第43話 セレンの実力
探索二日目の朝は、曇りだった。
昨日の調査結果から、森の中層に魔物の密度が高い区画があることが分かっていた。今日はそこを確認する予定だった。
「昨日より空気が重い気がします」とライナスが言った。
「湿度が上がっている。魔物の一部は湿った環境を好む。遭遇率が上がる可能性がある」
「それって危ないってことですか?」
「戦力的に対応可能な範囲だと判断している。ただ、昨日より注意を上げてくれ」
「分かりました」
森の中層に入って二十分ほど経った時、気配が来た。
昨日と規模が違った。
「多い」
ゼノが言った。
「どのくらいですか?」とセレンが聞いた。
「十体以上。中型が混じっている。前方と左側面。移動している。こちらに向かっている」
「群れか?」
「統率されていないが、同じ方向に動いている。何かに追われているか、餌を求めて移動中か。いずれにしても、ここで対応する。散開される前に」
「どうするんだ」
「セレン、展開できるか。広範囲に」
「やってみます」
魔物が木の間から姿を見せ始めた。
中型が三体、後ろに小型が続いていた。ゼノが数を確認した。十四体。想定の上限だった。
セレンが前に出た。
両手を広げた。水属性の魔力が膨らんだ。昨日とは規模が違った。木と木の間に薄い水の膜が張られた。地面を這うように水が流れた。広範囲に、均一に展開された。
魔物の先頭が踏み込んだ瞬間、動きが変わった。
足を取られた。方向転換ができなくなった。隣の個体とぶつかった。群れが崩れ始めた。
「今です」セレンが言った。
セレンの展開が、魔物の動きを面として制限している。個体が自由に動けなくなっている。それによってパーティが各個体に対して優位な位置を取れるようになっていた。
レオンが「行くぞ!」と言って前衛に動いた。動きの鈍った中型に火魔法を当てた。一匹目が倒れた。
ライナスが右から速度を使って回り込んだ。小型三体の注意を引いた。牽制を入れながら動き続けた。
エリナが後方で全員の状態を把握しながら待機していた。
ゼノは前衛で中型の一体に対応しながら、全体の流れを見続けた。
セレンの水が、魔物の動きを継続的に制限していた。一度展開したら維持している。その間にレオンが数を減らしていた。維持しながら出力を保つ。それを実戦の速度でやっていた。
ゼノは戦闘中にセレンの魔法を観察した。
展開の方法が教科書の手順と違っていた。昨日の個人練習で見た時と同じ、独自の制御方法だった。ただ今日は規模が大きかった。十四体を同時に制限できる範囲に展開している。
感覚で習得した技術が、理論では到達しにくい領域に達している。
理論的な水属性の広範囲展開では、魔力消費が面積に比例して増大する。大きく展開するほど術者への負担が増す。だがセレンの展開は、広範囲にもかかわらず魔力の消費が比較的安定していた。
流体としての水の性質を利用して、魔力を効率的に分配している。川の流れを真似した動作が、この展開方法に繋がっている。
戦闘が終わった。
十四体のうち、逃げ出した二体を除いて、残りは無力化か撃退した。パーティへの被害はライナスのかすり傷のみで、エリナがすぐに回復した。
「終わりましたね」とセレンが展開を収めながら言った。
「セレンの水魔法がなければ、もっと時間がかかった。助かったよ」
「役に立てたなら、よかったです」
ゼノはセレンの近くに歩いた。
「確認させてくれ」
「何ですか?」
「セレンの水魔法は学園の教科書にない動きをしている。今日の広範囲展開も、理論的な手順と異なる。詳しく説明してくれ」
セレンが少し考えた。
「説明できないんですよね、感覚なので」
「どの部分が感覚なのか。展開の開始部分か、維持の方法か、範囲の調整か。どこかに説明できる部分があるのではないか」
「全部です。広げる時に、どこまで広げるかは見ながら決めますし、どう維持するかも、何か重くなったら調整する感じで。言葉にしようとすると、感覚としか言えないんです」
「感覚を言語化する試みをしたことはあるか」
「してみたこともあります。でも言語化しようとすると、感覚が消えるんです。考えながらやると、うまくいかなくなる」
ゼノは処理した。
「感覚の習得を俺が理解するための情報が足りていない」
「俺が理解するための、というのは?」
「俺は感覚で何かを習得したことがない。理論から入って習得してきた。感覚で習得するとはどういうことかの体験情報がない。だからセレンの説明を受け取る枠組みが俺にはない」
セレンがゼノを見た。
いつもの静かな目だった。判断でも同情でもない、ただ観察している目だった。
「ゼノさん、感覚、苦手なんですね」
「苦手の定義が——」
「分かりました、苦手なんですね」
ゼノは返答しようとしたが、できなかった。
言葉が来なかった。苦手の定義がという言葉が続かなかった。先回りされたという状況だった。
苦手の定義について述べようとしても、セレンがすでに「分かりました」と言っていた。否定する理由も見当たらなかった。感覚で習得することに馴染みがないのは事実だった。それを苦手と呼ぶかどうかは定義の問題だったが、苦手ではないとも言い切れなかった。
珍しく言葉が出なかった。
「ゼノが言葉に詰まってるぞ」
少し離れたところからレオンが言った。
「珍しいですね」ライナスが言った。
「セレンさんに先回りされた感じがします」エリナが笑いながら言った。
セレンが「そういうつもりではなかったんですが」と言った。表情があまり変わっていなかったが、少し申し訳なさそうな声だった。
「......否定できなかった」
ゼノはそれだけ言った。
「苦手って悪いことじゃないですよ。苦手なことがあれば、得意な人がいる。そういうものだと思います」
「感覚については、俺には枠組みがない。枠組みを作るためには体験が必要で、体験する方法が分からない」
「川を見に行きますか?」
「川」
「わたしが最初に水魔法を変えたきっかけです。体験して理解した場所。正確には、体験して感じた場所」
「川を見ることで何かが変わるのか」
「変わるかどうかは分かりません。でも、変わらないかもしれないと分かる可能性もある。どちらにしても、情報は増えますよ」
川を見ることが、感覚の理解への入口になる可能性。変わらないかもしれないが、変わるかもしれない。情報が増えることは確実だ。
「......検討する」
「近くに川があれば、案内します」
「水源の確認も兼ねて、確認する」
「ゼノさんって、合理的な理由を後からつけますよね。」とエリナが笑いながら言った。
「理由がないと行動できない」
「でも、行くって言ってくれた。それで十分です」
ゼノは返答しなかった。
感覚が苦手だと言葉に詰まる形で認めた。それが何かに繋がるかどうかは分からない。
ただ、川を見に行くことを検討するという判断が出た。
感覚で習得したセレンの水魔法が、今日の戦闘で最も効果的だった。それは事実だ。
その事実が、今日の言葉に詰まった経緯と、どこかで繋がっている気がした。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




