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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第二章

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第77話 円卓の変化

 エリナの回復が続いていた。

 翌日には起き上がれるようになった。翌々日には短い距離を歩けるようになった。回復の速度はエリナ自身の回復魔法による部分もあったが、主にセレンの継続的なサポートによるものだった。

 三日目には「もう大丈夫です」とエリナが言った。


「明日から移動できるな」

「ありがとうございます、みんな。心配かけました」

「心配してたぞ?」

「俺もです」

「わたしも」


 ゼノは確認した。心配していたかどうか。


「……俺も」

「言えるようになりましたね」

「言うことが適切だと判断した」

「ありがとうございます」


 その夜の円卓に、四人が来た。

 ウェントス、イグニス、テラ、ルミナ。全員が揃っていた。

 ゼノが入ると、既に賑やかだった。

 ウェントスが椅子の上に立っていた。「覚醒したんだよ! ルミナの! 見てた!!」と言っていた。


「見ていたのか」

「見てた! ゼノがエリナを助けた瞬間! ものすごかった!!」

「うるさい」

「だって!!」

「外で叫んでみろ」

「外は関係ないでしょ!!」


 テラが穏やかに「ウェントス、もう少し落ち着いて」と言った。


「落ち着いてられないよ! ゼノがあんなに動いたの、初めて見た! 計算なしで動いた! 論理より先に来た!」

「わかってますよ。よかったですね」

「よかった!!」


 ルミナが満足そうに微笑んでいた。何かを言うでもなく、ただ満足していた。自分が来た理由が形になった、という顔だった。


「ルミナ」

「何かしら」

「覚醒が来た時、ルミナの顔が今まで見たことのない顔をしていた」

「どんな顔?」

「確信の顔だった。待っていたものが来た、という顔だった」

「そうよ。ずっと待っていたから。来てよかった。本当に」


 賑やかさが続いた。

 ウェントスが覚醒の瞬間の詳細を話した。ゼノには見えていなかった部分、円卓からの視点で見えていたことを話した。

 イグニスが「うるさい」と言いながら、聞いていた。聞いている時の顔が、楽しそうだった。ゼノは観察した。イグニスが楽しそうな顔をしているのは珍しかった。


「イグニス、楽しそうだ」

「うるさい」

「楽しくないのか」

「……楽しくないとは言っていない」

「では楽しいのか」

「……うるさい」


 ウェントスが「イグニスが認めた!!」と言った。イグニスが「認めていない!!」と言った。テラが「二人とも」と言った。


 しばらくして、ゼノは二つの空席を見た。

 賑やかさの中で、二つの薄暗い椅子があった。


「残りは二つだ」


 広間が少し静かになった。

 一瞬で静かになったわけではなかった。ウェントスが声を止めた。イグニスが腕を組み直した。テラが視線を空席に向けた。ルミナが微笑みを少し変えた。

 四人が、二つの空席を見た。


「悲しみと恐怖」


 ウェントスが静かな声で言った。


「……どっちも、大切だよね」

「大切かどうかは知らないけど、必要だとは思う」

「違うのか」

「大切かどうかは感情によって違う。必要かどうかは、ゼノが完成するために必要か、という話だ。その意味では必要だと思う。大切かどうかは——ゼノが経験してから判断すればいい」

「合理的な答えだ」

「当然だろ。合理的だからな」

「ウェントスと似ていない」

「似てるわけないだろ」


「ゼノ君は、大丈夫ですよ」とテラが言った。

 いつもの言葉だった。根拠なしに言う言葉だった。

「わたくしも、そう思うわ」ルミナが続けた。


 ゼノは二つの空席を見続けた。

 悲しみと恐怖。

 喜び、怒り、信頼、愛情は来た。

 どちらが次に来るのか、まだわからない。どちらも、来ることがわかっていた。


「……俺は、大丈夫か」


 声が出た後で、自分が言った言葉を確認した。

 大丈夫か、と自分に聞いていた。

 以前は、大丈夫かどうかを確認する必要がなかった。感情がなかったから、自分の状態への問いが必要なかった。

 今日、初めて自問していた。

 悲しみと恐怖。どちらも来ることがわかっている。どちらも、今の俺には来ていない。来た時に、大丈夫でいられるか。

 それを聞いていた。自分に。


 四人が向いた。

 皆が「大丈夫だよ」と口を揃えて言った。

 全員が根拠なしに言っていた。ゼノが大丈夫だと感じているから言っているのか、信じているから言っているのか、それぞれ理由は違うかもしれなかった。ただ、全員が同じ言葉を言った。


 ゼノは少し黙った。


「……そうか」

「そうだよ。あたしはずっとそう思ってた。喜びの覚醒の前から。ゼノは大丈夫だって」

「根拠はないのか。」

「ない。でもそう思ってる。それがあたしの答え」

「俺が大丈夫かどうかの確信を、俺より先にお前たちが持っているのか」

「そうなるね。おかしいかな」

「……おかしくない。ただ、不思議だ。俺自身がわからないことを、お前たちが確信しているのか」

「それが信頼よ。根拠がなくても、信じること。」


 ルミナが割り込んできた。


「テラが言っていた言葉だ」

「そうね。わたくしたちは全員、ゼノくんを信頼してる。」ルミナが言った。「形は違うけど、全員が」

「全員が」

「うん。あたしは最初からずっと。」

「私は——怒りが来た時から」

「わたしはずっとですよ」

「わたくしも、来た時からずっと」

「大丈夫だというのが全員の判断か」

「全員の判断だよ」

「根拠はないのか」


「ない」と全員が言った。


「根拠なしに、全員が同じ判断をしているのか」

「そうよ。それって、すごいことだと思わない?」

「……根拠なしに全員が同じ方向を向いている。それが信頼の重なりか」

「そうよ」


 ゼノは二つの空席を見た。

 薄暗いままだった。まだ来ていなかった。

 悲しみ。恐怖。

 どちらが先に来るのか、まだわからなかった。来ることはわかっていた。

 それを前にして、全員が大丈夫だと言っている。


「……信じてみることにする」

「何を?」

「全員の判断を。根拠なしに」


 広間が静かになった。

 それから、ウェントスが「ゼノが信じてくれた!!」と言った。


「うるさい」

「でも!!」

「うるさい」

「二人とも」


 ルミナが笑っていた。


 円卓を出て、夜の野営地に戻った。

 全員が眠っていた。エリナも眠っていた。


 大丈夫だと言ってもらえた。根拠なしに。全員が。

 それを信じることにした。根拠なしに。


 初めて、根拠なしに何かを信じた気がした。

 二つの空席が、頭の中にあった。

 来た時に、受け取れるかどうかはわからない。


 ただ、全員が大丈夫だと言った。

 それを、今夜は持ってみることにした。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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