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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第二章

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第66話 言葉の残滓

 使者と遭遇した場所から離れて、一時間ほどが経っていた。

 気配は完全に消えていて、追ってくる様子もなかった。


 ただ、全員の歩き方が変わっていた。

 いつもより間隔が詰まっている。周囲への注意が上がっていた。

 ゼノは先頭を歩きながら、全員の状態を確認していた。

 緊張が出ていた。各自が自分なりに処理しようとしている状態だった。


「魔王って、本当にいるんですね」


 エリナが歩きながら、静かに言った。


「なんか、実感しました。今日まで、どこかで話の上のことのような気がしていたんですけど。あの使者を見て——本当にいるんだって」

「そうだ」

「怖いです」

「怖いのは正常な反応だ」

「正常なんですか?」

「未知の強大な存在が実在すると確認された。それに対して恐怖反応が出ることは、危機への適切な反応だ。異常ではない」

「ゼノさんは怖くないんですか?」


 ゼノは少し間を置いた。


「……まだわからない」


 エリナが振り返った。間があったことに気づいたらしかった。


「まだわからない、って言い方をしたんですね」

「今日、何かが来た。使者の魔力の質を確認した時に。それが怖い、という感覚かどうかがまだ判断できていない」

「何かが来た、ですか」

「ああ。以前なら何も来なかったかもしれない。今は来た。それが変化だ」

「ゼノさんが怖いって感じ始めてるなら、それはいいことだと思います」

「なぜ怖いことがいいことになるんだ」

「大切なものができた証拠だから」


 ライナスが「俺も怖かったです」と言った。


「でも、ゼノさんがいたから動けました」


「俺も同じだ」レオンが続けた。


「正直、足が止まりかけた。あの気配は、これまでと質が違った」

「セレンはどうだった」

「水の流れが乱れました。魔力の質が、正常な流れを持っていなかったので。感知していただけで、圧迫感がありました」

「具体的な情報として有用だ」

「ゼノさんはどうでしたか?」

「先ほどエリナに答えた通りだ。何かが来た。判断できていない」

「判断できていないことを正直に言えるようになりましたよね」

「以前は言えなかった」

「以前はわからない、と言うことがあまりなかった気がします。保留、という言い方をしていました。今は何かが来た、という状態で言えてます」


 しばらく歩き続け、その日の夜営を設営した。

 全員が食事をとったが普段より話が少なかった。疲れではなく、それぞれが今日のことを処理していた。

 見張りはゼノが最初を担当した。全員が横になった後、ゼノは一人で夜を見ていた。


 使者の言葉が頭に残っていた。

 

 ――貴様と我が君は似ている。感情を持たない者同士だ。


 俺は感情を持っていないのではない、と返した。持っていない状態を理解している途中だと。

 その返答は正確だ。でも正確だったことを確認した後に、別のことが残った。

 魔王はなぜ感情を持たないのか。選んで捨てたのか、気づかないうちに失ったのか。フォート校長が言っていた話と使者の言葉が重なった。


 円卓に入ると、いつもの四人がいた。


 ルミナが「ゼノくん、今日は大変だったわね」と話しかけてきた。


「そうだな」

「使者に言ったこと。理由って何?」

「何の理由だ」

「行く理由。いずれ行くって言ったでしょ。その理由が何か、ちゃんと整理できてる?」


 ゼノは少し間を置いた。


「……答えが出ていない」

「正直ね」

「整理しようとした。いくつかの候補が出た。ただ、どれが本当の理由かまだ確認できていない」

「候補を教えて」

「お前たちを守ることかもしれない。旅をしているパーティ、それから俺の中にいる人格たちを守ることが理由になっているかもしれない」

「他は?」

「世界を守ることかもしれない。魔王が動いていれば被害が出る。それを止めることが合理的な理由になる」

「それだけ?」


 ゼノは少し止まった。


「ただ——」

「ただ?」

「……特定の誰かを守りたいという気持ちが、何かに近い気がする。言語化できない」


 円卓が静かになり、ルミナが静かに微笑んだ。


「それが愛情よ、ゼノくん。たぶん」

「たぶん、というのがついているのはなぜだ」

「ゼノくん自身が確認してからの方がいいから、たぶんって言ったの。わたくしが断定することじゃないと思って」

「……確信がない」

「確信がなくていいわ。愛情に確信は後からついてくるものよ。最初は言語化できない何かとして来るの」

「言語化できない何かが来ている、という状態が愛情の始まりか」

「始まりかもしれないし、もう来ているのかもしれない。ゼノくんが特定の誰かを守りたいと思っている。その誰かは誰?」


 ゼノは処理した。


「全員だ。パーティ全員を守りたい」

「全員、ね。その中で、質が違う誰かはいる?」


 ゼノは少し黙った。


「……いるかもしれない」

「それが誰かを、今日は言わなくていいわ。自分で確認する時間があった方がいい」

「なぜだ」

「愛情は焦ると見えなくなることがあるから。ゆっくり確認してほしいの」


「ルミナ」とイグニスが呼んだ。


「何?」

「お前が珍しく抑えた言い方をしてるな」

「そうよ。テラに言われたから。暴走しないようにって。だからゼノくんのペースに合わせてる」

「大変だな」

「大変じゃないわ。ゼノくんのことを思えば当然のことだから」

「やっぱり重い」

「知ってる。でも本物」


「ゼノ君」とテラが話しかけてきた。


「何だ」

「今日、使者に向かって言えたこと。理由がある、という確信が来たのはどこからだと思いますか?」

「確信、か」

「行く理由が出てくる前に、行くと決まった感覚があったでしょ。その感覚はどこから来たと思いますか?」

「……全員がいたから、かもしれない」

「全員が?」

「全員が後ろにいた。全員を置いていくことへの何かが来た。だから行くのではなく、いずれ行くという言い方になった。今ではなくいずれ。全員が準備できた時に、一緒に行く。そういう判断になった」

「それが理由の一部ですね」

「……そうかもしれない。全員がいるから行く理由が生まれている。全員がいなければ、行く理由がなかったかもしれない」


「それが愛情ね」とルミナが言った。


「また愛情か」

「全員がいるから行く理由が生まれる。それって、全員が大切だということでしょ。大切だから守りたい。守りたいから行く。それが愛情から来る理由よ」

「合理的な理由ではないのか」

「合理的な理由と愛情は両立するわ。どちらから来ていても、行くという判断は同じ。ただ、愛情から来た理由の方が、消えにくい。困難な状況でも残り続ける」

「なぜ消えにくいんだ」

「感情だから。論理は状況が変われば変わる。感情は状況が変わっても残ることがある」


「ウェントス」とゼノは読んだ。


「何?」

「ウェントスは何か言わないのか。今日のことについて」

「言おうとしたことが、全部誰かに言われちゃった。だから、一個だけ言う」

「何だ」

「ゼノ、今日怖かったけどちゃんと立ってた。それがよかった」

「立っていたのは当然だ」

「当然じゃないよ。あの気配の中で、動じないで答えを返せた。それは今のゼノにしかできなかったことだと思う。以前のゼノには別の意味で動じなかったかもしれないけど、今のゼノは怖さがあった上で動じなかった」

「違いがあるのか」

「大きな違いがあるよ」


 円卓を出て、夜の見張りに戻った。

 全員が眠っている。

 特定の誰かを守りたいという気持ちが、何かに近い。確信はなかった。

 ただ、全員がいるから行く理由が生まれる、という言葉は、今夜整理した中で一番確かな気がした。


 守りたいと思っているかどうかは、まだ確信がなかった。

 しかし、全員が無事に眠っていることを確認した時に、何かが来た。

 その何かが、今夜は消えずにそこにあった。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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