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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第二章

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第59話 信頼の覚醒

 翌朝は霧が深かった。

 視界が狭い。十メートル先が霞んで見える。ゼノは感知に頼る部分を増やして進んだ。


「視界が悪い。いつもより間隔を詰めてくれ。全員の位置を把握しやすくする」


 全員が間隔を縮めた。

 昨日の眷属との戦闘の結果を整理していた。弱点の場所は把握できた。複数属性の組み合わせが有効だということも確認できた。今日は昨日の経験を活かして、より効率的に動ける可能性がある。

 深部の入口まで来た瞬間、四方から気配が来た。


「散れ! 奇襲だ!」


 木の間から眷属が現れた。一体ではなかった。三体が同時に動いていた。


「後衛を守れ。俺が前を抑える」


 ゼノが前に出た。

 前方の一体が直撃してきた。土属性で防いだ。衝撃が大きかった。昨日の個体と同等の力だった。

 左側面の一体がエリナ方向に動いた。


「レオン、左」

「分かった!」


 レオンが火魔法を放ち、動きが鈍った。ライナスが割り込んで注意を引いた。

 後方の一体がセレンに向かった。セレンが水属性を展開して動きを制限し、完全には止まらなかったが、速度を落とせた。


 ゼノが状況を把握した。

 三体同時は昨日より難しかった。前を抑えながら後衛を確認し続ける必要があった。

 前方の眷属が攻撃のパターンを変えた。昨日の個体が使ってきたパターンと似ていた。情報を共有しているのかもしれない。ゼノの防御の隙間を狙ってきた。


「ゼノ、大丈夫か!」

「問題ない。前を見てくれ」

「でも——」

「任せてくれ。信頼してくれ」


 レオンが一瞬止まった。

 戦闘中、一瞬も惜しい状況だった。それでも止まった。


「......分かった。信じるぞ」


 レオンが前に向き、左側面の眷属への攻撃を続けた。

 その言葉が来た瞬間、ゼノの中で何かが変わった。

 信じる、という言葉を受け取った。レオンが信じた。俺を。この状況で。根拠が十分でない中で。


 ゼノは前方の眷属と向き合いながら、後衛の状態を同時に把握し続けた。

 エリナが回復魔法を準備している。セレンが後方の眷属と対応している。ライナスが左側面の注意を引き続けている。レオンが火魔法を連続で当てている。

 全員が自分の役割をやっている。

 信頼してくれ、と言った。全員が信頼してくれた。

 俺が守る。

 その言葉が来た。言語化する前に来た。計算ではなかった。


「——俺が、この場所を守る。それだけだ」


 声に出た。誰かに聞かせるためではなかった。ただ、出た。


 その瞬間、円卓の端から何かが来た。

 意識の端に、広間が見えた。

 テラが椅子から立ち上がっていた。

 茶色の瞳が光っていた。いつもの穏やかな微笑みではなかった。何かを確認した時の、落ち着いた確信の顔だった。


「ゼノ君。ずっと言っていましたよね。あなたなら大丈夫って。今がその時です」


 テラが前に出て、両手を広げた。


「——不動基盤グラウンド・コア


 地面が動いた。

 ゼノの足元から波が広がるように、地面が制御下に入った。土属性が覚醒した感覚は、天翔遊戯(スカイ・ラプソディ)憤怒解放(ラース・リリース)とは違う種類だ。加速でも出力の増大でもない。


 地面のすべてを把握できた。どこに何があるか。どこに壁を作れるか。どこに穴を掘れるか。どの方向から力が来るか。全部が手に取るように分かる。

 前方の眷属が動いた。それを地面が隆起して進路を遮った。

 左側面の眷属がレオンに向かおうとした。地面が下がって足を取られ、動きが完全に止まった。

 後方の眷属がセレンに突進した。地面が壁として立ち上がり、完全に遮断した。

 後衛を守る地形が、ゼノの意志通りに形成された。


 レオンが「何が起きた!?」と叫んだ。


「地形支配だ。俺が制御している。攻撃を続けてくれ」

「分かった!」


 地面に固定された眷属に、レオンが連続で火魔法を当てた。セレンが壁の隙間から水属性を差し込んだ。ライナスが牽制しながら動き続けた。エリナが全員の状態を確認しながら待機していた。

 三体を同時に封じながら、全員が攻撃できる状態を維持した。

 覚醒時の消耗が大きい。ただ、仲間が傷つくことへの懸念がそれを上回っていた。


「——仕留めてくれ。今だ」


 三体が無力化された。

 地形支配を解除し、地面が元の形に戻っていった。

 ゼノが膝をついた。

 覚醒後の消耗が一気に来た。覚醒のデメリットが出た。全身の力が抜けるような感覚があり、立っていられなかった。


「ゼノさん!!」


 エリナが駆け寄った。回復魔法をかけた。


「魔力の消耗だ。怪我ではない」

「それでも回復します。動かないでください」


 全員が集まった。

 誰も傷ついていなかった。

 それを確認した。一人一人見た。レオンが無事だった。ライナスが無事だった。セレンが無事だった。エリナが回復魔法をかけながら無事だった。

 

「ゼノさん……」


 エリナが言葉を失っていた。続きが出てこなかった。


「……お前、すごすぎる」


 レオンが言った。声が少し震えていた。


「信頼して、よかったです」


 ライナスが言った。笑っていた。


「……ありがとうございます」


 セレンが静かに言った。いつもより声が少し詰まっていた。


 ゼノはエリナの回復魔法を受けながら、全員を見ていた。

 全員が無事だった。

 その事実が、言語化される前に来た。


「……お前たちが、いたから」


 声が出た。

 全員が静かになった。


「お前たちがいたから、守ることができた」


 レオンが何か言おうとして、止まった。

 ライナスが目を潤ませた。

 エリナが回復魔法をかけながら、少し下を向いた。

 セレンが静かに頷いていた。


 夜の野営。

 全員が食事をとった後、ゼノは見張りについた。

 円卓に入ると、三人が揃っていた。


「どうでしたか?」とテラが聞いてきた。


「覚醒した。土属性が」

「それだけじゃなくて」

「……信頼は、非合理的だ。レオンが信じると言った時に、何かが来た。計算ではなかった。守ることが明確になった。その瞬間に覚醒した」

「合理的な根拠がなくても、信頼から力が来た、ということですね」

「それでも——意味があった」


 テラが笑った。


「あなたなら大丈夫って、ずっと言っていたでしょ」

「言い続けていた。根拠なしに」

「その根拠なしに言い続けたことが、今日に繋がりました」

「……どういう意味だ」

「あなたなら大丈夫、という言葉は、ゼノ君への信頼です。根拠なしに信じることが信頼だと言いましたよね。わたしはずっと、ゼノ君を信頼していました。今日、ゼノ君が同じことをレオン君たちにした。信頼を受け取って、渡した」


 ゼノは少し黙った。


「……ああ。そういうことか?」

「何が分かりましたか?」

「テラが言い続けていた意味が、少し分かった気がする。根拠なしに信じることが、誰かに伝わる可能性がある。伝わった時に、何かが起きる」


「ゼノ、また一個わかったね」とウェントスが言った。嬉しそうな声だった。


「わかったかどうかは、まだ確認中だ」

「でもわかったんでしょ。そういう顔してる」

「俺の顔が読めるのか」

「読めるよ! ずっと見てたから!」


 イグニスが「……まあ、悪くなかった。」と言った。横を向きながら腕を組んでいた。素直じゃない顔だ。


「悪くなかった、とは何がだ」

「今日の覚醒が」

「もっと具体的に述べてくれ」

「守ったじゃないか。全員。それが悪くなかった」

「……そうだな」


 テラが「おやすみなさい、ゼノ君。」と言った。


「おやすみ。」

「また来ます。いつでも。」

「ああ。」


 円卓から意識が戻った。

 焚き火の前で、四人が眠っていた。


 お前たちが、いたから。

 今日口に出した言葉が、頭の中にあった。

 初めて、仲間の存在を理由として言葉にした。

 合理的な根拠がなくても守れた。信頼が覚醒を引き出した。お前たちがいたから、という言葉が出た。


 全部が今日起きた。

 ゼノは夜の気配を確認した。変化はなかった。

 全員が眠っていた。

 背中を預けてくれていた。守るという理由が、今夜も確かにそこにあった。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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