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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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第3話 校長室と最初の孤立

 校長室は、学校の一番奥にあった。

 重い木の扉をノックすると、「どうぞ」という落ち着いた声が返ってきた。ゼノは扉を開けて中に入った。


 広い部屋だった。壁一面に本棚が並び、窓から差し込む光が埃をゆっくりと舞わせている。

 フォート校長は机の前に座っていたが、ゼノが入ると立ち上がり、窓際の応接用の椅子を手で示した。


「座りなさい」


 ゼノは指定された椅子に腰を下ろした。フォート校長が向かいに座る。机を挟まない配置だ。距離を詰めて話したい意図か、あるいは圧迫感を与えないための配慮か。どちらかは判断できなかった。

 フォート校長はしばらくゼノを見ていた。観察されている、とゼノは思った。自分が人を観察するのと同じように。


「昨日の検査のことだ」とフォート校長が口を開いた。


「六属性の発現は、記録を遡っても数千年に一度しかない。それだけで、君が特別な存在であることは分かるね」

「はい」

「特別、という言葉に何か思うことはあるか」


 ゼノは少し考えてから答えた。


「特別である必要はないと思います。有効に使えるかどうかが問題です」


 フォート校長の眉がわずかに動いた。


「有効に、とは」

「六属性が使えるなら、使えない場合と比較して対応できる状況が増えます。それは事実として有用です。ただ、特別であること自体には意味がありません。能力は使われて初めて意味を持つはずです」


 フォート校長が少し黙った。窓の外に視線を向けて、また戻す。その間、部屋は静かだった。


「......君は不思議な子だね」


 フォート校長は複雑な表情でそう言った。

 複雑な、という表現が適切かどうかゼノには判断できなかった。

 驚きでも呆れでもなく、かといって感心とも少し違う。何かが混ざり合った表情だった。


「六属性については、当面は他言しないよう先生たちに伝える。ただ、昨日の検査を見た生徒たちへの口止めは難しい。しばらくは注目を集めることになる。それについて、何か不安はあるかな」

「ありません」

「理由は」

「不安とは不確定な未来への感情反応です。注目を集めることへの対処は、実際に状況が発生してから考えれば十分です」


 フォート校長がまた少し黙った。今度は先ほどより長かった。


「......分かった。何かあれば、いつでも来なさい」


 Bクラスの教室に戻ると、空気が変わっていた。

 ゼノが扉を開けた瞬間、いくつかの視線が集中した。次の瞬間にはわざとらしく逸らされる視線、逆に露骨に見続ける視線、そのどちらでもなく固まっている視線。三種類がほぼ同時に発生した。


 噂は広まっていた。予測通りだった。

 ゼノは自分の席まで歩きながら、各反応を分類した。

 畏敬——六属性という事実を力として捉え、上位の存在として認識している反応。主に視線に力がある生徒に見られた。

 警戒——未知のものへの防衛反応。距離を取ろうとする動作が伴っている。

 嫉妬——比較による劣等感から来る否定的な感情。視線に刺があった。


 畏敬が正しくて嫉妬が間違っているということはない。どれも人間の通常の感情反応であり、ゼノにとってはすべて観察データに過ぎなかった。


 昼休みになった。

 生徒たちは自然と集まり始めた。既に仲良くなった者同士が輪を作り、食事を取りながら話す。笑い声がいくつも起きた。教室の中に小さな集団がいくつも生まれていた。

 ゼノは窓際の席に座って、魔法理論書を開いていた。

 手持ちの中で最も情報密度が高い本だった。魔法の構造、属性間の干渉、魔力制御の理論。読み進めるほど理解が深まる。昼休みの時間を使えば、今日中に第三章まで終わらせられると計算していた。


 ゼノの周囲だけ、空白があった。

 隣の机も、斜め前の机も、誰も座っていなかった。教室の他の場所では椅子が引き寄せられ、人が集まっているのに、ゼノの周りだけ人が来なかった。意図的に避けているのか、自然とそうなっているのかは判断できなかった。


 声をかけてきた生徒が二人いた。

 一人目は、昼休みの終わり近くだった。

 本から目を上げると、茶色の髪の生徒が二メートルほどの距離に立っていた。ライナス、という名前だったはずだ。適性検査の時に、発光した石をひどく嬉しそうに持ち上げていた生徒。確か風属性だ。

 ライナスは何か言おうとしていた。口が少し開いて、しかし言葉が出なかった。

 ゼノは待った。

 ライナスの視線がゼノの顔に向いて、それから逸れた。また向いて、また逸れる。その繰り返しが数秒続いた後、ライナスは「す、すみません」と言って踵を返した。

 無表情が威圧感を与えたのだろう。感情表現が乏しい人間は、相手に何を考えているか分からないという不安を与える。それが近づきにくさになる。

 ゼノ自身を変えようとは、思わなかった。


 二人目は、午後の授業が始まる直前だった。

 廊下側の席に座っていた生徒が、ゼノの横を通り際に声をかけてきた。赤みがかった明るい髪の、体格のいい生徒だった。


「お前、すごいな」


 レオン、という名前だったはずだ。火属性。


「そうか」


 言えることが、それしかなかった。

 すごい、という評価に対して、同意も否定も、適切な返答の形が見当たらなかった。事実として六属性であることはすごいことなのかもしれないが、すごいという感覚がゼノにはなかった。

 レオンが少し固まった。何か続けようとして、ゼノの顔を見てやめた。


「......そ、そっか」


 レオンは自分の席に戻っていった。

 会話が終わった。ゼノは本を閉じて、授業の準備を始めた。


 その日の放課後。

 教室を出る時、ゼノは一度だけ振り返った。

 生徒たちが帰り支度をしながら話している。笑い声が起きる。誰かの肩を誰かが叩く。自然な、人間の集まりの光景だった。

 ゼノの周囲には今日も誰もいなかった。

 それを見て、何か感じたかどうか。

 少なくとも、感じたとしてもそれが何なのかは分からなかった。


 廊下を歩きながら、今日収集したデータを整理した。フォート校長の複雑な表情の意味。ライナスが話しかけようとして引いた理由。レオンが「そっか」と言った時のわずかな間。


 解析に必要な情報がまだ足りなかった。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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