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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第二章

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第56話 罠を仕掛けた者

 罠から引き返す途中だった。


 ゼノが先頭を歩きながら地面の感知を続けていた。先ほどの仕掛けと同じ反応がないかを確認しながら進んでいた。


 全員が無事だった。全員が揃っていた。ただし今日は早めに引き返すことにしていた。人工的な罠を確認した。その情報をギルドに持ち帰る必要がある。


 外縁部に近い区域まで戻った頃、気配を感じた。

 魔物ではない、人間だった。


「止まれ。」


 全員が止まった。

 前方の木の陰に、人がいた。隠れているわけではない。木に背中をつけて、腕を組んで立って、こちらを見ていた。

 中年の男だった。体格がよく、顔に傷の跡があった。装備は古かったが、使い込まれていた。冒険者の装備だ。


「若造が来たな」


 男が言った。


「お前らみたいな若造が深部に来るな。命がいくつあっても足りん。」

「あなたが罠を仕掛けたのか」

「そうだ」

「理由は何だ」

「若い連中が深部に向かうのを止めるためだ。あの先には行くな。俺みたいに後悔することになる」

「後悔、とはどういう意味だ」


 男が少し間を置いた。ゼノたちを見ていた。五人全員を順番に見た。何かを確認しているような目だった。


「......そこに座れ。話すが長くなる」


 全員が地面に座った。男が木の根に腰を下ろした。


「俺は昔、冒険者をやっていた。十年以上前だ。四人のパーティで、この森を探索していた。当時は魔物の動きがそこまで変わっていなかったから、中層までは普通に入れた」

「それが今とは違うのか」

「今は違う。魔王が動き始めてから、奥の魔物の質が変わった。統率されるようになった。強い個体が増えた。そして——眷属が現れた」

「眷属、とはどういう存在だ」

「魔王に従う特別な個体だ。普通の魔物じゃない。魔王の力が一部宿った、特殊な存在だ。ある日、森の深部で眷属に遭遇した。知らなかった。そんな存在がいるとは思っていなかった」

「......どうなったんだ」

「三人が死んで、俺だけが生き残った。なぜ生き残ったかも分からない。眷属が俺を無視したのか、逃げ場があったのか。気づいたら一人で森の外にいた」


 誰も何も言わなかった。


「それから十年以上、この近くに住んでいる。深部には入っていない。ただ、若い連中が向かいそうな時は止めるようにしていた。あの罠はそのためだ」

「魔王が動いていると言ったが、具体的に何が変わったんだ」

「眷属の数が増えた。最初に遭遇した時は一体だった。ここ数年で、複数体が確認されるようになった。しかも以前より森の外縁部に近い位置に現れるようになってきた。魔王はもう動いている。お前らが来ても死ぬだけだ。若い命を無駄にするな」

「眷属の情報を詳しく聞かせてくれ」


 ゼノは言った。


 男が「え」という顔をした。止めることを前提にした話に対して、情報を求める返答が来るとは思っていなかった、という顔だった。


「なんで止めないんだ?」

「止める理由がない」

「今言っただろ。死ぬかもしれないと」

「可能性として理解した。ただ、俺たちが行かなければ誰が行く」

「誰かが行く必要はない」

「合理的な答えが出ない。魔王が動いている。眷属の数が増えている。外縁部に近づいている。放置すれば被害が出る。誰かが対応する必要がある。俺たちが行かなければ誰が行くか、という問いに対して、合理的な答えが出ない」


 長い沈黙だった。

 ゼノたちを一人ずつ見ていた。レオンが腕を組んでいた。ライナスが少し緊張した顔をしていたが、視線が逸れなかった。セレンが静かに前を向いていた。エリナが男を真剣な目で見ていた。


「......お前ら、変わった連中だな」


 男がようやく言った。


「変わっている、という評価の基準が不明だが」

「普通はそういう話を聞いたら怖気づく。若造ならなおさら。なのに情報を求める」

「恐れることと行動することは矛盾しない。情報がなければ適切な判断ができない。だから聞く」

「......俺みたいな老いぼれでも、そうは考えなかった」

「恐れると思考が止まる場合がある。止まらないだけだ」


 男がため息をついた。


「分かった。教える。ただし、それでも死ぬかもしれない」

「了解した」

「眷属は普通の魔物と違う点が二つある。一つ目は、魔王の意志で動く。つまり、統率者を倒しても崩れない。眷属は直接魔王に繋がっているから、上位個体を排除しても行動が止まらない」

「もう一つは」

「耐久力と再生力が高い。通常の攻撃では仕留めるのに時間がかかる。長期戦になると魔力の消耗が問題になる。俺のパーティはそれで削られた。最初から全力で当たらないと機能しない」

「弱点はあるのか?」

「完全な弱点は分からない。ただ、俺が見た限りでは、特定の属性への耐性が部位によって違った。複数属性を使って弱い部分を狙った方がいい」

「複数属性の使用が有効、ということか」

「そうだ。単一の属性で押そうとすると、耐性に阻まれる」


 ゼノは情報を整理した。

 統率者排除が機能しない。再生力が高い。複数属性が有効。長期戦を避ける必要がある。


「他に分かることはあるか」

「眷属は単独行動と複数行動の両方がある。単独の方が強い個体が多いが、複数で来た時は連携してくる。俺たちが遭遇したのは単独だったが、それでも三人が死んだ」

「最後に一つ。眷属の出現域はどのあたりだ。森の深部のどの位置だ」

「深部の中央より奥だ。外縁からかなり距離がある。ただ、最近は動いている範囲が広がっていると聞く。俺が直接確認したわけじゃないが、このあたりで噂が出ている」

「十分だ。感謝する」

「......感謝なんかいい。ただ、気をつけろ。それだけだ」


 エリナが「ありがとうございます。」と言った。

 男を向いて、はっきりした声で言った。情報への礼だけではなかった。止めようとしてくれたことへの礼も含んでいた声だった。

 男がふっと笑った。力の抜けた笑いだった。十年以上ここで一人でいた人間の笑い方だった。


「気をつけろよ」


 それだけ言った。

 全員が立ち上がった。歩き始める前に、ゼノが男を振り返った。


「もう一つ聞いていいか」

「何だ」

「なぜ罠を仕掛け続けているんだ」

「若造を止めるためだと言った」

「止めることに成功しているのか」


 男が少し間を置いた。


「......たまには成功する。たまには失敗する」

「それでも続けているのか」

「俺には他にできることがない。三人が死んで、俺だけ生き残った。何かしなければならないと思っていたら、いつの間にかこうなっていた」

「......分かった」

「分かった、か。変な奴だな、お前」

「よく言われる」


 ゼノたちは歩き始めた。

 男の気配が後ろに残っていた。追ってくる様子はなかった。ただそこにいた。

 ライナスが「あの人、十年以上一人であそこにいたんですね」と小声で言った。


「そうだ」

「なんか、つらいですね。仲間が死んで、一人で」

「俺には、そのつらさの具体的な感覚がない。ただ、それがつらい状況だということは理解できる」

「ゼノさんがいつかそういうのをちゃんと感じられるようになった時、どうなるんだろうって思います」

「どうなるのか、俺にもわからない」

「俺は、なってほしいです。ちゃんと感じられるように」


 あの男の笑顔が、頭に残っていた。

 気をつけろよ、という言葉がまだそこにある。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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