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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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第35話 円卓での信頼

 怒りの覚醒から数日が経った。


 学園の空気が、少し変わっていた。上級生グループへの処分が周知されたことで、同様の行動への抑止が働いているらしかった。ライナスの友人も、以前より落ち着いた様子で授業に出ていた。


 ゼノ自身も、変化を感じていた。

 火属性の出力が安定している。以前は何かが足りないという感覚がつきまとっていたが、今は違う。完全に解消されたわけではないが、何かが乗っている状態が続いていた。


 ガード先生が「お前の火属性、変わったな。」と言った。詳しく聞こうとしたが「感じるものだから説明できない」と言われた。説明できない、という答えにも今のゼノは以前より納得できた。


 その夜の円卓は、いつもより早い時間に入った。

 ウェントスが待っていた。イグニスもいた。二人が揃っている夜が、最近は増えている。


「今日はどうだった?」

「火属性の状態を確認した。安定している」

「覚醒の効果が続いてるってことだね」

「そう判断している。ガード先生にも変化を指摘された」


 イグニスが「当然だろ。」と言った。腕を組んで横を向いていたが、声のトーンは悪くなかった。


「お前の火の魔法に何かが乗ったんだから」

「乗ったものが何かを、まだ完全には理解していない」

「怒りだよ。何度も言ってる」

「理解と体験が追いついていない部分がある」

「うるさいな」


 イグニスがそう言った瞬間だった。

 広間の空気が変わった。

 ウェントスが顔を上げ、イグニスが口を閉じた。ゼノも感じた。何かが来る、という気配だった。以前にも似た感覚があった。椅子に輪郭が現れた夜。イグニスが初めて来た夜。


 今度は、別の椅子だった。

 イグニスの隣の椅子だ。以前は薄暗い影だったものが、今夜は違う質感を持っていた。光が、中から出てきているような感じがした。茶色の、柔らかい光だ。

 ウェントスが「あ」と言った。


 人が現れた。

 茶色の髪だった。ショートボブ。茶色の瞳が、ゼノを見ていた。穏やかな目だった。笑っていた。笑い方が、ウェントスともイグニスとも違う、落ち着いた微笑みだった。


「こんにちは、ゼノ君。ずっと見ていましたよ」


 その声はとても穏やかだった。

 ウェントスが椅子から飛び出した。


「テラちゃん!!」


 勢いよく駆け寄って、その人に飛びついた。その人——テラが少し体を傾けながらも受け止めた。苦笑いをした。困っているわけではなく想定していた、という顔だった。


「ウェントス、相変わらずですね」

「来てくれると思ってたよ! 来てくれた!」

「来ましたよ」


 テラがウェントスの頭を軽く撫でた。それから視線をゼノに向けた。


 ゼノは観察していた。

 茶色の髪と瞳。ショートボブ。ウェントスを受け止める動作。苦笑いの表情。どれも、落ち着いた印象を与えた。


「テラ......土属性か」


 テラが「そうです」と言った。微笑みが変わらなかった。


「ゼノ君は、すぐに分類するんですね」

「情報として把握することが基本だ」

「そうですね。ゼノ君のことは、ずっと見ていましたから、だいたい分かっていましたよ」

「ずっと見ていた、という点について。イグニスも同じことを言った。来る前から見えているのか」

「見えているというより、感じているという方が正確かもしれません。ゼノ君の中にいるので。それと――」

「何だ」

「ずっと言いたかったことがあって。やっと言えます」


 ゼノは待った。


「......あなたなら大丈夫、ってずっと思っていました」


 広間が静かになった。

 テラが笑っていた。変わらない微笑みだ。穏やかで、確信があった。


「根拠を述べてくれ」

「根拠なんてありませんよ」

「根拠のない判断は信頼性が低い」

「そうかもしれません。でも大丈夫だって、信じています。根拠なしに」


 ゼノは返答を探した。根拠のない判断を合理的に処理する方法が、見つからなかった。


「それは、信頼というものか」

「そうですよ。信頼は根拠から来るものじゃない。根拠がなくても信じることが、信頼です」


 イグニスが「......なんか腹立つ言い方だな。」と呟いた。

 ゼノが聞いた。


「なぜ腹が立つんだ」

「なんとなく。根拠ないのに大丈夫って言われても、こっちは何も言えないじゃないか」

「返答に困る、ということか」

「そういうことじゃなくて。根拠があった方が、反論できるだろ。根拠がない方が、なんか、もっと強い気がして。腹立つ」


 テラが「イグニスも、よく頑張りましたね。」と言った。


「......うるさい」

「本当によく頑張ったと思いますよ。ずっと待っていて、来るタイミングを見ていて。ゼノ君に怒りが来た時に、ちゃんとそこにいました」

「べ、別に褒めなくていい!」


 イグニスの耳が少し赤かった。ゼノには判別が難しかったが、照れているのかもしれない。


「テラ、うるさいって言われてるよ」とウェントスが笑いながら言った。

「うるさくても、言いたいことは言います」とテラが穏やかに答えた。


 広間が少し賑やかになった。

 ウェントスがテラに近況を話し始めた。ゼノが喜びを覚醒させた話、怒りを覚醒させた話、その間にあった様々な出来事。テラが静かに聞いていた。相槌が適切だった。全部を知っていたような聞き方だ。


 イグニスが横を向いたまま、その話を聞いていた。参加しているわけでも、無視しているわけでもない、中間の距離で。

 ゼノは三人を観察した。


「三人になった」

「そうですね。残りは三つ、空席があります」

「ああ」

「会う時に、分かることがあると思いますよ」

「次に来るのはいつだろうか」

「それはゼノ君次第です」

「テラもそう答えるのか」

「みんな同じことを言いますよ。本当のことですから」

「テラ、信頼を司ると言った。信頼の覚醒はどういう形で来るんだ」


 テラが少し考えた。


「自分が傷つくかもしれない状況で、それでも相手を信じて背中を預けること。そういう体験が来た時だと思います」

「怖い状況で信じる、ということか」

「怖いかどうかより、確信がない状況で信じるということかもしれません。根拠がなくても、任せると決めること」

「根拠がないことへの抵抗がある」

「知っています。でも、あなたなら大丈夫ですよ」

「また根拠なしに言っているな」

「そういうものなんです、信頼って」


 イグニスが「同じことしか言わないのか、あいつは」とボソッと呟いた。


「聞こえてますよ、イグニス」

「聞こえてていい。」

「よく頑張りましたね」

「うるさい!!」


 ウェントスが笑い出した。

 円卓が賑やかになった。イグニスが「うるさい」と言い、テラが穏やかに受け流し、ウェントスが笑う。その繰り返しが続いた。


 ゼノは三人を見ていた。

 四つの椅子に人がいた。自分の椅子と、緑と赤。そしてテラが座っている椅子。残りの三つはまだ薄暗かった。


「テラ」

「はい」

「お前は根拠なしに大丈夫だと言った。根拠なしに信じることが、信頼だと言った」

「そうですよ」

「俺には、まだそれが何か分からない」

「分かっていなくていいですよ、今は。体験した時に分かります」

「ウェントスもイグニスも同じことを言った。体験した時に分かると」

「みんな本当のことを言っているからです」

「......そうか」

「あなたなら大丈夫ですよ、ゼノ君」

「根拠がないのに言い続けるのか」

「これからもずっと言います」


 ゼノは返答しなかった。

 根拠のない言葉がなぜか処理を邪魔しなかった。処理できないのに、不快ではなかった。

 広間が賑やかなまま、夜が続いた。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

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次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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