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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第二章

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第75話 愛情の覚醒

 任務は街周辺の魔物の調査だった。

 魔物の活動が増加している区域があり、原因の調査と対処を求められていた。難易度は中程度の想定だった。


 森の手前の草原を進んでいた。

 ゼノは周囲の気配を確認しながら歩いていた。

 魔力の密度が高い。変化がある。ただ、どこから来ているのかがまだ掴めていなかった。


「気配が多い。警戒を上げてくれ」

「どのくらいですか?」

「数が不確定だ。だがいつもと質が違う」


 その瞬間、四方から同時に気配が動いた。


「散開!」


 全員が動いた。魔物が姿を現した。数が多かった。中型の個体が十体以上、小型が見えている範囲でそれ以上。

 それだけではなかった。見覚えのある気配がある。


「使者が来ている……」

「魔王の使者か!?」

「そうだ。全員、連携して動いてくれ。使者の相手は俺がする」


 戦闘が始まった。

 数が多く、以前の依頼で経験した規模とは違った。統率されている。使者が指示を出しているらしく、魔物の動きに方向性があった。


 ゼノは使者に向かった。

 使者は前回と同じ気配を持っていた。前に出てくるのではなく、後方から指示を出していた。

 前方の魔物を押し返しながら、使者への経路を作ろうとした。しかし数が多かった。全体を抑えながら特定の目標に向かうことの困難さが出ていた。


 後方で音がした。

 ゼノが振り返ると、エリナが攻撃を受けていた。

 使者の直接攻撃ではなかった。使者が誘導した魔物の一体が、後衛を突破していた。エリナが回避しようとしたが、間に合わなかった。

 魔法が当たり、エリナが倒れた。


 ゼノが見た瞬間——何かが、完全に変わった。


 戦闘の音が遠くなった。

 周囲の状況が、意識の端に行った。前方の魔物の動き。後方のパーティの位置。使者の気配。全部がそこにあった。ただし、主になっていなかった。

 主に来たのは、一つだけだった。


「エリナを、助ける」


 それだけだった。

 論理でも計算でもなかった。ただ、それだけだった。


 その瞬間、意識が円卓に向いた。

 ルミナが立ち上がっていた。

 今まで見たことのない顔をしていた。穏やかでも、深すぎる笑顔でもなかった。確信の顔だった。待っていたものが来た、という顔だ。


「ゼノくん」

「ルミナ」

「来たわね」

「来た」

「行きなさい」


 ルミナが両手を広げた。金色の瞳がり、金色の光が円卓の空間を満たした。


「——光愛顕現ルミナス・アフェクション


 聖属性の覚醒は、他の属性とは違う変わり方をした。

 速さでも、出力の増大でもなかった。


 繋がった。


 パーティ全員の魔力の動きが、感知できた。エリナの魔力の流れが見えた。重傷を受けている。魔力が乱れていた。そこに聖属性の力が流れた。状態異常を止めた。傷の進行が止まった。

 全員の能力が上がっていた。レオンの火魔法の出力が跳ね上がり、ライナスの速度が増した。セレンの展開範囲が広がった。

 そしてゼノ自身に、かつてない何かが乗った。


 六属性が、連動していた。

 感情と力が一体になった。今まで別々にあったものが、今は同じ動きをしていた。

 使者に向かった。

 前方の魔物が来たが、土属性で地面を動かして進路を変えた。別の個体が横から来た。風属性で弾いた。使者が魔法を放った。水属性で受け流した。闇属性で圧力をかけた。


 使者が後退した。

 初めて後退した。前回の遭遇では後退しなかった。今回は後退した。


 戦闘は短かった。

 使者が防御を展開したが、六属性の組み合わせで突破した。使者が倒れ、動けなくなった。

 魔物たちが統率を失い、散開した。

 レオンとライナスが散開した魔物を処理した。セレンが逃走する個体を制限した。しばらくして戦闘が終わった。


 覚醒が収まっていくのを感じた。

 消耗が来た。ただ今回は前回の土属性覚醒ほど極端ではなかった。聖属性の覚醒は消耗の種類が違った。魔力ではなく、何か別のものが使われた感覚があった。

 エリナが倒れている方向に走った。


「……大丈夫か」


 エリナの傍に膝をついた。

 エリナが薄く目を開けた。


「ゼノさん……顔が、怖い」

「怖い?」

「……心配してる顔。はじめて見ました」


 エリナの顔を見ていた。

 傷の進行は止まっていた。覚醒による状態異常無効が機能していた。ただ、重傷の状態は続いていた。エリナが自分で回復魔法をかけられる状態ではなかった。


「エリナ、今から俺が——」

「来ました。わたしが回復します。エリナさん、少し待ってください」

「頼む」


 セレンが回復の魔法を使い始めた。エリナの表情が少し楽になっていった。

 ゼノはエリナの傍で、動けなかった。

 動けない、というのは魔力的な問題ではなかった。エリナから離れることができなかった。


「……ゼノ」

「何だ」

「お前今、泣きそうな顔してたぞ」


 ゼノは返答しなかった。


「泣く理由が——」

「あるだろ。ちゃんと」


 レオンが言った。断言した声だった。

 ゼノは少し黙った。


「……ある」


 その言葉が出た後で、ゼノは自分が言ったことを確認した。

 泣く理由がある、と言った。

 エリナが傷ついた。倒れた。目を開けた。心配してる顔と言われた。

 それが泣く理由になっている、ということを、今ゼノは認めた。


「……セレン、エリナの状態はどうだ」

「傷が塞がってきています。しばらくかかりますが、問題なくなります」

「わかった」

「ゼノさん、動かなくていいですよ。そこにいてください」

「……ああ」

「エリナさん、意識はありますか?」

「あります。……ゼノさん、まだそこにいますか?」

「いる」

「よかった」

「よかった、とはどういう意味だ」

「ゼノさんがそこにいてくれてると、安心するので」


 ゼノは返答しなかった。

 エリナが安心すると言った。ゼノがそこにいるから。

 では、ゼノはなぜそこにいるのか。答えは来ていた。

 言語化しなかった。今日は言語化しなかった。ただ、そこにいた。


 レオンが「そういえばさっきの、何だったんだ」と言った。


「お前の魔法が変わってたな。全員の能力が上がった気がしたが」

「聖属性の覚醒だ」

「覚醒? 覚醒って何だ?」

「感情を理解した時に魔法の質が変わる。それが覚醒だ」

「なんで今まで使えなかったんだ?」

「感情が必要なかったからだ。でも今日、来た」

「何が来たんだ?」


 ゼノは少し間を置いた。


「……まだ言語化できていない。ただ、来た。」

「それが力になったのか」

「そうだ」

「お前の力って、感情から来てるんだなあ」

「そうだと思う。今日、確認できた」


 エリナの回復が進んだ。

 セレンが「あとは自然に回復する状態になりました」と言った。


「今日はできるだけ動かない方がいいです」

「わかりました」


 エリナが起き上がろうとした。ゼノが支えた。


「……ありがとうございます」

「礼は不要だ」

「そう言うと思いましたけど。でも言います」

「……そうか」

「ゼノさん、今日は顔が違いました。心配してる顔って言いましたけど、それだけじゃなかった気がして」

「どんな顔だったんだ」

「もっと、何か深いものが出てた気がします。うまく言えないですけど……今夜、ゆっくり話しますか?」

「今日は休んでくれ」

「明日でも」

「……ああ」


 エリナが「おやすみなさい」と言って横になった。


 ゼノはしばらくそこにいた。

 今日来たものが、何かを確認しようとしたが、確認しなかった。

 ルミナが言っていた。今感じていることを今のままにしておいて、と。

 今のままにした。


 エリナが眠っていた。無事だった。

 ある、と言った言葉が、頭の中に残っていた。


 泣く理由がある。

 その理由が何かは、今夜は言葉にしなかった。

 ただ、あるという言葉が、今夜初めて出た。それだけは確かだった。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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