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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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第6話 円卓の六つの椅子

 寮の部屋は、思ったより静かだ。

 一人部屋で、ベッドと机と小さな棚。窓から見える空には雲が多く、星はほとんど見えなかった。ゼノはベッドに横になって、天井を見た。


 学校が始まって数日が経った。

 収集した情報を整理する。授業の内容、教師の指導方針、クラスメイトの特性。エイダ先生の授業には論理的な一貫性があるが、説明の比喩に不正確な部分が混じりやすい。

 ガード先生は感情的な指導をしない代わりに、個別の問題への対応が遅い。

 ライナスは基礎フォームに問題があったが、指摘への対応が素直だった。

 エリナは作られた笑顔を持つが、正直な反応をする。

 レオンは感情表現が豊かで、こちらの反応を期待する傾向がある。


 データは増えている。

 ただ、データが増えることで何が変わるのかは、まだ分からなかった。

 ゼノは目を閉じ、意識が内側へ落ちていく。


 円卓の前に立っていた。

 いつも通りの広間だ。天井がなく、どこまでも続く白色の空間。中央に石造りの円卓。七つの椅子が等間隔に並んでいる。


 七つの椅子。それぞれにわずかな違いがある。ゼノが座る椅子は灰色がかった白で、特に装飾がない。

 残りの六つは——暗かった。椅子としての形は持っているが、色が定まっていない。薄暗い影のような存在感で、広間の中でその五つだけが、何かが欠けているような印象を与えた。

 ウェントスはいつもの椅子に座っていた。足をぶらぶらとさせながら、天井のない空間を見上げていた。ゼノが近づく気配に気づいて、視線を下ろした。


「あ、来た」


 特別に明るい声ではなかった。ただ、来たことを確認した声だった。

 ゼノは自分の椅子に座った。円卓を挟んで、二人と五つの空席がある。いつもの配置だ。


 しばらく、どちらも話さなかった。

 ウェントスが足のぶらつかせ方を変えた。少し速く、それから遅く。何かを考えている時の動作だ。


「ねえ。他の子たちって、いつ来るのかな」


 五つの空席を見ながら言った。ゼノも同じ方向を見た。


「分からない。必要になれば来るだろう」

「必要になれば、ってどういう意味?」

「俺が何かを必要とした時。あるいは何かが起きた時。そういうタイミングで来るのではないかと思っている。根拠はない」

「そっか」


 ウェントスが空席を見続けた。その横顔を、ゼノは見ていた。

 普段の表情と少し違った。明るさが薄れている。何かを考えている時の顔でもなく、困っている顔でもなく、何と形容すればいいのか、ゼノには言葉が見つからなかった。


「ゼノは、寂しくないの?」


 ゼノは少し考えた。


「寂しいという感覚が何か分からない」


 寂しいという言葉の定義は理解している。

 だがその感覚が自分の中にあるかどうかは、判断できなかった。ないとも言えないし、あるとも言えない。ただ、感じていると確信できるものがなかった。

 ウェントスが黙った。

 その沈黙は少し長かった。ゼノは待った。ウェントスが何かを言おうとして、やめて、また考えている気配があった。


「そっか」


 ウェントスは静かにそう言った。


 いつもの「そっか」ではなかった。普段のウェントスが言う時は、明るさか軽さが混じっている。今の「そっか」には、何も混じっていなかった。ただ、受け取ったという音だけがした。


 空席が五つ、暗いまま並んでいる。

 ゼノはその一つ一つを見た。形だけあって、中身がない椅子。ここにいつか誰かが座るのか、それとも永遠にこのままなのか。


「一つ、聞いていいか」

「うん」

「ウェントスは何故ここにいる」


 ウェントスが少し首を傾けた。


「何で急に?」

「今まで聞いていなかった。聞く機会がなかったわけではないが、優先度が低かった。今日は聞こうと思った」

「理由は?」

「分からない。ただ、聞きたいと思った」


 ウェントスがゼノを見た。何かを確かめるような目だった。それから、ゆっくりと足のぶらつかせ方を止めた。

 ウェントスが少し間を置いた。視線を空席の方に向けて、また戻す。答えを探しているのではなく、どう言えばいいかを探しているように見えた。


「あたしはね、ゼノが笑えるようになる日までここにいるよ」


 笑えるようになる日。笑う、という行為は表情筋の動作であり、ゼノは物理的に笑うことができないわけではない。

 しかしウェントスが言っているのはおそらくそういう意味ではない。本物の笑い、ということなのだろう。


「合理的な理由ではないな」

「そういうもんじゃないんだよ、バーカ」


 ウェントスがそう言って、少し笑った。

 さっきまでの静かな表情とはまた違う、どこか複雑な笑い方だった。怒っているわけでも、呆れているわけでもなく、何か別のものが混じっていた。


「ゼノが笑えるようになるまでそばにいる。それだけ。理由なんかないよ。あたしがそうしたいから、そうする」

「そうしたいから、というのは理由ではないのか」

「理由と動機は違うんだよ。理由は後からつけるもので、動機は最初からあるもの。あたしにあるのは動機だけで、理由は後からついてくるか、一生つかないかどっちかだと思う」


 その言葉の意味を完全には理解できなかった。理由と動機の違い。動機が先にあるということ。それはゼノの思考の構造とは逆の順序だった。ゼノは常に理由から動作へ向かう。動機が先にある、ということが身体で分からなかった。


「......そうか」


 それだけ言った。

 ウェントスが再び足をぶらぶらさせ始めた。今度はゆっくりと、落ち着いたリズムで。

 五つの空席が、静かに暗かった。

 ゼノはその暗さを見ながら、何かを考えようとして、何を考えるべきかが分からなかった。必要になれば来る、と自分は言った。では何が必要になれば来るのか。何が起きれば、椅子に色がつくのか。


「ゼノ」

「何だ」

「今日、ライナスに魔法教えてあげたんだって?」

「通りかかっただけだ。フォームの問題を指摘した」

「でも、非効率だって言いながら付き合ってあげたじゃん」


 ゼノは答えなかった。


「それって、どういう気持ちだったの?」

「......処理しきれていない部分がある」

「どんな部分?」

「ライナスの声が変わった時のことが、少し頭に残っている」


 ウェントスが「ふーん」と言った。

 その「ふーん」には、何かが入っていた。何かを知っていて、それを言わないでいる時の声だ。


「何か知っているのか」

「知ってるよ? でも今は言わない」

「なぜ」

「ゼノが自分で分かった時の方が、意味があるから」


 またその答えだ。ウェントスはよく、自分で分かった時が本物だという言い方をする。その理由が、ゼノにはまだ理解できていなかった。


「......非合理的だ」

「そういうもんだって」


 ウェントスが笑った。今度は少しだけ、いつもの明るさが戻った声で。

 円卓に二人と五つの空席。白色の広間は静かで、どこまでも続いていた。


 ゼノは目を開けた。

 寮の天井が見えた。窓の外は暗いままだったが、雲の切れ間から星が一つだけ見えた。

 

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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