第78話 旅の終わりの予感
街に着いた。
中に入ると市場が広がっていて、行商人と冒険者と一般市民が入り混じっていて、活気があった。
ギルドに向かって中間地点の依頼完了の報告をした。
ギルドマスターが報告書を確認して「よく動いてくれた。魔物の調査、眷属の確認、騎士団救援。それぞれ価値のある情報だ」と言った。
「次の依頼については、少し時間をくれ。情報を整理してから渡したい」
「わかりました。数日の休息を取る予定です」
「助かる」
宿を取った。
今回は全員に個室を用意した。人数分の部屋がある宿を選んだ。久しぶりに一人の空間がある。
ゼノは荷物を置いて、今日の情報を整理した。ギルドから受け取ったデータ、移動中に確認した魔物の分布、次の目的地の候補。
整理し終えた後、窓から街を見た。
人が動いていた。普通の生活があった。旅に出てから、こういう光景をどのくらい見てきたか確認しようとして、やめた。
数より、何かが変わってきているという感覚の方が大きかった。
夕食の時間に全員が集まった。
食堂で五人が席についた。ここしばらく野営が続いていたので、屋根のある場所で食事をとることが久しぶりだった。
「やっぱりちゃんとした食事はいいな」
「同意する。保存食は有用だが、種類が限られる」
「ゼノさんでも、ちゃんとした食事の方がいいんですね」
「感情的な好みかどうかは確認中だが、摂取できる栄養素の範囲が広がることは合理的にいいことだ」
「そういう言い方をするんですよね、ゼノさんって」
「……なんか、始まった時より全員強くなったな」
レオンが言った。
食事をとりながら言った。遠い目をしていた。回想しているような顔だった。
「強くなった根拠は何だ」
「感覚」
「感覚か」
「お前だって感覚で言えることが増えてきただろ。俺の感覚も信頼してくれ」
「……了解した」
ライナスが「俺、最初は旅が不安でしたけど。今は楽しいって思えてます」と言った。
「楽しいと思えるようになったのか」
「はい。怖いこともあるし、大変なこともあるけど。でも、楽しい。不安と楽しいが両方ある状態です」
「矛盾しないと以前言ったな」
「ゼノさんが言ってくれたことです。覚えてました」
「わたしも」とセレンが静かに言った。
「楽しいと思えているのか」
「旅に出る前は、一人で練習することが多かったです。誰かと一緒に動くことに慣れていなくて。でも今は、みんなと一緒に動くことが自然になってきた。それが楽しいです」
「みんなと動くことが自然になった、か」
「はい。ゼノさんが全員の役割を把握してくれてるから、わたしはわたしのことだけ考えればいい。そういう状態が作れてるのが、ゼノさんのおかげだと思います」
「役割分担が機能している結果だ」
「ゼノさんのおかげで、みんな変わりましたよね」
エリナが言った。
「俺が変えたわけではない。各自が変わった。俺はいただけだ」
「いただけじゃないですよ。ゼノさんがいたから、私たちは変われました」
「そう思いたいなら否定しないが、変わった原因はそれぞれの中にある」
「原因がどこにあっても、きっかけはゼノさんだと思います」
「きっかけ、か」
「お前がいたから変われたんだよ。素直に受け取れ!」
「受け取り方が——」
「今日は定義を求めずに受け取れ!!」
「……そうか。ありがとう。」
全員が止まった。
食堂の音が、一瞬遠くなった気がした。
エリナが「ゼノさんが『ありがとう』って言った……!」と言った。
「おかしいか」
「おかしくない! すごい!!」
「すごいとはどういう意味だ」
「ゼノがありがとうって言ったら、本当のことだって全員わかるから。嘘をつかないから」
「本当のことだ。変えたわけではないが、お前たちが変わったことへの感謝は確かにある。その感謝の表明として適切な言葉を選んだ」
「合理的な説明付きのありがとうも、ゼノさんらしいですね」
「合理的な説明がなければ使えなかった。以前は使えなかった。今は使えた」
「それが変化ですよ」
「そうか」
「ゼノさんって、自分の変化に気づかないことが多いですよね。みんなが指摘すると初めて気づく」
「外から見える方が正確な場合がある、という認識は持っている」
「じゃあ、俺たちが見てきたゼノの変化を言ってもいいですか」
「有用な情報なら聞く」
ライナスが「最初、ゼノさんに声をかけた時、気圧されて引きました。今は引きません。それが変わりました」と言った。
「ライナスが引いたのは俺の無表情のせいだ。今は変わっているのか」
「表情が出るようになりました。ちょっとだけですけど、変わります」
「そうか」
レオンが「俺から見ると、言葉に色がついてきたな。前は機械みたいだったけど、今は何かが入ってる」と言った。
「色がついた、という表現は以前も聞いた」
「前にも言ったな。その時より、もっと色がついてきた気がする」
「それが変化か」
「そうだ」
セレンが「水の流れが変わった時みたいに」と言った。
「以前も同じことを言っていた」
「はい。前に言った時から、さらに変わりました」
「流れの変化が続いているのか」
「そうです。止まっていない」
「止まっていない変化か」
「そうです。ゼノさんって、毎日少しずつ変わってる。止まった日がない気がします」
「毎日少しずつ」
「感覚です。でも、確かだと思います」
「エリナは何か言うか」とゼノは聞いた。
「言います。ゼノさんって、最初は見てる人でした。観察してる人。でも今は——いる人です」
「いる人、とはどういう意味だ」
「輪の中にいる、ということです。最初は輪の外から見ていた。でも今は輪の中にいる。それが一番大きい変化だと思います」
「輪の中にいる」
「はい。今夜もここで一緒に食事をとってる。それが当たり前になってる。最初は当たり前じゃなかった」
「当たり前。」
ゼノは繰り返した。
セレンが言っていた言葉が来た。役に立ちたいことが当たり前だ、と言った時の話。当たり前という感覚がどこから来るか、ゼノにはまだ腑に落ちていなかった。
しかし今は、一緒に食事をとっていることが当たり前になっていると言われた。
「……当たり前になっているのか」
「なってると思います。ゼノさんもそう感じませんか?」
「……感じているかどうか、確認した」
「どうでしたか?」
「違和感がない状態だった。お前たちがいることへの違和感がない。それが当たり前と呼べるかどうかは——」
「当たり前ですよ」
「レオン」とゼノは読んだ。
「何だ」
「変わったという評価への感謝を受け取った。それだけではない」
「何が」
「旅に出てよかったと思う理由の一つに、お前たちがいる。それも、ありがとう、という言葉に含んでいた」
レオンが少し止まった。
「……それが一番嬉しいな」
「なぜ」
「ゼノが旅に出てよかったと思ってくれたなら、俺たちもここにいる意味があるから」
「意味はある。確実に」
「ゼノさん」とエリナが言った。
「何だ」
「これからも、一緒に旅しますよね」
「ああ。依頼が続く限り」
「依頼がなくても」
「依頼がなくても、という状況の想定が——」
「一緒にいたいから一緒にいる、でいいじゃないですか」
ゼノは少し間を置いた。
「……それが理由として成立するのか」
「成立します」
「……そうか」
「また声が違いますね」
「気づいているのか」
「気づいてますよ。最近、ゼノさんの声の違い、少しわかるようになってきました」
「……そうか。」
また違った。エリナが笑い、全員が笑った。
食堂の賑やかさが、五人の笑い声と混ざっていた。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




