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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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第4話 エリナ・ソーレル

 魔法実技の授業は、校舎の裏手にある訓練場で行われた。

 石畳の広い空間に、的や障害物が等間隔に配置されている。空は開けていて、魔法の流れ弾があっても校舎に当たらない設計だ。


 担当のガード・セルヴァは四十代半ばの大柄な男で、腕を組んで生徒たちを見渡しながら「今日はペアを組んで基礎練習をする」と言った。声に無駄がない。


「相手の魔法を観察して、気づいた点を伝え合うこと。批評ではなく観察だ」


 生徒たちが動き始めた。

 すでに仲良くなっている者同士が素早く組む。視線が交わって、頷いて、ペアが決まっていく。その速度は思ったより早く、ゼノが周囲の状況を把握し終える前に、半分以上がペアを組み終えていた。


 余る、とゼノは考えた。

 奇数であれば一人余る。あるいは既に三人組が形成されていれば、ゼノが入る余地はない。どちらにしても、ガード先生に申告して指示を仰ぐのが最も効率的な手順だった。

 その判断をする直前に、声がかかった。


「あの、よかったら私と組みませんか?」


 振り返ると、女子生徒が立っていた。

 明るい色の髪。整った顔立ち。そして笑顔。口角が上がり、目が細くなり、頬に力が入っている。教科書に載せられそうな、綺麗な笑顔だった。


 エリナ・ソーレル。聖属性単体の魔法使いで、ソーレルという家名には聞き覚えがあった。魔法使いの名家として文献にも登場する。


 ゼノはその笑顔を、少しだけ観察した。

 笑顔の筋肉の動きが過剰だ。

 口角を上げる筋肉、目を細める筋肉、頬を持ち上げる筋肉。それぞれが、少しだけ過剰に動いている。自然な笑顔は複数の筋肉が無意識に連動するが、今の表情は意識的に作られている可能性が高い。目の奥の光が、口元の動きと微妙にずれている。

 作られた表情だ。本来の感情状態と今の表情の間にズレがある。

 なぜそういう顔をしているのかは、分からなかった。ただ事実として、今の笑顔はエリナの本来の状態を反映していない。


「......構わない」


 ゼノはそれだけ答えた。

 エリナの笑顔が一瞬だけ揺れた。おそらくゼノの無表情と返答の短さに戸惑ったのだろう。だがすぐに笑顔を戻して「よかった、では始めましょう」と言った。


 訓練場の端のスペースに移動して、向かい合った。

 エリナが「えっと、まず自己紹介を——」と言いかけた時、ガード先生の「始め」という声が飛んだ。エリナが苦笑いをして「また後で」と言いながら、魔力を手に集め始めた。


 エリナの魔法は手から淡い金色の光が出て、周囲の空気を穏やかに振動させる。威力ではなく精度が求められる属性だ。エリナの制御は丁寧で、出力は安定していた。標準以上の水準だ。


「ゼノさんは、何属性から練習しますか?」


 エリナが光を維持しながら聞いた。


「風を使う」


 ゼノが右手を動かすと、局所的な気流が生まれた。指定した方向へ、指定した強度で。エリナが目を丸くした。


「す、すごい。制御が細かい」

「基礎だ」

「そうなんですか......」


 エリナが何か続けようとして、少し止まった。ゼノの返答が短すぎて、会話の続け方を探しているのだとわかった。


 しばらく二人で並行して練習した。エリナが時々話しかけた。ゼノが必要最低限の言葉で返した。エリナが戸惑いながらも話しかけ続けた。ゼノはその行動の理由を分析しながら練習を続けた。

 沈黙が怖い人間か。あるいは、場を和ませようとする習慣があるのか。どちらにしても、エリナにとってこの沈黙は居心地が悪いらしかった。


 十五分ほど経った頃、ゼノはエリナの魔法に一点、気になる部分を見つけた。

 出力は安定している。制御も丁寧だ。しかし魔法の到達範囲が、本来のエリナの魔力量から計算できるものより若干狭い。魔力の流れを追うと、発動時に右腕の角度が内側に入りすぎていた。

 その結果、魔力の放出ベクトルが少しだけ下を向いており、意図した方向に魔法が届く前に弱くなっていた。


 授業の目的は「観察して気づいた点を伝え合う」ことだ。気づいた点がある。伝えることが授業の指示に沿っている。


「腕の角度を変えた方がいい」


 ゼノは言った。

 エリナが練習の手を止めて「え?」と振り返った。


「今、魔法を出す時に右腕が内側に入っている。それで魔力の放出方向が下向きになって、到達距離が短くなっている。腕を外側に少しだけ開いてみろ」


 エリナが少し固まった。突然の指摘に、どう反応すればいいか分からない顔だった。


「......試してみます」


 恐る恐る、という様子で腕の角度を変えた。そのまま魔法を発動する。

 光の広がり方が変わった。明らかに。到達範囲が広がり、密度も上がった。エリナが目を見開く。


「あ——」


 小さな声だった。驚きと、それから何か別のものが混じった声。


「......本当だ。広がりました」

「角度が修正された。それだけだ」


 エリナがしばらく自分の手を見ていた。何度か同じ動作を繰り返して、変化を確認している。それからゼノを見た。


「......ありがとうございます」

「礼は不要だ。合理的な観察を述べただけだ。感謝の対象になる行動ではない」


 エリナが少し止まった。

 今度の沈黙は、さっきまでと質が違った。戸惑いではなかった。何かを考えている沈黙だった。

 ゼノはその変化を観察したが、意味は取れなかった。


 エリナは、その後も何度か話しかけてきた。

 ゼノの魔法のこと、授業のこと、他愛のないこと。ゼノは必要最低限で返し続けた。それでもエリナは話しかけることをやめなかった。一定のペースで、諦めずに。


 その粘り強さの理由が、ゼノには分からなかった。

 授業が終わる頃、片付けをしながらエリナが「また授業で一緒になったら、よろしくお願いします」と言った。笑顔で。


 ただ、さっきと少しだけ違う笑顔だった。

 先ほどの過剰な作られ方が、わずかに薄れていた。気のせいかもしれない。ゼノには断定するだけのデータがなかった。


「ああ」とゼノは答えた。

 エリナが「では」と言って離れていく。その背中を少しの間だけ見てから、ゼノは視線を外した。


 エリナ・ソーレル。

 作られた笑顔を持つ生徒。回復魔法の精度が高い。話しかけることをやめない。

 それだけが、今日得たデータだった。


 なぜ話しかけ続けたのか。礼を言った後の沈黙に何があったのか。笑顔が変わった理由は何か。


 ただ一つだけ、ゼノが確認できたことがあった。

 あの生徒は、嘘をつかなかった。礼を言う必要がないと言われて、無理に続けなかった。腕の角度を変えてみろと言われて、試してみた。合理的な観察だったと言われて、それを否定しなかった。


 ゼノが述べたことに対して、すべて正直に反応した。

 それが何を意味するのかは、まだ分からなかった。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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