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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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第7話 席替えと観察対象

 朝のホームルームが始まる前に、担任のクルス先生が黒板に『席替え』と書いた。

 教室の温度が少し上がった気がした。

 期待、不安、隣になりたい相手への意識。複数の感情が同時に動いた時、教室全体の空気が変わる。


「くじ引きで決める。順番に引いてくれ」


 クルス先生が箱を差し出した。生徒たちが一列になって、一人ずつ番号を引いていく。

 ゼノは自分の番に近づいて、くじを引いた。番号を確認する。

 窓際から二列目、前から三番目。

 周囲の生徒が新しい席に移動し始め、ゼノも荷物を持って指定の席へ向かった。


 席に着いた瞬間、右隣から声がかかった。


「お、隣か。よろしくな」


 レオンだった。

 明るい赤みがかった髪が視界に入る。椅子を引きながらこちらに向けた顔は、特に緊張した様子もなく、ただ自然な笑顔だった。ゼノと目が合っても、引かなかった。


「よろしく」


 ゼノは答えた。

 レオンが「お前って席替えの時、何か思った?」と聞いた。


「番号を確認して、位置を把握した」

「そういう意味じゃなくて。嬉しいとか、どうでもいいとか」

「どちらでもない。隣の人間が誰であるかは、今の時点では評価保留だ」


 レオンが少し止まった。それから笑った。不快そうではなかった。むしろ面白がっている。


「お前って変わってるよな」

「変わっている、という評価の基準が不明だが」

「......そういうとこだよ」


 レオンが苦笑いした。呆れているのか、気に入っているのか、その中間のような表情だった。


「でも嫌いじゃない。正直な奴は話しやすいから」


 ゼノは返答を考えた。適切な言葉が見つからなかったので、何も言わなかった。

 レオンはそれで傷ついた様子もなく、前を向いた。


 斜め前の席に、ライナスが座っていた。

 ゼノと目が合うと、ライナスが少し驚いた顔をした。それから「あ、近くになりましたね」と言った。

 先日の魔法指導の後から、ライナスのゼノへの接し方がわずかに変わっていた。気圧されて引くという反応が薄れている。完全になくなったわけではないが、以前より距離が近い。


「あの、フォームの件、その後も意識してたら安定してきて。ありがとうございます」

「改善されたなら有用だ」


 ライナスが「そういう言い方するんですね」と言いながら微笑んだ。責めている様子はなかった。



 席替えによって変わったのは、ゼノの周囲だけではなかった。

 エリナの隣に、新しい生徒が座った。セレン・ミアという名前だった。水属性単体の魔法使いで、適性検査の時に静かに石を持っていた生徒だ。目立った反応をせず、周囲を落ち着いて見ていた印象がある。

 午前の授業が終わる頃には、エリナとセレンが話しているのをゼノは見た。


 エリナの笑顔の頻度が上がっている。セレンと話す時間が増えるにつれて、話しかける回数も増えた。だがその笑顔の質は変わっていなかった。口角の動きが過剰で、目の奥と表情がずれている。作られた表情が、維持されている。

 なぜ仲良くなっても笑顔の質が変わらないのか。


 仮説は二つある。

 一つは、エリナにとって作られた笑顔がすでに無意識の習慣になっており、親しい相手にも自動的に適用されている。

 もう一つは、セレンとの関係がまだエリナにとって完全に安心できる段階に達していない。


 どちらが正しいかは、判断材料が足りなかった。

 昼休みにはエリナとセレンが並んで食事をとっていた。セレンが静かに話すのをエリナが聞いて、笑う。その繰り返し。二人の距離が縮まっているのは明らかだった。

 それでも、笑顔の質は変わらなかった。


 午後の授業の合間、レオンが「なあ、お前って昼飯どこで食ってるんだ」と聞いてきた。


「窓際の席で本を読みながら食べている」

「一人で?」

「ああ」

「誘えばよかったな。俺とライナスで食ってたから、一緒に食えばよかった」

「......考慮する」

「考慮って、もっと気軽に言えよ」

「気軽の定義が——」

「もういい! 明日一緒に食おうぜ、以上!」


 レオンが笑いながら前を向いた。ゼノは返答を保留したまま、授業の準備をした。

 レオンという人間は、ゼノの言葉に対して笑うか、呆れるか、どちらかの反応を返してくる。不快になった様子を見せたことがない。


 放課後。

 円卓に座ると、ウェントスがいつもより早く話しかけてきた。


「席替えどうだった?」

「有用な配置になった。レオンが右隣、ライナスが斜め前。どちらも観察しやすい位置だ」

「そっちの話じゃなくて、レオンって面白い人だよね」

「感情表現が豊かで観察対象として有用だ。反応の種類が多く、予測しやすい部分と予測しにくい部分が両方ある」

「......友達、って言えないの?」


 ゼノは少し止まった。

 共に時間を過ごす相手、互いに影響を与え合う関係、感情的な繋がりを持つ間柄。いくつかの定義が思い浮かんだが、どれが正確か分からなかった。


「......定義を確認する必要がある」

「もう! 観察対象とか、そういう言葉じゃなくてさ。レオンと話してる時、どんな感じだった?」

「......処理が追いつかない部分が多かった。反応の予測が外れることが多い」

「それって、楽しいってことじゃないの?」

「楽しいという感覚が何かは、まだ分からない」

「分かってるよ、そういうこと言うって」


 ウェントスがため息をついた。でも怒った様子ではなかった。


「でもさ、処理が追いつかないって言いながら、ちゃんと会話してたんでしょ?」

「している」

「それでいいんじゃないかな、今は」


 ウェントスが足をぶらぶらさせた。いつものリズム。


「友達の定義なんて、後から分かればいい。レオンと話してて、悪くなかったと思えるなら、それで十分だよ」

「悪くなかった、という評価は出ている」

「じゃあいいじゃん」


 ウェントスが笑った。それ以上は追わなかった。

 五つの空席は今日も暗いままだ。レオン、ライナス、エリナ、セレン。今日一日で新しい情報が増えた。それが何に繋がるのかは、まだ分からない。


「悪くなかった、か」


 ゼノは小さく繰り返した。

 ウェントスが「うん」と答えた。それだけで、その夜の円卓は終わった。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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