第53話 レオンの過去
準備が整って、翌朝に出発することになった。
その日の夜、全員が宿で過ごしていた。セレンとエリナとライナスは早めに部屋に戻っていた。
レオンとゼノが宿の一階の食事処に残っていた。
特に計画していたわけではなかった。ゼノが地図の確認をしていたところに、レオンが「何か飲むが、ゼノは?」と聞いてきた。ゼノは「水でいい」と答え、レオンが飲み物を頼んで、同じ席に座った。
明日の準備については話すことが終わっていた。
しばらく、他愛のない話をしていた。今日の仕入れた情報の話、次の目的地の話、セレンの水魔法が実戦で安定してきているという話。
レオンが「なあ、ゼノ」と切り出した。
「何だ」
「前に家のことって言っただろ。詳しく言いたくないって」
「覚えている」
「今なら少し話せる気がしてな」
「聞く」
レオンが杯を両手で持って、少し下を見た。話し始める前の、整理している時間だ。
「兄貴も魔法使いでさ。しかも優秀な。火属性で俺より出力が高いんだ。子どもの頃から、兄貴と比べられることが多くてな」
「比べられる、というのは誰に」
「親だったり、親戚だったり。直接言われることもあれば、雰囲気で分かることもあった。お前の火魔法は弱いって言葉は、親から一度だけ言われた。そこから、ずっと引きずってたんだ」
「引きずっている、という状態はどういうものだ」
「なんか、魔法を使うたびに兄貴と比べてた。これは兄貴より弱いなとか。同じくらいになれたかなとか。自分の魔法を自分で評価できなかった。兄貴の基準でしか見れなかった」
「それが火魔法の出力に影響していた可能性がある。感情と出力が連動しているなら、他者との比較による評価の低さが、出力を下げる要因になっていた可能性がある」
「今になったら、そう分析できるけどな。当時はわからなかったんだ。ただ俺は弱いという気持ちがずっとあってな」
「学園に入ってからも続いていたのか」
「続いてた。模擬試験で七位だった時も、頭の中では兄貴だったら何位だろうって考えてた。馬鹿だろ?」
「馬鹿ではない。比較の基準が習慣になっていたということだ。習慣は簡単には変わらない」
「でも」とレオンが少し顔を上げた。
「ゼノと一緒に旅してたら、なんか、それがどうでもよくなってきた」
「どういう経緯でそうなった」
「うーん。明確なきっかけがあったわけじゃないけど。ゼノが俺の魔法を評価する時、兄貴との比較が一回も出てこなかったから、かな」
「出てくる理由がない。お前の能力を評価する基準に他者は関係しない」
「そういうことを言うんだよ、お前って。比較は無意味だ、とか。他者の基準に自分の評価を依存することは非効率だ、とか」
「事実だ」
「事実なんだけど。そういうこと言ってくれる人、初めてだったよ」
「......家族はそう言わなかったのか」
「言わなかった。みんな兄貴を基準にしてたから。先生も、お前はお前のペースで、とは言うけど、具体的に比較しなくていいとは言わなかった。そういうことを言ってくれる人がいなかったんだよな」
「合理的に考えれば、他者との比較は評価基準として機能しない。能力は状況や目的によって価値が変わる。絶対的な序列として比べることに意味がない」
「お前が言うと、本当にそうだなって思えるんだよな。なんでだろ」
「嘘をつかないからかもしれない。レオンが以前そう言っていた」
「そうだな。お前に言われたことは、全部本当のことだって信じられる」
「......一ついいか」
「何だ?」
「お前の火属性の出力は、感情と連動して上がっている。今の方が学園時代より強くなっている」
「......そうか」
「学園の演習での出力と、旅に出てからの出力を比較した。明確に上がっている」
「なんで上がったと思うんだ?」
「感情の変化だ。比較への執着が薄れた。守りたいという感情が増えた。怒りを使えるようになった。それらが火属性の燃料として機能している」
「守りたい、か。旅に出てから、そういう気持ちが増えたのは確かだな」
「みんなのことを守りたいと思っているのか」
「思ってる。お前も含めて」
「......そうか」
「ゼノは俺のことを守りたいと思うか?」とレオンが聞いてきた。
「あるかどうかを確認したことがなかった」
「今確認してみてくれ」
レオンが傷つくことを想像した。来るかどうか、確認した。
「何かが来た。それが守りたいという感情かどうかはまだ判断できないが、来た。」
「それで十分だ」
レオンが笑った。今日一番の笑いだった。
「ゼノが俺のために何かを感じてくれたなら、それでいい」
「旅に出て良かったのか」
「良かったに決まってるだろ」
「明確な根拠を述べてくれ」
「また分析か。えっと、強くなった。兄貴と比べなくても良くなった。お前たちと一緒にいられた。魔王のことを知った。怖いけどやることができた」
「全部旅に出たから得られたものか」
「そうだ。学園だけにいたら、俺はずっと兄貴と比べ続けてた。外に出てよかった」
「ならいい」
「ゼノは良かったと思うのか? 旅に出て」
ゼノは少し考えた。
「良かったと思う」
「珍しく即答したな」
「根拠が明確だから」
「どんな根拠だ?」
「情報が増えた。魔王に関する調査が進んだ。各自の能力の把握が深まった。それと――」
「それと?」
「お前たちと過ごした時間が、何かを与えてくれている。何かが何かはまだ分からないが、あることは確認できる。それが良かったと言えるかどうかは判断が難しいが、悪くないという評価は確実に出る」
「悪くない、がゼノの最上評価だからな」
「今日のお前の話を聞けたことは、情報として有用だった」
「......ゼノ、一個だけ言っていいか?」
「言ってくれ」
「お前と旅してて、俺、強くなれた気がする。魔法の出力だけじゃなくて。なんか自分のことを自分で評価できるようになってきた。それは、お前のおかげだと思う」
礼は不要だ、という言葉が来なかった。今日のレオンの話を聞いた後では、その言葉が適切ではない気がした。
「......ありがとう」
「俺がありがとうを言う側だろ」
「お前が話してくれたことで、俺も何かを理解した。だから俺もありがとう、という判断が出た」
レオンが少し止まってから「分かった。じゃあ、お互い様だな」と言った。
「そうだ」
「おやすみ、ゼノ」
「おやすみ」
一人になった食事処で、ゼノは地図を見ていた。
レオンが話してくれたことを整理した。兄との比較。弱いという評価。旅に出てから変わったこと。お前のおかげという言葉。
比較は無意味だ、という言葉が初めて言ってもらえた言葉だったらしい。
当たり前のことを言っただけだった。だがレオンにとっては、初めての言葉だった。
当たり前のことを言うことが、誰かにとっては初めてのことになる。その構造が、頭に残った。
旅に出て良かったのかという問いへの答えは、今夜少し増えた気
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