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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第二章

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第67話 セレンの本音

 野営地から少し離れた場所に、川があった。

 前日に確認していた水源だ。幅は狭かったが、流れが安定していた。水質も問題なかった。

 翌朝、ゼノが周囲の確認をしていた時に川の近くに気配があることに気づいた。

 魔物ではない。


 セレンが川の前に立っていた。

 水魔法を使っていた。ただ戦闘の練習ではなかった。小さな水の動きを作って、確認して、また作り直していた。何かを試している動作だ。繰り返しが多かった。


 ゼノは少し離れた場所から見ていた。

 セレンの水魔法は、いつもと少し違った。戦闘中に使う広範囲の展開ではなかった。細く、精密な動きを繰り返していた。水を特定の形に動かして、その形が崩れると、また最初からやり直す。

 崩れることが多かった。ゼノが見ている間、五回試みて、五回崩れた。


「何かを目指しているのか」


 ゼノは声をかけた。

 セレンが振り返った。驚いた様子はなかった。気配に気づいていたのかもしれなかった。


「……気づいていましたか」

「少し前から確認していた。邪魔になったか」

「なっていないです。座って話しますか?」

「構わない」


 二人で川の前に座った。水の流れる音がした。


「何をしていたんだ」

「眷属との戦闘で、感覚だけに頼っていることが気になって。感覚で習得した技術で、今まで戦えてきました。でも、眷属はこれまでと違います。強い。感覚だけでは、いつか対応できない場面が来るかもしれません」

「それで理論的な裏付けを作ろうとしているのか」

「魔王の眷属に、感覚じゃなくて確実に対応できるようにしたくて。確実に、という言葉が最近頭に来るようになって。感覚は不安定な時がある。安定した対応方法が必要だと思って」

「感覚を理論に変換する試みか」

「そうです。でもうまくいかなくて」

「うまくいかない原因は何だと思うんだ」

「感覚って、言語化しようとすると消えちゃうんですよね。水の動かし方を頭で考えながらやろうとすると、いつも通りできなくなる。考えることが邪魔をします」

「以前にも話していた。言語化しようとすると感覚が消える、という話か」

「そうです。川を見て習得した時も、考えながらやっていたわけじゃなかった。でも、それを再現しようとして考え始めると、できなくなる」

「矛盾しているように見えるが、矛盾ではないかもしれない」

「どういう意味ですか?」

「感覚で習得した技術は、言語化する過程で失われることがある。それは技術の性質の問題であって、技術が不完全だからではない。お前の感覚は既に最適化されている。言語化する必要はないかもしれない」


「でも」とセレンが言いかけた。


「言語化する必要がないとしたら、今の練習は目標に対して適切な手段ではない可能性がある。感覚を理論に変換しようとするより、感覚の精度を上げることに集中する方が、眷属への対応力が上がるかもしれない」

「それはわかっています。でも——」

「でも?」

「言語化できないと、他の人に教えられない」


 ゼノは少し止まった。


「……なぜ教えたい」

「みんなに役に立ちたいから。当たり前じゃないですか」


 当たり前、という言葉が来た。

 セレンが「当たり前」と言った言葉が、頭の中で少し止まった。


「役に立ちたいから、という理由は理解できる。ただ、当たり前という言葉の使い方が——」

「おかしかったですか」

「おかしくはない。ただ、俺には当たり前という感覚がまだ腑に落ちていない部分がある。誰かに役に立ちたいという気持ちが当たり前だ、という感覚がどこから来るのかがわからない」


 セレンが少し考えた。


「生まれた時からそういうものだと思っていたので、根拠は言えないです。みんなが一緒にいるなら、役に立ちたいと思う。それだけです」

「説明できないが、そう感じている、ということか」

「そうです」

「感覚と同じ構造だな。言語化できないが、そうだと感じている」

「確かに。わたしって、全部感覚なんですよね」

「全部ではない。今日の練習は、感覚以外の方法を探しているところから来ている。感覚以外の方法があるかもしれないという判断は、論理から来ている」

「……そうですね。感覚だけじゃないか」

「混在しているということだ。俺も感情が出てくるにつれて、論理だけではなくなってきた。それと似ているかもしれない」

「ゼノさんも変わってきてますよね」

「全員がそう言う」

「みんながそう感じるということは、そうなんだと思います」

「感覚による判断か」

「はい」


 セレンが笑った。静かな笑いだった。

 今日の練習で、何度も試みて何度も崩れていた。それでも続けていた。諦めて戻ってくるのではなく、ゼノが来た後も川を見ていた。練習を続けるつもりでいた。


「セレンは既にパーティに十分な貢献をしている」

「え?」

「眷属との戦闘で、セレンの水魔法がなければ俺とレオンの連携はもっと時間がかかった。中型個体の群れへの対応も、セレンの展開が基盤になっていた。技術が最適化されていることは、外から確認できる」

「でも、教えられないと――」

「教えることだけが貢献ではない。技術を持って戦うことが、既に貢献だ。それを伝えることが今の俺にできることだ」


 セレンが少し黙った。


「……ありがとうございます」

「事実を述べただけだ」

「それでも、ありがとうございます」


 セレンが川に向き直った。また水魔法の練習を始めた。今度は少し違っていた。さっきより、力が抜けていた。頭で考えながらやろうとする緊張が薄れていた。

 水が動いた。形を作った。崩れなかった。


「……できた」

「力が抜けた分、感覚が戻った」

「そうかもしれないですね。ゼノさんに話して、少し楽になったから」

「楽になったことが技術に影響したのか」

「感情と技術は繋がってると思います」

「……そうだな」


 セレンが練習を続け、ゼノはしばらく見ていた。

 今日の練習の動機が、みんなに役に立ちたいからだった。当たり前だ、とセレンは言った。


 当たり前、か。

 ゼノは内心で繰り返した。

 誰かに役に立ちたいという気持ちを、当たり前と感じること。それが当たり前だという感覚が、どこから来るのか、俺にはまだわからない。


 ただ、セレンにとってはそうだった。理由を説明できないが、そう感じている。

 ルミナが言っていた言葉が浮かんだ。愛情は理由から来るものじゃない、そう感じるからそう言うという話。

 当たり前も、同じ構造かもしれなかった。


「川の練習を始めたのはいつ頃からだ」

「子どもの頃からです。実家の近くの川で」

「その頃から、みんなに役に立ちたいという気持ちがあったのか」

「うーん。子どもの頃は、ただ川が好きだっただけです。役に立ちたいという気持ちは、後から来たと思います。家族が喜ぶのが嬉しくて、もっとうまくなりたいと思って」

「誰かが喜ぶことが、技術を高める動機になったのか」

「そうだと思います」

「では、役に立ちたいという気持ちは、誰かの喜びを見てきたことから来ているかもしれない」

「……そうかもしれないですね。考えたことなかったです」

「当たり前だと思っていることに、理由があった可能性がある」

「ゼノさんって、そういう整理の仕方をするんですね」


 セレンが少し驚いた顔をした。


「当たり前のことを分解する」

「当たり前という感覚が俺にはないから、分解する必要がある。」

「……それが、ゼノさんらしいですね」


 セレンの練習が続いた。

 水が形を保ち続けていた。崩れなかった。


「教えられなくても、今のお前の技術は十分だ。ただ、いつか教えたいという気持ちがあるなら、言語化を急ぐより、感覚の精度を上げる方が先かもしれない。精度が上がれば、言語化できる部分が増える可能性がある」

「遠回りに見えますけど、その方がいいですか?」

「感覚から習得したものは、感覚から掘り起こす方が速い場合がある。セレンの場合は特に」

「わかりました。じゃあ、もう少し練習しますね」

「ああ」


 ゼノが立ち上がろうとした。


「ゼノさん」

「何だ」

「役に立ちたい、って当たり前じゃないですかって言いましたよね。ゼノさんに聞いたら当たり前じゃないって言いそうで、怖かったけど聞いてみました」

「なぜ言いそうだと思ったんだ」

「ゼノさんって、当たり前って言葉を使わないから」

「使わない、というより当たり前の感覚がないから使えない」

「でも今日は、当たり前かどうかより、理由を探してくれましたよね。当たり前じゃない、と否定するんじゃなくて」

「……そうだな」

「それが嬉しかったです」


 ゼノは歩き始めた。

 野営地に戻る方向に向かいながら、今の言葉を処理した。

 当たり前じゃない、と否定しなかった。

 以前なら否定するかどうかより、定義が曖昧だという返答が来ていた。今日は分解しようとした。なぜその気持ちが来るのかを一緒に考えた。

 その違いが、セレンに嬉しいと思わせた。


「当たり前、か」


 俺にはまだわからない感覚だった。

 ただ、わからないと言って終わりにしなかった。

 それが今日の変化だった。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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