第2話 適性検査
入学から二日目の午前中、Bクラスは魔法属性学の教室に集められた。
担当教師のエイダ・ロースは二十代後半で、きびきびとした動作をする女性だった。髪を後ろで束ねて、教壇の前に立つと「全員、着席してください」と通りのいい声で言った。
「今日は魔法属性の適性検査を行います」
エイダ先生が机の上に木箱を置いた。蓋を開けると、卵ほどの大きさの石が入っていた。半透明の、一見何の変哲もない石だ。
「この属性石に魔力を流し込むと、皆さんが持つ魔法属性に応じた色で発光します。赤が火、青が水、緑が風、茶が土、白が聖、黒が闇」
エイダが一つ手に取って見せた。
「通常は一色。研究によれば二百人に一人程度の割合で二属性が確認されています。三属性以上の記録は——現在のところ、存在しません」
最後の言葉に、生徒たちがざわついた。
「二属性でも珍しいのか」「俺は何属性だろう」という声が聞こえた。
ゼノは静かに前を向いていた。
自分が複数属性を持っていることは、すでに知っている。物心ついた頃から火も風も土も使えた。水も、聖も、闇も。人前で使ったことはなかったが、それが特異なことだという認識はあった。この検査で何が起きるかは、おおよそ予測できている。
検査は出席番号順に行われた。
一人ずつ前に出て、エイダ先生から属性石を受け取り、両手で包んで魔力を流す。石が光る。色を確認して、記録する。それだけだ。
最初の生徒が赤く光る石を持って「火属性です!」と言った時、拍手が起きた。次の生徒は青。その次は緑。火属性が多いように見えたが、ゼノは統計を取るほど関心がなかった。
二属性の生徒が出た時、教室がどよめいた。赤と緑が同時に光る石を、その生徒は少し誇らしそうに持ち上げた。エイダ先生が「珍しいですね」と言って、丁寧に記録した。
検査は淡々と進んでいった。
ゼノは自分の番が来るまで、周囲の反応を観察し続けた。属性が判明した瞬間の表情の変化。期待していた属性と違った時の落胆。二属性の生徒への視線の集中。人間は不確定な情報が確定される瞬間に、強い感情反応を示す。検査という形式がその反応を引き出すように設計されているのかもしれなかった。
意図的なものか、偶然の産物かは判断できなかった。
「ゼノ・アルディス」
名前を呼ばれた。ゼノは立ち上がり、前に進んだ。
教壇の前に立つと、エイダ先生が属性石を差し出した。ひんやりとした感触。両手で包んで、魔力を流す。
ゼノにとっては何でもない動作だった。ただ流した。
石が、光った。
赤。青。緑。茶。白。黒。
六色が同時に、石の内側から溢れるように輝いた。
教室が静まり返った。
一瞬前まであった私語も、椅子の軋む音も、何もかもが止まった。エイダ先生の手が、記録用の羽ペンを持ったまま、空中で固まっていた。
六色の光が混ざり合って、白に近い輝きになっていた。綺麗だとも思わなかった。ただ、予測通りだと確認した。
後ろでわずかな気配が動いた。視線だけで確認すると、扉の近くにフォート校長が立っていた。いつから来ていたのか分からなかったが、その目がわずかに細くなっていた。
「......六属性?」
「そんなの、聞いたことない」
「嘘だろ。石が壊れてるんじゃないか」
「でも光ってる。ちゃんと六色......」
ざわめきが波のように広がっていく。ゼノはその中心に立ちながら、周囲の反応を観察していた。
驚きが七割、困惑が二割、残りは嫉妬か畏怖か、判別しきれない感情。エイダは石と記録用紙を交互に見て、それからゼノの顔を見た。
ゼノは無表情のまま手を引いた。石をエイダ先生に返す。
「......」
エイダ先生が何か言おうとして、止まった。もう一度試みて、また止まった。数秒の後、震えを含んだ声でようやく言葉が出た。
「......明日、校長室に来てください」
「分かりました」
ゼノは頷いて、自分の席に戻った。
周囲の視線が集中していた。刺さるような、値踏みするような、怯えるような、様々な種類の視線が一斉に向けられている。ゼノはそれを背中で受けながら、着席した。
目立った。やはり非効率だった。
その夜。
円卓に座ると、ウェントスが身を乗り出してきた。
「ね、ね、聞いた!? 今日の検査!」
「俺が当事者だ。知っている」
「六属性だよ! 六属性! すごくない!?」
ウェントスが椅子の上で立ち上がりそうな勢いではしゃいだ。緑色の瞳がきらきらしている。
「やっぱりすごいじゃん、ゼノ!」
「有用ではある。六属性が使えるなら、対応できる状況の幅が広がる。戦略の選択肢も増える。長期的に見て、良いことだ」
「そうじゃなくて!」
「何が違う」
「すごいって言ってるの! すごいことが起きたんだから、もっとこう、喜びなよ! こういう時くらい!」
ゼノは少し考えた。
「喜ぶ理由が明確じゃない。六属性であることは生まれた時から変わっていない事実だ。今日の検査でそれが確認されただけで、何かが増えたわけではない。喜びとは何かが増えた時、あるいは望んでいたことが実現した時に起きる反応じゃないのか」
「もうー! 難しく考えすぎ! ただ、やったー! って思えばいいじゃん」
「やったー、の意味が——」
「分かってて言ってるでしょ絶対!」
ウェントスが指を突きつけてくる。ゼノは否定しなかった。
しばらくウェントスは唇を尖らせていたが、やがてため息をついて椅子に座り直した。足がぶらぶらと動き始める。いつもの動作だ。
「ゼノ、目立ったのは嫌だった?」
「今後、余計な注目を集める可能性が高い」
「他の人の視線、どう思った?」
「種類が多かった。驚き、畏怖、嫉妬。一つのことにこれだけの反応の幅が生まれるのは興味深かった」
「......感想が観察報告になってる、また」
「俺にはこれしかない」
ウェントスが「分かってるけどさあ」と小さく言った。
六つの空席が、今日も暗かった。ゼノはその一つ一つを、特に意味もなく眺めた。
明日は校長室に行く。フォート校長が何を言うのかは、ある程度予測できた。
ただ、あの老人の目の細め方だけは何を意味していたのか、まだ判断できていない。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




