第44話 エリナの限界
三日目の朝、エリナの動きが変わっていた。
気づいたのは出発前の準備をしている時だった。いつもより動作が少し遅かった。荷物を持つ手に力が入っていなかった。笑顔を作ってはいたが、昨日より動きが重かった。
声には出さなかったが情報として記録して、観察を続けることにした。
森の中を進みながら、確認を続けた。
エリナの歩幅が昨日より狭い。後方を歩く時の速度があきらかに落ちている。昨日の戦闘で複数回の回復魔法を使っていた。魔力の消耗と体力の消耗が蓄積している可能性がある。
昨日の戦闘後、エリナは「大丈夫です」と言っていた。
その言葉の信頼性が、今日の観察によって下がっていた。
一時間ほど進んだ頃、小型魔物との小競り合いがあった。ライナスとレオンで処理した。エリナが一度だけライナスに回復を入れた。その後、エリナが少し長く息を吐いた。ゼノだけが気づいた。
「休憩が必要だ」
全員が止まった。
「何かあったのか?」レオンが聞いた。
「エリナの消耗が蓄積している。今休まないと、午後の行動に支障が出る可能性がある」
エリナが「大丈夫です。」と言った。
ゼノはエリナを見た。
「また作っている」
エリナが止まった。
笑顔を維持しようとしていたが、力が抜けた。口角が下がった。目の細め方が消え、疲れた顔が残った。
「......分かりました」
抵抗をやめた声だった。
近くに木の根が露出している場所があった。座れる高さだ。全員がそこに荷物を降ろした。
エリナが木の根に背中をつけて、少し目を閉じた。
「すみません、迷惑をかけてしまって......」
「全然迷惑じゃないぞ。」レオンが即答した。
「そうですよ。みんな疲れてますし」
「俺も足が痛い。昨日からずっと。言わなかっただけで」
「それを報告しろ」
「お前に言ったら分析されそうで」
「分析して対処する。次から言ってくれ」
「......分かった」
「エリナ」とゼノは読んだ。
「エリナの回復魔法はパーティの生存率に直結する。消耗を管理することも実力のうちだ」
「......合理的な言い方ですけど、なんか励まされた気がします」
「励ますつもりで言った」
「え、そうなんですか?」
「エリナが疲労を隠すのは、迷惑をかけたくないからだと推測している。ただ、消耗を管理することがパーティへの貢献になるという認識が変われば、隠さなくてもよくなる可能性がある」
「......ゼノさんって、本当に回りくどい励まし方しますよね」
「回りくどいか」
「でも、ちゃんと届きます」
休憩を三十分取った。
レオンが「俺、昼飯食べたい」と言い出して、全員で食事をとった。保存食だったが、座って食べると疲れが少し抜けた。
ライナスが「今日の目標ってどうしますか。」と聞いた。
「エリナの消耗状況を見ながら判断する。無理に進む必要はない。昨日までの調査で依頼の範囲は半分以上終わっている。今日は確認できる範囲でいい」
「俺は全部やり切りたい気持ちがあるけど」
「全部やり切った結果、戦力が低下して次の依頼に支障が出るより、今日を抑えて次に備える方が合理的だ」
「言い方が冷静だな」
「感情で判断する問題ではない」
「はいはい」
ライナスが「ゼノさんって、長期的に考えますよね。今だけじゃなくて」と言った。
「今の判断が後の状況に影響する。それを含めて判断するのが合理的だ」
「なんかそれって、みんなのことを考えてるってことですよね。今じゃなくて先まで」
「......そういう解釈もできる」
午後は探索範囲を絞った。
エリナの状態を確認しながら進んだ。戦闘は一回あったが、セレンの制限とレオンの攻撃で早めに終わらせた。エリナの回復を使う場面はなかった。
依頼の残り範囲を確認して、今日の探索を終了した。
エリナが「ありがとうございます。今日は抑えてくれて」と言った。
「判断として正しかった」
「ゼノさんが言うと、なんか、そういうことにされちゃいますね」
「正確に言えば判断として正しかった、かつ、エリナの状態が回復することを望んでいた」
「......最後の部分、言わなくてもよかったのに」
「言った方が正確だった」
「ありがとうございます」
エリナが少し赤くなりながら言った。
夜の野営。
焚き火が燃えていた。レオンとライナスが早めに眠った。セレンも少し離れた場所で横になっていた。
ゼノが見張りをしていた。
エリナが出てきた。眠れなかったのか、それとも起きていたのかは分からなかったが、焚き火の向こう側に座って空を見上げた。
ゼノはそのまま見張りを続けた。声はかけなかった。
しばらくして、エリナが「ゼノさん。」と言った。
「何だ」
「旅って、こんなに体力使うんですね」
「想定より消耗が大きかったか」
「学園の演習とは全然違うな、って。毎日緊張してるし、慣れない場所で寝てるし」
「慣れれば改善される」
「そうですよね。ゼノさんって、疲れないんですか?」
「疲れの感覚はある」
「え?」
「体力的な消耗は起きている。それは感知できる」
「でも、顔に出ないですよね。いつも普通に動いてますし」
「顔に出す理由がないから出ていないだけだ。疲れているから止まる、という選択をしていない」
「なんでですか? 止まってもいいのに」
「止まることで得られる利益と、進み続けることで得られる利益を比較した結果だ。今は進む方を選んでいる。ただ、それを止める理由にはしない」
エリナがしばらく黙った。
焚き火が小さくなっていた。ゼノが木を一本足した。炎が少し大きくなった。
「......私も、そうなりたいです」
「疲れても止まらない、ということか」
「違います。疲れたことを、弱さだと思わなくなりたいってことです」
疲れることを弱さとして処理している。だから隠す。だから「大丈夫です」と言う。そうではなくなりたい、ということか。
「疲れは身体の状態だ。弱さではない」
「頭では分かってるんですけど」
「頭と身体で理解が一致していない、ということか」
「......そうかもしれません」
「俺も同じ状態だ」
「え?」
「感情について、頭では理解できる。ただ、身体で理解することに時間がかかっている。頭と身体の理解が一致しないことがある。それは同じ構造だ」
「......ゼノさんが、そういうことを言うんですね」
「事実だから言った」
「......なんか、同じ問題を抱えてる気がして。ちょっとだけ、楽になりました」
「それならよかった」
ゼノは少し間を置いてから「今夜は早めに休んでくれ。明日の回復に影響する」とエリナに寝るのを催促した。
「はい。おやすみなさい、ゼノさん」
「ああ」
エリナが横になり、ゼノは一人で見張りを続けた。
疲れることを弱さだと思わなくなりたい、という言葉が頭に残った。感情を弱さだと思っていた自分の話と、構造が似ていた。
エリナが言ったことと、自分が経験してきたことが少し重なった気が
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




