第77話 円卓の変化
エリナの回復が続いていた。
翌日には起き上がれるようになった。翌々日には短い距離を歩けるようになった。回復の速度はエリナ自身の回復魔法による部分もあったが、主にセレンの継続的なサポートによるものだった。
三日目には「もう大丈夫です」とエリナが言った。
「明日から移動できるな」
「ありがとうございます、みんな。心配かけました」
「心配してたぞ?」
「俺もです」
「わたしも」
ゼノは確認した。心配していたかどうか。
「……俺も」
「言えるようになりましたね」
「言うことが適切だと判断した」
「ありがとうございます」
その夜の円卓に、四人が来た。
ウェントス、イグニス、テラ、ルミナ。全員が揃っていた。
ゼノが入ると、既に賑やかだった。
ウェントスが椅子の上に立っていた。「覚醒したんだよ! ルミナの! 見てた!!」と言っていた。
「見ていたのか」
「見てた! ゼノがエリナを助けた瞬間! ものすごかった!!」
「うるさい」
「だって!!」
「外で叫んでみろ」
「外は関係ないでしょ!!」
テラが穏やかに「ウェントス、もう少し落ち着いて」と言った。
「落ち着いてられないよ! ゼノがあんなに動いたの、初めて見た! 計算なしで動いた! 論理より先に来た!」
「わかってますよ。よかったですね」
「よかった!!」
ルミナが満足そうに微笑んでいた。何かを言うでもなく、ただ満足していた。自分が来た理由が形になった、という顔だった。
「ルミナ」
「何かしら」
「覚醒が来た時、ルミナの顔が今まで見たことのない顔をしていた」
「どんな顔?」
「確信の顔だった。待っていたものが来た、という顔だった」
「そうよ。ずっと待っていたから。来てよかった。本当に」
賑やかさが続いた。
ウェントスが覚醒の瞬間の詳細を話した。ゼノには見えていなかった部分、円卓からの視点で見えていたことを話した。
イグニスが「うるさい」と言いながら、聞いていた。聞いている時の顔が、楽しそうだった。ゼノは観察した。イグニスが楽しそうな顔をしているのは珍しかった。
「イグニス、楽しそうだ」
「うるさい」
「楽しくないのか」
「……楽しくないとは言っていない」
「では楽しいのか」
「……うるさい」
ウェントスが「イグニスが認めた!!」と言った。イグニスが「認めていない!!」と言った。テラが「二人とも」と言った。
しばらくして、ゼノは二つの空席を見た。
賑やかさの中で、二つの薄暗い椅子があった。
「残りは二つだ」
広間が少し静かになった。
一瞬で静かになったわけではなかった。ウェントスが声を止めた。イグニスが腕を組み直した。テラが視線を空席に向けた。ルミナが微笑みを少し変えた。
四人が、二つの空席を見た。
「悲しみと恐怖」
ウェントスが静かな声で言った。
「……どっちも、大切だよね」
「大切かどうかは知らないけど、必要だとは思う」
「違うのか」
「大切かどうかは感情によって違う。必要かどうかは、ゼノが完成するために必要か、という話だ。その意味では必要だと思う。大切かどうかは——ゼノが経験してから判断すればいい」
「合理的な答えだ」
「当然だろ。合理的だからな」
「ウェントスと似ていない」
「似てるわけないだろ」
「ゼノ君は、大丈夫ですよ」とテラが言った。
いつもの言葉だった。根拠なしに言う言葉だった。
「わたくしも、そう思うわ」ルミナが続けた。
ゼノは二つの空席を見続けた。
悲しみと恐怖。
喜び、怒り、信頼、愛情は来た。
どちらが次に来るのか、まだわからない。どちらも、来ることがわかっていた。
「……俺は、大丈夫か」
声が出た後で、自分が言った言葉を確認した。
大丈夫か、と自分に聞いていた。
以前は、大丈夫かどうかを確認する必要がなかった。感情がなかったから、自分の状態への問いが必要なかった。
今日、初めて自問していた。
悲しみと恐怖。どちらも来ることがわかっている。どちらも、今の俺には来ていない。来た時に、大丈夫でいられるか。
それを聞いていた。自分に。
四人が向いた。
皆が「大丈夫だよ」と口を揃えて言った。
全員が根拠なしに言っていた。ゼノが大丈夫だと感じているから言っているのか、信じているから言っているのか、それぞれ理由は違うかもしれなかった。ただ、全員が同じ言葉を言った。
ゼノは少し黙った。
「……そうか」
「そうだよ。あたしはずっとそう思ってた。喜びの覚醒の前から。ゼノは大丈夫だって」
「根拠はないのか。」
「ない。でもそう思ってる。それがあたしの答え」
「俺が大丈夫かどうかの確信を、俺より先にお前たちが持っているのか」
「そうなるね。おかしいかな」
「……おかしくない。ただ、不思議だ。俺自身がわからないことを、お前たちが確信しているのか」
「それが信頼よ。根拠がなくても、信じること。」
ルミナが割り込んできた。
「テラが言っていた言葉だ」
「そうね。わたくしたちは全員、ゼノくんを信頼してる。」ルミナが言った。「形は違うけど、全員が」
「全員が」
「うん。あたしは最初からずっと。」
「私は——怒りが来た時から」
「わたしはずっとですよ」
「わたくしも、来た時からずっと」
「大丈夫だというのが全員の判断か」
「全員の判断だよ」
「根拠はないのか」
「ない」と全員が言った。
「根拠なしに、全員が同じ判断をしているのか」
「そうよ。それって、すごいことだと思わない?」
「……根拠なしに全員が同じ方向を向いている。それが信頼の重なりか」
「そうよ」
ゼノは二つの空席を見た。
薄暗いままだった。まだ来ていなかった。
悲しみ。恐怖。
どちらが先に来るのか、まだわからなかった。来ることはわかっていた。
それを前にして、全員が大丈夫だと言っている。
「……信じてみることにする」
「何を?」
「全員の判断を。根拠なしに」
広間が静かになった。
それから、ウェントスが「ゼノが信じてくれた!!」と言った。
「うるさい」
「でも!!」
「うるさい」
「二人とも」
ルミナが笑っていた。
円卓を出て、夜の野営地に戻った。
全員が眠っていた。エリナも眠っていた。
大丈夫だと言ってもらえた。根拠なしに。全員が。
それを信じることにした。根拠なしに。
初めて、根拠なしに何かを信じた気がした。
二つの空席が、頭の中にあった。
来た時に、受け取れるかどうかはわからない。
ただ、全員が大丈夫だと言った。
それを、今夜は持ってみることにした。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




