第76話 愛情の後で
翌朝、エリナの状態を確認した。
傷は塞がっている。セレンの回復と、聖属性覚醒による状態異常無効が機能した結果だった。ただ消耗は大きかった。体力が戻るには時間が必要だった。
その日は移動せずに野営地に留まることにした。
全員が同意した。
レオンとライナスが周囲の警戒を担当し、セレンが水源の確認に出た。ゼノはエリナの傍に座っていた。
エリナが眠っていた。
ゼノは見張りをしながら、傍らで座り続けていた。
なぜそこにいるのかを、一度確認しようとした。
必要だと判断したからだ、という答えが来た。エリナの状態の変化をいち早く確認するためには、近くにいる方が効率的だ。回復の進行具合を確認できる。異常があれば対応できる。合理的な理由がある。
ただし、それだけではないかもしれないという感覚も来た。
処理しようとして、止めた。
今日は止めることが自然になってきていた。
昼頃、エリナが目を開けた。
呼吸は安定していた。目の焦点も合っている。
「エリナ。状態を確認する。今、どこが痛いか」
「……あまり痛くないです。昨日より全然楽で……ゼノさん?」
「何だ」
「ずっといてくれたんですか?」
「……必要だと判断した」
エリナが小さく笑った。
「合理的な理由を言いますけど、本当は違いますよね?」
「……否定しない」
「やっぱり。昨日から、ずっとここにいてくれましたね」
「異常があれば対応する必要がある」
「それだけじゃないでしょう?」
「……そうかもしれない」
エリナが少し笑った。力が抜けた笑い方だった。
「ゼノさん、一個言っていいですか」
「何だ」
「ゼノさんって、最初は怖かったんですよ」
「以前も聞いた」
「そうでしたね。でも、今日また言いたくて。……感情がなくて、何考えてるかわからなくて。最初に声をかけた時、無表情で、短い返答しか来なくて、怖いというか、どう接したらいいか分かりませんでした」
「それが今は違うのか」
「全然違います。今は——一番そばにいてほしい人になってます」
一番そばにいてほしい人。
その言葉が来た。処理しようとして、止めた。
「……俺も」
「え?」
「……言語化が難しい。ただ、エリナがそばにいることが——悪くない、という言葉では足りない気がする」
言葉が出た後で、何を言ったのかを確認していた。
悪くない、という言葉では足りない。
以前、何かを評価する時の最上の言葉が悪くない、だった。それが足りない気がする、と言った。足りない、ということは悪くない、の外側に何かがある、ということだった。
その外側が何かは、まだわからなかった。。
「……いつか、言語化できたら聞かせてください」
エリナが笑った。
昨日とは違う笑い方だった。重傷を受けた後の顔だったが、笑いは本物だった。照れが混じっていた。嬉しさが混じっていた。
「約束だ」
「また約束してくれた」
「約束は守る」
「知ってます。ゼノさんは嘘をつかないから」
「……ああ」
声のトーンが、いつもと少し違った。
ゼノ自身が気づいた。同じ「ああ。」という言葉が、今日は違う音がした。
「今の、ちょっと違いましたよ?」
「何が」
「声が。ああ、って言ったけど、いつもの返事と違いました」
「どう違ったんだ」
「なんか、やわらかかったです。いつもの返事って、確認したという声なんですよ。今日のは——もっと別の何かが入ってた気がして」
「別の何か、か」
「うん。うまく言えないですけど……」
「俺にもわからない。ただ、言葉は同じでも出方が変わることがある、ということは確認できた」
「変わったんですよ、ゼノさんが。少しずつ」
「全員がそう言う」
「みんながそう思ってるってことは、そうなんですよ」
「感覚による判断か」
「そうです。でも、確かな感覚です」
「……少し眠るか。回復には睡眠が必要だ」
「はい。でも一個聞いていいですか?」
「何だ」
「昨日の覚醒って、どんな感じでしたか? 今までと違いましたよね」
「違った」
「何が違ったんですか?」
ゼノは少し考えた。
「……感情と力が同時だった。別々ではなく、一つになった感覚があった」
「一つになった」
「エリナが倒れたことで来たものが、そのまま力になった。間に何もなかった」
「その来たものって、何でしたか?」
ゼノは少し間を置いた。
「……昨日から整理できていない」
「整理できなくていいですよ。来たものが来たまま、力になったなら、それで十分だと思います」
「セレンが言っていたことと似ている。感覚は言語化しようとすると消える、という話」
「そうです。無理に言語化しなくていいと思います」
「俺には習慣として言語化しようとする動作がある。それを止めることが、まだ完全には自然でない」
「少しずつですよ。昨日より今日、止めることが増えてきてるでしょ」
「……確かに」
「じゃあ、少し眠ります」
「ああ」
「また声が違う」
「そうか」
「今日はそういう日なんですかね」
「理由がわからない」
「わからなくていいですよ」
エリナが眠り始めた。
ゼノはその傍に座り続けた。
レオンたちが戻ってきた。
「エリナ、回復してるか?」
「眠っている。回復は順調だ」
「よかった。お前、ずっとそこにいるんだな」
「必要だと判断した」
「また必要だと判断した、か。まあ、理由が何であれ、傍にいてやれるのはいいことだ」
「理由が何であれ、か」
「そうだ。傍にいる、という事実が大事なんだからな」
傍にいる、という事実。
必要だと判断した、という理由。
否定しない、という答え。
悪くないという言葉では足りない気がする、という言葉。
言語化できたら聞かせてくださいと言われた。
全部が今日起きた。
今日は処理しないことが、何度あっただろうか。数えようとして、やめた。
その事実だけが、今日も確かにそこにあった。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




