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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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第5話 魔法理論の授業

 魔法属性学の教室は、実技の訓練場とは対照的に静かな場所だった。


 石造りの壁に黒板。窓から差し込む光が、整然と並んだ机の上に細長い影を作っている。生徒たちが席に着くと、エイダ先生が教壇に立って教材を広げた。


「魔法属性学の第一回です」


 エイダが黒板に『属性の起源』と書いた。


「今日は魔法属性の歴史と基礎理論、属性間の相性について説明します。後の実技に直結する内容なので、しっかり記録してください」


 事前に図書室で関連文献を三冊読んでいた。基礎的な内容は把握している。ただ、先生がどの切り口で説明するかによって、補完できる情報がある可能性があった。聞く価値はある。

 エイダ先生の説明が始まった。


 魔法属性の起源は古代にまで遡る。

 大陸に最初の魔法使いが現れたのは記録上では四千年前。当初は火属性と水属性の二種類しか確認されていなかったが、時代を経るごとに風、土、聖、闇の属性が確認されるようになった。

 属性の発現は遺伝的な要素が強く、親の属性が子に受け継がれる確率は六十から七十パーセント。ただし例外も多く、両親とも異なる属性を持つ子が生まれることもある。


 ほぼ文献通りだ。ただ説明の順序が教育的に整理されており、理解しやすい構成になっている。エイダ先生の授業設計は合理的だった。

 属性間の相性の説明に移った頃、ゼノは一点、引っかかりを覚えた。


「火属性は水属性に対して出力が低下します」


 エイダが相性図を黒板に描きながら言った。


「これは火が水によって物理的に消される現象と対応しており、魔法においても同様の干渉が起きると考えられています。逆に、風属性は火属性を強化する——」


 ゼノは手を挙げた。

 教室の視線が集まった。エイダ先生が「はい」と指名する。


「説明に一点、確認があります」

「どうぞ」

「火属性が水属性に対して出力が低下するという説明は、物理現象との対応として説明されていました。ですが先ほどの属性起源の説明では、魔法属性は物理現象とは独立した魔力の性質として定義されていました。物理現象との対応を根拠にするなら、定義と矛盾しています。実際には属性間の相性は経験則として確認されているものであって、物理現象が原因ではないはずです」


 教室が静かになった。

 エイダ先生が黒板を向いたまま、少しの間動かなかった。それからゼノを振り返った。


「......正しいです」


 短い言葉だった。それから「よく気づきましたね」と続けた。声は平静だったが、表情に何かが混じっていた。驚きと、それから何か別のもの。


「説明が不正確でした。属性間の相性は魔力の性質による干渉であり、物理現象との類似は直感的な理解を助けるための比喩に過ぎません。記録を訂正してください」


 生徒たちがざわついた。

 廊下側の席からレオンの声がした。「やるじゃないか」と小声で。ゼノはそちらを見なかった。反応する必要がなかった。


 授業が再開した。ゼノは続きを聞きながら、指摘した部分の周辺にある関連事項を整理した。属性間の干渉が魔力の性質によるものなら、複数属性を持つ場合の内部干渉についても同様の論理が適用できる可能性がある。自分の魔法に関係する情報だった。


 放課後、ゼノは図書室に向かっていた。

 今日の授業で生じた疑問を追うための資料が必要だった。校舎の裏手に差し掛かった時、訓練場の方から音が聞こえた。


 魔法の発動音だ。

 だが音の質が不安定だ。出力が一定しておらず、発動するたびに大きさが変わっている。制御に問題がある音だと分かった。

 通りかかったついでに確認した。


 訓練場の端に、一人の生徒がいた。ライナスだった。風属性の魔法を繰り返し発動しようとしているが、出力が毎回ばらついている。

 ライナスが「また......」と呟きながら肩を落とした。


 ゼノは見ていた。

 発動の瞬間、右足に重心が偏っている。それによって上半身が右に傾き、魔力の放出軸がずれている。出力が安定しない原因は制御の問題ではなく、身体の姿勢の問題だ。


「フォームが問題だ」


 口から出ていた。

 ライナスが振り返った。ゼノを見て、目を丸くした。


「ぜ、ゼノさん」


 ゼノはすでに踵を返していた。言うべきことは言った。図書室に行く時間の方が有用だ。


「え、あ、待ってください!」


 ライナスの声が飛んできた。


「もう少し教えてもらえませんか? どこが悪いのか、詳しく聞きたくて」


 ゼノは足を止めた。

 図書室に行く時間が削られる。それは事実として非効率だった。だが授業の目的の一つは魔法技術の習得であり、ライナスの問題を解決することは授業目的に沿った行動でもある。


「......構わない」


 ゼノは訓練場に戻った。


 ライナスの前に立って、もう一度発動するよう指示した。

 ライナスが緊張した様子で魔力を集める。風が出たが出力が弱く、すぐに散った。


「重心が右に偏っている。発動の瞬間に右足に体重がかかって、軸がずれる。それが出力のばらつきの原因だ」

「じゅ、重心ですか」

「両足に均等に体重をかけた状態で発動してみろ。肩幅に足を開いて、膝を少し曲げる。背筋は真っ直ぐ」


 ライナスがゆっくりと姿勢を修正した。おどおどした動き方だったが、指示には従っていた。


「そのままの姿勢で発動しろ」


 ライナスが魔力を集める。さっきより慎重に、丁寧に。発動した瞬間、風の出力が明らかに変わった。安定した気流が、一定の方向に流れていく。

 ライナスが目を開けた。


「......あ」

「重心が安定すると魔力の放出も安定する。基礎的な原理だ」

「でも、今まで誰にも言われたことなくて......ずっと制御の問題だと思って、そっちばかり練習してました」

「原因を特定せずに練習を繰り返しても改善しない。まず問題の所在を確認することが先だ」

「......そうですね」


 ライナスが小さく頷いた。それからもう一度発動した。また安定した風が出た。今度は少し長く続いた。


「出てる。ちゃんと出てる」


 声が変わった。

 さっきまでの落ち込んだ声と、明らかに質が違った。何かが上向いた時の声だとゼノは判断した。感情の状態が変化している。


「もう一点だけ言う。発動の直前に息を止めている。それで身体が固まって軸がわずかにぶれる。発動の瞬間は自然に呼吸を続けろ」

「息を止めてましたか。気づいてなかった」

「無意識の動作だ。意識して修正する必要がある」


 ライナスがもう一度試した。今度は呼吸を意識しながら。風の質がさらに変わった。滑らかになった。


「すごい......全然違う」

「フォームが原因だったというだけだ。ライナスの魔力量や制御の素質に問題があったわけではない」


 ライナスがゼノを見た。何か言おうとしていた。感謝の言葉か、あるいは別の何かか。

 ゼノは先に言った。


「図書室に行く」

「あ、はい。あの、ありがとうございました!」

「礼は不要だ」


 ゼノは訓練場を出た。

 廊下を歩きながら、今起きたことを処理した。フォームの問題を指摘した。ライナスが改善した。それだけだ。


 それだけのはずだった。

 ただ、ライナスの声が変わった瞬間のことが、少しだけ頭の中に残っていた。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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