第75話 愛情の覚醒
任務は街周辺の魔物の調査だった。
魔物の活動が増加している区域があり、原因の調査と対処を求められていた。難易度は中程度の想定だった。
森の手前の草原を進んでいた。
ゼノは周囲の気配を確認しながら歩いていた。
魔力の密度が高い。変化がある。ただ、どこから来ているのかがまだ掴めていなかった。
「気配が多い。警戒を上げてくれ」
「どのくらいですか?」
「数が不確定だ。だがいつもと質が違う」
その瞬間、四方から同時に気配が動いた。
「散開!」
全員が動いた。魔物が姿を現した。数が多かった。中型の個体が十体以上、小型が見えている範囲でそれ以上。
それだけではなかった。見覚えのある気配がある。
「使者が来ている……」
「魔王の使者か!?」
「そうだ。全員、連携して動いてくれ。使者の相手は俺がする」
戦闘が始まった。
数が多く、以前の依頼で経験した規模とは違った。統率されている。使者が指示を出しているらしく、魔物の動きに方向性があった。
ゼノは使者に向かった。
使者は前回と同じ気配を持っていた。前に出てくるのではなく、後方から指示を出していた。
前方の魔物を押し返しながら、使者への経路を作ろうとした。しかし数が多かった。全体を抑えながら特定の目標に向かうことの困難さが出ていた。
後方で音がした。
ゼノが振り返ると、エリナが攻撃を受けていた。
使者の直接攻撃ではなかった。使者が誘導した魔物の一体が、後衛を突破していた。エリナが回避しようとしたが、間に合わなかった。
魔法が当たり、エリナが倒れた。
ゼノが見た瞬間——何かが、完全に変わった。
戦闘の音が遠くなった。
周囲の状況が、意識の端に行った。前方の魔物の動き。後方のパーティの位置。使者の気配。全部がそこにあった。ただし、主になっていなかった。
主に来たのは、一つだけだった。
「エリナを、助ける」
それだけだった。
論理でも計算でもなかった。ただ、それだけだった。
その瞬間、意識が円卓に向いた。
ルミナが立ち上がっていた。
今まで見たことのない顔をしていた。穏やかでも、深すぎる笑顔でもなかった。確信の顔だった。待っていたものが来た、という顔だ。
「ゼノくん」
「ルミナ」
「来たわね」
「来た」
「行きなさい」
ルミナが両手を広げた。金色の瞳がり、金色の光が円卓の空間を満たした。
「——光愛顕現」
聖属性の覚醒は、他の属性とは違う変わり方をした。
速さでも、出力の増大でもなかった。
繋がった。
パーティ全員の魔力の動きが、感知できた。エリナの魔力の流れが見えた。重傷を受けている。魔力が乱れていた。そこに聖属性の力が流れた。状態異常を止めた。傷の進行が止まった。
全員の能力が上がっていた。レオンの火魔法の出力が跳ね上がり、ライナスの速度が増した。セレンの展開範囲が広がった。
そしてゼノ自身に、かつてない何かが乗った。
六属性が、連動していた。
感情と力が一体になった。今まで別々にあったものが、今は同じ動きをしていた。
使者に向かった。
前方の魔物が来たが、土属性で地面を動かして進路を変えた。別の個体が横から来た。風属性で弾いた。使者が魔法を放った。水属性で受け流した。闇属性で圧力をかけた。
使者が後退した。
初めて後退した。前回の遭遇では後退しなかった。今回は後退した。
戦闘は短かった。
使者が防御を展開したが、六属性の組み合わせで突破した。使者が倒れ、動けなくなった。
魔物たちが統率を失い、散開した。
レオンとライナスが散開した魔物を処理した。セレンが逃走する個体を制限した。しばらくして戦闘が終わった。
覚醒が収まっていくのを感じた。
消耗が来た。ただ今回は前回の土属性覚醒ほど極端ではなかった。聖属性の覚醒は消耗の種類が違った。魔力ではなく、何か別のものが使われた感覚があった。
エリナが倒れている方向に走った。
「……大丈夫か」
エリナの傍に膝をついた。
エリナが薄く目を開けた。
「ゼノさん……顔が、怖い」
「怖い?」
「……心配してる顔。はじめて見ました」
エリナの顔を見ていた。
傷の進行は止まっていた。覚醒による状態異常無効が機能していた。ただ、重傷の状態は続いていた。エリナが自分で回復魔法をかけられる状態ではなかった。
「エリナ、今から俺が——」
「来ました。わたしが回復します。エリナさん、少し待ってください」
「頼む」
セレンが回復の魔法を使い始めた。エリナの表情が少し楽になっていった。
ゼノはエリナの傍で、動けなかった。
動けない、というのは魔力的な問題ではなかった。エリナから離れることができなかった。
「……ゼノ」
「何だ」
「お前今、泣きそうな顔してたぞ」
ゼノは返答しなかった。
「泣く理由が——」
「あるだろ。ちゃんと」
レオンが言った。断言した声だった。
ゼノは少し黙った。
「……ある」
その言葉が出た後で、ゼノは自分が言ったことを確認した。
泣く理由がある、と言った。
エリナが傷ついた。倒れた。目を開けた。心配してる顔と言われた。
それが泣く理由になっている、ということを、今ゼノは認めた。
「……セレン、エリナの状態はどうだ」
「傷が塞がってきています。しばらくかかりますが、問題なくなります」
「わかった」
「ゼノさん、動かなくていいですよ。そこにいてください」
「……ああ」
「エリナさん、意識はありますか?」
「あります。……ゼノさん、まだそこにいますか?」
「いる」
「よかった」
「よかった、とはどういう意味だ」
「ゼノさんがそこにいてくれてると、安心するので」
ゼノは返答しなかった。
エリナが安心すると言った。ゼノがそこにいるから。
では、ゼノはなぜそこにいるのか。答えは来ていた。
言語化しなかった。今日は言語化しなかった。ただ、そこにいた。
レオンが「そういえばさっきの、何だったんだ」と言った。
「お前の魔法が変わってたな。全員の能力が上がった気がしたが」
「聖属性の覚醒だ」
「覚醒? 覚醒って何だ?」
「感情を理解した時に魔法の質が変わる。それが覚醒だ」
「なんで今まで使えなかったんだ?」
「感情が必要なかったからだ。でも今日、来た」
「何が来たんだ?」
ゼノは少し間を置いた。
「……まだ言語化できていない。ただ、来た。」
「それが力になったのか」
「そうだ」
「お前の力って、感情から来てるんだなあ」
「そうだと思う。今日、確認できた」
エリナの回復が進んだ。
セレンが「あとは自然に回復する状態になりました」と言った。
「今日はできるだけ動かない方がいいです」
「わかりました」
エリナが起き上がろうとした。ゼノが支えた。
「……ありがとうございます」
「礼は不要だ」
「そう言うと思いましたけど。でも言います」
「……そうか」
「ゼノさん、今日は顔が違いました。心配してる顔って言いましたけど、それだけじゃなかった気がして」
「どんな顔だったんだ」
「もっと、何か深いものが出てた気がします。うまく言えないですけど……今夜、ゆっくり話しますか?」
「今日は休んでくれ」
「明日でも」
「……ああ」
エリナが「おやすみなさい」と言って横になった。
ゼノはしばらくそこにいた。
今日来たものが、何かを確認しようとしたが、確認しなかった。
ルミナが言っていた。今感じていることを今のままにしておいて、と。
今のままにした。
エリナが眠っていた。無事だった。
ある、と言った言葉が、頭の中に残っていた。
泣く理由がある。
その理由が何かは、今夜は言葉にしなかった。
ただ、あるという言葉が、今夜初めて出た。それだけは確かだった。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




