ」
「大切なものができると、失うことが怖くなる。怖くなると、失った時の悲しみを想像できるようになる。想像できるようになると、実際に失った時に悲しめる」
「今の俺には、失うことへの感覚が来ている可能性があるということか」
「来てると思うわ。エリナが傷ついた時に来たものが、そういうものだったんじゃないかしら」
「……否定できない」
「イグニス」とゼノは言った。
「何だ」
「悲しみについて、何か知っているか」
「あたしは怒りだから、悲しみのことは詳しくない。ただ——悲しみと怒りは近いところから来ることがある。大切なものを失った時、悲しみが来るか怒りが来るかは、人によって違う。お前の場合はどちらが来るかはわからない」
「どちらが先に来るかわからない、ということか」
「そうだ。ただ、どちらも来る可能性がある」
円卓を出た。
アクア。悲しみを司る人格。ゼノが感情を封じた理由を覚えている、とウェントスが言っていた。
感情を封じた理由。
自分では、詳しく覚えていなかった。転生前に何かがあった、という断片的な記憶はある。しかし鮮明ではなかった。
アクアが知っている。
そのことを、今まで深く考えたことがなかった。
来た時に話す、とウェントスが言っていた。
もうすぐかもしれない、と今夜言った。
王都へ向かいながら、悲しみを司る人格が近づいている。
決戦が近づいている。
二つのことが同時に近づいていた。
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ではまた。




