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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第二章

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第50話 魔王の影

 森の中層をさらに奥に進んだ。


 上位魔物との戦闘から二日が経っていた。体力は回復し、情報を整理して、次の探索の方針を決めた。上位魔物の行動圏を把握しながら、その外縁を進む。接触を避けつつ、奥の状況を確認する。


 慎重な進み方だった。

 ゼノが先頭を歩きながら気配を確認し続けていた。上位魔物の反応はあった。ただ距離があった。こちらに向かってくる動きはない。

 一時間ほど進んだ頃、ゼノが止まった。


「止まれ」


 前方に、何かがあった。

 魔物の死骸だった。

 体格は中型だった。種類はこれまで中層で見てきた個体と同じだった。だが、死に方が違う。


 ゼノが近づいて確認した。傷の形を見た。魔物同士の争いではなかった。爪や牙による傷ではなく、魔法による傷だ。一方的に、何かに殺された跡。


「どうしたんですか」とライナスが聞いた。


 傷の状態を詳しく確認した。

 魔法による傷は、属性によって痕跡の質が変わる。火属性なら焼けた跡。水属性なら腐食に似た跡。風属性なら切断の跡。


 これは違った。

 傷の周囲に、魔力の残滓があった。通常、魔力は発動後に散逸する。残滓が残るのは、密度が異常に高い魔力が使われた場合だ。

 その残滓を確認した。


「魔力の残滓が残っている」

「何の属性だ?」

「人間の魔法に近い質だ。ただし、質が違う。非常に濃密な闇属性の反応がある」


 全員が静かになった。

 闇属性という言葉の重さを、全員が感じていた。

 レオンが「魔王、ってことか。」と言った声が低かった。


「可能性が高い。ただ、直接的な証拠はない。この残滓が魔王のものだという確定的な根拠がない。ただ、この濃度の闇属性の魔力を持つ人間が、この森の近辺にいる可能性がある」

「魔王以外にこんな魔力を持つ人間がいるのか?」

「理論上はあり得る。ただ極めて稀だ」

「じゃあほぼ魔王じゃないか?」

「可能性として高い、という評価だ。断定はしない」

「でも......なんか、空気が重いですね」


 エリナが言った。

 ゼノはエリナを見ると顔が少し青かった。体調ではない。感じている何かが、顔に出ていた。


「どういう意味だ」

「うまく説明できないんですけど。さっきまでと、空気の感じが違う。何かが変わった感じがして」

「感覚による判断か」

「そうです。でも、ゼノさんも何かを感じてませんか」


 周囲の気配。魔力の分布。空気の質。

 微細だが変化があった。魔力の密度に微妙な方向性が生まれていた。特定の方向から来ている何かがあった。


「......感じている部分がある」

「やっぱり......」

「今日はここで引き返す」


「なぜですか?」とライナスが聞いてきた。


「情報を持ち帰ることが優先だ。この死骸の状態、残滓の質、方向性のある魔力の分布。これらをギルドと共有する必要がある。感情的な判断ではなく、今持っている情報を整理して次の判断に使う方が合理的だ」

「進みたい気持ちが、俺にはあるんだけど」

「あっていい。だが今日は引き返す」

「......お前が言うなら従う。引き際はお前が決めるって言ったからな」


 全員が頷き、来た道を引き返し始めた。


 引き返す途中、全員が静かだった。

 いつもは移動中に会話があったが今日は少なかった。

 ゼノも話さなかった。

 魔力の残滓を確認した時の感触が、頭に残っていた。闇属性の密度が異常に高かった。六属性を使う自分が闇属性を発動した時と質が似ていた。だが規模が違う。

 規模の差が大きすぎた。

 それが何を意味するのかは、まだ分からない。


 野営地に戻って、食事をとった。

 レオンが「今日は早く寝る」と珍しかった。ライナスが「俺も」と言った。セレンが静かに横になった。エリナが「おやすみなさい」と言って目を閉じた。

 ゼノが見張りについた。


 夜の円卓。

 ウェントスが静かだった。

 入った瞬間に分かった。足をぶらぶらさせていなかった。両手を膝の上に置いて、円卓を見ていた。ゼノが来たことに気づいて顔を上げたが、いつもの「どうだった?」という声がなかった。


「どうした」

「......なんでもない」

「なんでもない、と言う時は何かある」


 ウェントスが少し笑った。力の抜けた笑いだった。


「そうだね。何かある」

「話せるなら話してくれ」

「......今日の死骸のこと」

「知っていたのか」

「見てたからね。ゼノが分析してるのを。......あの闇属性の残滓、ゼノも感じたでしょ?」

「感じた。質が俺の闇属性と似ていた。ただ規模が違う」

「そう......魔王のこと、あたしも詳しくは分からない。ただ、ゼノに似てる部分があるってなんとなく感じてる」

「......どういう意味だ」


 ウェントスが顔を上げた。目が少し揺れていた。珍しかった。ウェントスの目が揺れることは少なかった。


「うまく言えないんだけど、六属性を持ってること。感情に関係する何かを持ってること。そういう部分が、なんかゼノと重なる気がして......」

「感情を持っていることが共通点になるのか。感情を持っていないという意味ではないのか」

「持っていないって意味じゃない。持っていることに関係してるって意味で。でも、うまく説明できない。感じてるだけで」

「俺と魔王が似ている、という感覚はどこから来ているんだ」

「......まだ分からない。感じてるだけで、理由が説明できない。ごめんね」


 ゼノは少し黙った。

 ウェントスが「分からない」と言う時は、本当に分からない時か、言えない理由がある時かのどちらかだ。今のウェントスはどちらか判別できなかった。


「......いつか分かるのか」

「分かると思う。旅を続けてれば」

「俺に似てる部分があるという感覚は、どういう印象から来ているんだ。一つだけ聞かせてくれ」

「......孤独、かな」


 孤独。たったその一言だった。


「孤独だったと思う、魔王も。もしかしたら今も。ゼノもずっと孤独だったから。その部分が、なんか重なる感じがする」


 孤独。その言葉が、頭の中に残った。

 自分が孤独だった、という認識は今まで明確になっていなかった。ただ、言われてみると否定できなかった。確かに学園に入る前、学園に入ってからしばらく。一人で、誰かの輪の外にいた。

 それが魔王と重なる、とウェントスは感じている。


「......魔王はなぜ孤独だったのだろうか」

「分からない。でも、何かがあったんだと思う」

「俺に感情が封じられた経緯と、関係があるかもしれない」

「そうかもしれない。でも今日はそこまでにして。あたしもまだ整理できてないから」

「分かった」


 ゼノは円卓を見た。

 イグニスはいつものように腕を組んで座っていて、テラは目を閉じたまま静かに話を聞いているようだった。


「だが一つだけ」

「何?」

「俺は今、孤独ではない」


 ウェントスが少し目を細めた。


「そうだね」

「それは、魔王との違いになるのか」


 ウェントスがしばらく考えた。


「......なるかもしれない。なってほしいな」


 その言葉が、ウェントスらしくない静かな言い方だった。

 焚き火の音が遠くに聞こえたが、今いる円卓の広間は静かだった。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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