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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第二章

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第52話 信頼の形

 次の任務に向けた準備を進めていた。


 その間にギルドマスターから共有された情報を整理した。魔物の行動変化が報告されている地域の分布、変化が始まった時期、変化の具体的な内容。それらを地図と照合して、次に調査すべき方向を絞り込んだ。

 宿の一室を借りて、テーブルに地図を広げた。


「この方向に向かう。魔物の統率的な行動が多く報告されている地域が、この森の奥と繋がっている可能性がある」

「どのくらいかかりますか?」

「移動に二日、現地での調査に三日から五日。状況次第で変わる。」

「準備するものは変わりますか?」

「回復薬を増やしてくれ。上位魔物との戦闘が増える可能性がある。あとは非常食の追加だ」


 会議が終わって、各自が準備に分かれた。


 レオンとエリナが薬屋に向かった。セレンが水源の確認に行った。ゼノは地図の追加情報を書き込んでいた。

 ライナスが残っていた。


「ゼノさん、少し時間ありますか?」

「ある。何だ」

「一つ聞いていいですか」

「話せばいい」


 ライナスが少し間を置いた。聞くかどうかを最後に確認している間だ。


「......ゼノさんは、俺たちのことを信頼してますか?」

「信頼の定義を確認したい」

「……俺に背中を預けられますか、ってことです」


 ライナスが言い直した。定義を求められることを予想していたらしく、すでに言い換えを用意していた。


「背中を預けられるか、か」

「はい。戦闘中に、後ろを俺に任せて前に出られますか。ゼノさんが見えてない方向を、俺が守ると思って動けますか」


 ゼノは少し黙った。

 背中を預ける。視界の外を任せる。自分が把握できない部分を、他者の判断に委ねる。


「......俺はお前たちの能力を把握している。それに基づいて行動を任せている」

「それって信頼じゃないですか?」

「俺の定義では、合理的な判断の結果だ。能力を評価して、その能力が発揮できる場面を割り当てる。感情的な要素ではない」

「俺の定義では、それが信頼です」


 ゼノはそれに対して返答できなかった。


「能力を把握してるって言いましたよね。それって、観察し続けたからですよね。三年間、学園から旅まで。ゼノさんが全員を見続けてきたから、把握できてる。それって、信頼の土台だと思います」

「観察は基本だ。全員を把握することは判断のために必要だ」

「でも、把握しようとする理由はどこから来ますか。全員がどう動けるかを知ろうとする理由は」


 全員を把握する理由。パーティの安全のためだ。全体の判断を下すために必要だ。合理的な理由がある。

 しかしライナスが聞いているのは、その先だった。


「......まだ分からない」

「俺は信頼されてると思ってます。さっきの戦闘で、ゼノさんが俺に後方を頼んだ時、俺には頼まれたという感覚がありました。任せてもらえたという感覚が。それが信頼だと思っています」


「......似たことを言われたことがある」

「似たようなこと?」

「詳細は説明しにくい。ただ、信頼は根拠がなくても信じることだという話を聞いた。ライナスの言っていることは根拠があって信じること、という話に聞こえる」

「根拠があっても信頼できるんじゃないですか。根拠があるかないかじゃなくて、任せると決めることが信頼だと思うので。ゼノさんは俺に任せてくれてる。それが信頼です」

「俺が任せていることと、背中を預けることは、同じではないかもしれない」

「どう違いますか?」

「任せることは、その人の能力に適した役割を割り当てることだ。背中を預けることは、見えない部分を委ねることだ。後者の方が、不確定要素が多い」

「だから聞いてるんです。不確定な部分を、それでも任せられるかどうか。」


 不確定な部分を任せる。把握していない部分を委ねる。それが怖いかどうかを確認しようとした。怖い、という感覚がどこかにあるかどうか。


「......整理できていない」

「答えられないんですか」

「答えを持っていない、と言う方が正確だ」

「じゃあ、今までの旅で、俺たちに任せたことはありましたか?」

「ある。複数回」

「その時、どうでしたか」

「判断として適切だった、という評価が出た」

「それだけでしたか。何か別のものはありましたか」


 任せた時。レオンに攻撃を任せた時。セレンに連携の即断を任せた時。ライナスに後方を任せた時。エリナに回復の管理を任せた時。

 判断として適切だった、という評価だけだったか。


「......何かが来た場面があった」

「どんな何かですか」

「うまく言えない。判断として正しかったという評価の外側に、何かが来た。それが何かは分からない」

「それが信頼のもとになるものだと俺は思います。説明できなくていい。感じたことがあるなら、それが答えだと思います」


 夜の円卓。

 テラが来ていた。ゼノが入ると微笑んだ。


「今日、ライナス君と話しましたね」

「話した。信頼について聞かれた」

「どうでしたか」

「答えが出なかった。整理できていない」

「そうですね。ゼノ君、背中を預けるって怖くないですか?」

「怖いの定義が——」

「頭じゃなくて感じているかどうか、って聞いています」


 テラがいつもの穏やかな目でゼノを見ていた。定義の話ではない、と明確に言っていた。感じているかどうか、という問いだ。


 感じているかどうか。

 ゼノは確認しようとした。

 背中を預けること。視界の外を誰かに任せること。自分が把握できない部分を、他者の判断に委ねること。

 それが怖いかどうか。何かがあった気がした。確信はなかった。ただ、完全に何もないとも言えなかった。


「......感じているかどうかは、まだ分からない。あるような気がするが、確信が持てない」

「それでいいです」

「それでいい、とは」

「分からんくても、ある気がするならそれで十分です。確信がなくてもいい。感じようとしていることが大事です」

「感じようとすることが大事なのか」

「感じることが全部分かってからじゃないと動けないじゃなくて、分からんくても動けるということが信頼への第一歩だと思いますよ」

「......ライナスが言っていた。不確定な部分を任せられるかどうか、と」

「それを、今のゼノ君はできていると思いますか?」

「......できているかもしれない。完全に把握していない部分を、各自に任せてきた。その判断に後悔はない」

「後悔がないのはなぜですか」

「全員が期待した動きをしてくれたから」

「それだけですか?」

「......全員が動いてくれていることが、何かを与えてくれている気がする。それが何かは分からないが」

「それが信頼から来ているものだと思いますよ。任せて、動いてもらえて、それが何かを与えてくれる。その循環が信頼です」

「循環、か」

「あなたなら大丈夫ですよ、ゼノ君」

「また根拠なしに言っているな」

「これからもずっと言います」


 ウェントスが「テラって、本当にそれしか言わないよね。」と笑った。


「言い続けることに意味があるので」

「何の意味があるんだ。聞き飽きないのか、ゼノ」

「聞き飽きていない」


「え、そうなのか?」とイグニスが少し意外そうな顔をした。


「毎回処理しているが、毎回何かが来る。同じ言葉だが受け取り方が変わってきている気がする」

「そうですよ」

「何がそうなんだ」

「言い続ける理由がそこにあります。毎回受け取り方が変わるから、言い続ける価値があるんです」


 ゼノは円卓を見た。

 三つの椅子に三人が座っていた。緑、赤。そしてテラが座っている椅子。

 背中を預けるという感覚が、まだ分からない。ただ今夜の円卓で、三人に向かっていることは確かだった。


「一つ確認したい」

「何ですか?」

「この円卓で、俺は各人格に背中を預けているということになるのか」


 三人が少し静かになった。


「......なると思います」

「俺が感じていない部分を、それぞれが持っている。それを任せている。そういうことになるか」

「そうです」

「では、背中を預けることはすでにしている、ということか」

「そうなりますね」


 ゼノは少し黙った。


「......怖くなかった」

「え?」

「背中を預けることが、ここでは怖くなかった。それが何を意味するのかは分からないが、事実として確認した」


 テラが静かに「それが信頼ですよ」と言った。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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