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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第二章

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第62話 街での休息

 ゼノの魔力はほぼ回復した。

 感知の範囲も元に戻った。身体も動くようになっていた。

 エリナが「もう一日休んだ方がいいです」と言い、ゼノは「合理的だ」と言って従った。


 休息日をどう使うかは各自に任せていた。レオンは宿で武器の手入れをしていた。ライナスが街の冒険者から魔物の情報を集めると言って出かけた。セレンが「川を見てきます」と言って歩いて行った。

 エリナが「市場に行きませんか。物資の確認もしたいので」と言った。


 市場は活気があった。

 街道沿いの街だったので、行商人が多く出ている。食料品、布、魔法の材料、武器の部品。様々な品物が並んでいた。

 エリナが「こういう時間、久しぶりですね」と言いながら歩いていた。

 食べ物の屋台の前でエリナが足を止めた。干した果物が並んでいた。色鮮やかだった。エリナが一つ手に取って確認した。


「学園にいた頃も、街に出る機会はあまりなかったので。旅に出てからは、ほとんど戦闘か移動かで。こういう風に市場を歩くのが、なんか新鮮で」

「必要な物資の補充が目的だ」

「そうですね。でも、それだけじゃなくて楽しいですよ。ゼノさんは楽しくないですか?」

「楽しいかどうかは確認中だ」

「もう」


 ゼノはエリナの隣を歩きながら、周囲を観察していた。

 物資の確認は本当の目的の一つだった。回復薬の材料、保存食の種類と価格、水の確保に使える器具。必要な情報を収集しながら歩いていた。

 しかしそれと同時に、エリナを観察していた。

 意図したわけではない。ただ、視線がエリナの方に向いていた。

 エリナが屋台の食べ物を見る時の顔。何かが気になった時に足を止める動作。声をかけてくれた屋台の人間に笑顔を返す時の表情。

 観察と言えば観察だ。ただ、データを取ろうとしているわけではなかった。


 食べ物の屋台が連なっている区画に入った。

 焼いた肉、揚げた野菜、甘い匂いのする菓子。様々な匂いが混ざっていた。ゼノは匂いを情報として処理していた。各食材の栄養価、保存性、旅での有用性。


「ゼノさん、これ食べてみてください」


 エリナが振り返った。手に小さな包みを持っていた。屋台の人間が試食として渡したらしかった。


「何だ」

「焼いた芋だそうです。この地域の名物って」

「物資の補充には直接関係しない」

「直接関係なくていいんですよ、たまには。食べてみてください」


 ゼノは受け取った。

 手の中に温かかった。包みを開けると、焼いた芋が入っていた。甘い匂いがした。

 一口食べると、甘かった。


「……悪くない」

「その顔、美味しいって言ってますよ」

「顔に出ていたか」

「はい。ちょっとだけ」

「顔に何が出ていたのか。具体的に教えてくれ」

「口元が、ほんの少し緩みました。あと目が少しだけ細くなった。一瞬でしたけど」

「そうか」

「美味しかったですか、本当は」


 ゼノは少し考えた。


「……口の中に入れた時に来た感覚は、悪くないという評価を上回っていた」

「やっぱり美味しかったんじゃないですか」

「……否定できない」

「それが美味しいってことですよ」


 屋台の人間が「気に入ってもらえましたか」と聞いてきた。


「悪くなかった」

「ゼノさんにとって、それが最大の褒め言葉なんですよ」

「そうですか。じゃあもう一個どうぞ」


 もう一個を手渡された。受け取った。


「……ありがとう」


 屋台の人間が「またどうぞ」と言った。


 歩き続けた。

 エリナが次の屋台で布製品を見ていた。旅用の巾着だった。触りながら確認していた。


「これ、軽くていいですね。荷物が増えてきたので」

「必要なら買え。判断を妨げる理由がない」

「ゼノさんって、こういう時も合理的に言いますよね」

「事実を述べているだけだ」

「でも、なんか背中を押してもらえた感じがします。ありがとうございます。」


 ゼノはエリナが巾着を買う間、隣で待っていた。

 エリナが支払いをして、笑顔で店の人間と話していた。

 エリナの笑顔の種類が増えている。学園の頃とは別物だった。

 最初に会った時のエリナの笑顔は、作られていた。筋肉の動きが過剰で、目の奥と表情がずれていた。力で維持していた。


 今は違った。

 今日、市場を歩きながらエリナが見せた笑い方は、複数の種類があった。食べ物を見て楽しい時の笑い。ゼノに言い返す時の笑い。屋台の人間と話す時の笑い。それぞれが微妙に違った。どれも作っていなかった。

 種類が増えた笑顔は、どれも自然だった。


「どうしましたか?」


 エリナが振り返った。ゼノが黙っていたのに気づいたらしかった。


「笑顔の観察をしていた。」

「笑顔の観察ですか。……どういう結果でしたか?」

「種類が増えている。学園の頃と比べて」

「種類、ですか。確かに、最近は笑う理由が増えた気がします。作らなくていい場面が増えましたから」

「旅に出たからか」

「ゼノさんがいるからだと思います」

「俺が原因か」

「ゼノさんと一緒にいると、素の自分でいられるので。嘘をつかなくていい、というのがあって。ゼノさんって人の嘘に気づくじゃないですか。だから最初から嘘をつこうとしなくなって。そしたら笑顔を作る必要もなくなってきました」

「嘘に気づくことが、エリナの笑顔に影響したのか」

「そうです。変な話ですけど」

「変ではない。合理的な経緯だ」


 市場の端に出ると、広い空が見えた。

 雲が少なかった。風があった。

 エリナが「気持ちいいですね。」と言いながら空を見上げた。

 ゼノも空を見た。

 気持ちいい、という感覚が何かを確認しようとした。風が来た。空が広かった。気温が適切だった。


「……悪くない」

「それは空が悪くないってことですか? それとも今が悪くないってことですか?」

「両方かもしれない」


 エリナが「両方、ですか」と笑った。


「おかしいか」

「おかしくないです。なんか、ゼノさんが少し変わった感じがして、嬉しくて」

「俺が変わっている、という評価を全員がするな」

「みんな気づいてますよ。毎日少しずつ変わっていますから」


 物資の確認を終えた。

 必要なものをリストアップした。回復薬の材料、保存食の追加分、水の確保用の器具。明日買いそろえることにした。


「今日は先に宿に戻りますか?」

「ああ」

「ゼノさん、今日楽しかったですか」


 ゼノは少し考えた。


「楽しいの定義が——」

「もう」

「……悪くなかった、という評価は確実に出る。それ以上のものが来ていたかどうかは、まだ確認中だ」

「それで十分です。来年も、再来年も、またこういう時間が来たら、ゼノさんの答えが変わってるといいなって思います」

「来年、か」

「一緒に旅を続ける前提で言いました」

「……ああ」


 エリナが笑った。

 その笑い方が、今日の市場で見た笑顔の中で一番自然だった気がした。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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