第54話 森へ再突入
再び魔物の森に入った。
前回と違ったのは、準備の質だった。
ギルドマスターから得た情報を整理して、森の内部の構造をより詳しく把握していた。上位魔物の行動圏、魔物の密度が高い区域、安全に移動できるルート。地図に書き込んだ情報が増えていた。
装備も見直し、回復薬の数も増やした。セレンが水の確保方法を事前に確認していた。ライナスが移動中の索敵方法を練習していた。
出発前の確認を終えた時、全員の準備が揃っていた。
森の外縁部を通過する時間が短くなった。
前回は外縁部の地形把握から始めなければならなかったが、今回は把握済みだったから効率的に移動できた。
外縁部で一度、小型の群れに遭遇した。
ライナスが反応し、指示を待つ前に動いていた。右から回り込んで注意を引いた。レオンが火魔法を放ち、セレンが足元を制限した。ゼノが前衛で二体を止めた。エリナが待機して全員の状態を確認していた。
二分もかからずに終わった。
「前より速くなってますね!」
「連携の精度が上がっている。次に進む」
中層に入り、ここからは注意が必要な範囲だった。前回と同じ地形だが、魔物の配置が変わっている。移動しているものがいて、統率されている可能性がある。
ゼノは気配を確認しながら進んだ。
三度目の戦闘は、中型個体二体と小型三体だった。
レオンが中型の一体に向かった。セレンが小型の動きを制限した。ライナスが残りの中型の注意を引きながら速度で翻弄した。
ゼノは後方で全体を把握していた。
介入が必要な場面が来なかった。全員が自分の判断で動いていた。エリナが一度、ライナスの軽傷に回復を入れた以外は、全員が無傷だった。
習熟している。
ゼノは内心で評価した。
各自の判断速度が上がっている。状況の変化への対応が速くなっていた。前回は俺の指示を待っていた部分が、今回は先に動けていた。
それはゼノを信頼しているからではなく、各自の判断力が上がっているからだった。信頼があった上で、判断力も上がっていた。
「休憩を取る」
戦闘後のタイミングで、次に進む前に全員の状態を確認する必要があった。
木の根元に全員が座った。エリナが各自の状態を確認した。
「みんな問題ないです」
「分かった」
「ゼノさん、最近少し変わりましたよね」
エリナが言った。
全員に向けてではなく、ゼノに向けて、静かに言った。
「変わった?」
「旅に出た頃と比べて。なんか......前より、みんなのことを気にしてる感じがします」
「気にしている、という評価の根拠は何だ」
「観察じゃなくて、という意味です。最初の頃はみんなを見てる時、データを取ってる感じがしてました。体力の消耗度とか、判断速度とか、そういうものとして見てる感じ。でも最近は......なんか、気にしてる感じがします。違いがうまく説明できないんですけど」
「......区別の方法が分からない」
「何が分からないんですか?」
「観察することと、気にすることの区別だ」
「そうですか。でも、私には分かります」
「どうやって区別しているんだ」
「外から見て分かります。観察してる時って、情報を取ろうとしてる目をしてるんです。何かを記録しようとしている感じ。でも最近は、そうじゃない時があります」
「どう違うんだ」
「......ライナスさんが先行しすぎそうになった時。ゼノさんが止まれって言う前に、もう動いてることがあって。指示として言ってるんじゃなくて、なんか、心配して言ってる感じがします」
心配して言っている、という評価。ゼノ自身にその意識があるかどうかは確認できていなかった。ライナスが先行した時に言葉が出る理由は、全体の安全のために最適な判断をしているからだ。それが心配という感情から来ているのかどうかは、判断できていなかった。
「心配、という感情が来ているかどうかが分からない」
「分からなくていいと思いますよ」
「外から分かって、内側から分からないことがあるのか」
「あると思います。自分で分かるより、他の人の方が分かることってありますから」
「......それは、どういう状態なんだ」
「感情って、自分で気づくより先に出てることがある。だから自分では観察してるつもりでも、周りから見ると気にしてるように見える。そういうことがあると思います」
「......前から気になっていたが」
「はい」
「エリナはなぜ俺の変化を観察しているんだ」
エリナが少し止まった。
「観察、じゃないですよ。気にしてるからです」
「それは——」
「さっきゼノさんが言ったこと、そのまま返してます。気にしてることと観察することは違います。私はゼノさんのことが気になってる。だから見えるんです」
ゼノは返答しなかった。
気になっている、という言葉が来た。エリナがゼノを気にしている。その事実を受け取った。
「レオンも気づいてますよ」
ライナスが離れたところから言った。聞こえていたらしい。
「気づいてる」
レオンが同意した。
「ゼノが変わってきてるの。俺たちみんな感じてるぞ」
「どう変わって見えるんだ」
「うーん。指示が変わったな。昨日より今日の方が、指示の言い方がちょっと違う。前は命令って感じだったけど、最近はなんか、一緒に決めてる感じがあるな。セレンはどうだ?」
「水の流れが変わった時みたいに、ゼノさんも変わってます。流れ方が変わった、としか言えないですが」
「流れ方が変わった、というのはどういう意味だ」
「感覚なので、説明できません。でも、変わっています」
全員が確認していた。
ゼノは四人を見回した。
「俺自身には、変化の実感が薄い。ただ、全員が同じ方向の評価をしている。外から確認できることの方が正確な可能性がある」
「そうですよ。変わってることを自分で気づかなくていいです。私たちが見てますから」
「それは、逆の信頼か」
「逆?」
「俺がお前たちの変化を見ている。お前たちが俺の変化を見ている。互いに見ている、ということか」
「そうなりますね。ゼノさんだけが見る側じゃないですよ。私たちも見てます」
「......休憩を終える。前進する」
「「「「はい」」」」
全員が返事して、立ち上がって歩き始めた。
先頭を歩きながら、ゼノは全員の気配を確認した。エリナが後方にいた。ライナスが右前方にいた。レオンが左側にいた。セレンが右後方にいた。
全員の位置を把握していた。
それが観察なのか、気にしているのか、内側からは判断できなかった。
ただ、エリナが「私には分かります」と言った。
それを今は保留にせず、受け取ることにした。
判断を保留しないことが、変化なのかもしれなかった。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




