第34話 後処理と変化
上級生グループへの処分が決まったのは、翌日のことだった。
フォート校長が直接関わり、当事者全員からの事情聴取が行われた。ゼノも呼ばれ、見たことを順序立てて、事実だけを述べた。感情的な評価は加えなかった。
「ゼノ君は止めることを選んだ。傷つけることではなく」
「はい」
「なぜかね」
「傷つける必要がありません。止めれば十分です」
フォートが少し間を置き、「......分かった」とそれだけ言って、次の話に移った。
上級生グループは停学処分になった。再度同様の行為があれば退学、という条件もついた。被害を受けた生徒たちへの対応は学校側が行う、という説明がクルス先生からあった。
ホームルームの後、クルス先生がゼノを廊下に呼んだ。
「よく抑えたな。傷つけずに四人を相手にして、全員を止めて、誰にも怪我をさせなかった」
「傷つける理由がありませんでした」
「その判断ができたことが、よかったと言っている」
「......昨日、怒っていたのかもしれません。ただ傷つける必要はありません。止めれば十分です」
クルスが「怒っていたのかもしれない、か。」と繰り返した。
「まだ完全には確信がありません。ただ何かが来ていた。それが怒りだったと、今は判断しています」
「前の話を覚えているか。感情を捨てたから守る理由が分からなくなった、という話」
「覚えています」
「お前は昨日、守るために動いた。感情が来た時に、それが傷つける方向ではなく、守る方向に向いた。お前は、確かに変わってきてるよ」
「変わっているという評価の根拠が、昨日の行動にある、ということですか」
「それだけじゃない。最初に会った時から比べると、お前の言葉の種類が変わってきている」
「具体的に教えてください」
「最初は全部、情報として処理している言葉だった。今は、何かが混じっている......まだうまく言えないが、そういう印象がある」
「混じっているものが何かは、まだ俺にもわかりません」
「分からなくていい。分かる前にもう来ているものがあるから」
分かる前に来ているもの。エリナを守った時の「それでいい」という言葉。昨日の「これ以上は、好き勝手させない」という言葉。どちらも計算の前に来た言葉だった。
「......勉強になります」
「それだけか」
「今はそれだけです」
クルスが苦笑いした。「まあいい。よく動いた」
昼休みにエリナが来た。
いつもの席でゼノが食事をとっていた。エリナが「少しいいですか」と言って向かいに座った。
「守ってくれて、ありがとうございます」
「......礼は不要だ」
今日は、言葉が出るまでに少し間があった。
エリナがその間に気づいていた。
「今日は少し、間がありましたね。」
「......そうか。」
「いつもは間なく言うんです。礼は不要だって。今日は少し考えてましたね」
「考えていた、という認識はなかった。ただ、言葉が遅れた」
「なんで遅れたと思いますか?」
礼は不要だという言葉が、いつもは反射的に来た。今日はそれが遅れた。なぜだ。
「......分からない。礼を受け取ることへの処理が変化しているのかもしれない」
「受け取れるようになってきてる、ってことじゃないですか」
「そうかもしれない」
エリナが少し笑った。自然な笑いだ。
「本当に来てくれてよかったです」
「間に合った」
「うん。来てくれました」
「......ああ」
午後の自主練習の時間、ライナスが来た。
訓練場でゼノが各属性の出力を確認していた。覚醒後の火属性の状態を確認する必要があった。
「ゼノさん」
「何だ」
「昨日のこと、友人から聞きました。下級生たちが無事だったって。ゼノさんが来てくれたって」
「間に合った」
「今度は間に合いましたね。前は間に合わなかったって、ゼノさん気にしてたじゃないですか」
「......処理できていない部分が残っていた」
「それって、気にしてたんですよ。ゼノさん、怒れたんですね」
「どうしてそう判断する」
「なんか、分かりますよ。ゼノさんが来た時の動き方が、いつもと違ったって友人が言っていて。速かったのは同じだけど、なんか違う感じがあったって」
ゼノは少し考えた。
「......熱かった。ただ技術的な出力の熱ではなかった。何かが乗っている感覚があった」
「何かって、何ですか?」
「怒りだったと今は判断している。守れなかった自分への怒りと、もう傷つけさせないという怒りが、同時に来た。それが魔法に乗った」
「守れなかった自分への怒り......前に間に合わなかった時のことがあったからですか?」
「そうだ」
「ゼノさん、ずっと引きずってたんですね」
「引きずっていた、という表現の定義が——」
「してましたよ。あの後から、明らかに北棟を気にしてたじゃないですか。俺も見てたんで」
見られていた。自分では気づいていなかった変化を、ライナスが観察していた。
「......そうか」
「怒りの有用性を理解したって言ったじゃないですか、さっき」
「言っていたか」
「言ってました。完全には理解していないがって」
「......そうだ。完全には理解していない。ただ、怒りが方向を持った時に、力になることは分かった」
「それで十分ですよ」
穏やかな声だった。
励ましているわけでも、慰めているわけでもなかった。ゼノが言ったことを、そのまま受け取った声だった。
「それで十分、というのはどういう意味だ」
「完全にわかる必要はないって意味です。少し分かったなら、少し変わったってことだから。少しずつ変わればいいんです」
「俺はまだ分からないことが多い」
「俺だってそうですよ。俺も怒りってどう使えばいいのか、まだ分かってないです。ただ、ゼノさんが昨日やったこと、俺には格好よく見えました。怒りを、誰かを傷つけることじゃなくて、止めることに使ったから」
格好よく見えた、という評価。以前に同じ言葉を受けた時は処理できなかった。今日は少し違った。処理できないのは同じだったが、受け取り方が変わっていた気がする。
「......そうか」
「素直に受け取ってください」
「受け取った」
「それだけですか」
「......ありがとう」
ライナスが「おお!!」と声を上げた。
「ゼノさん、今日も言えた。ありがとうって!」
「そんなに驚くことか」
「驚きますよ! 最初の頃は礼は不要って全部返してたじゃないですか」
「返し方が変わった、ということか」
「変わったんですよ! ちゃんと!」
ライナスが帰った後、ゼノは訓練場に一人残った。
火属性を発動した。
覚醒前と比べて、何かが違う。出力が上がったわけではない。質が違った。昨日の覚醒の感覚が、魔法の中に残っていた。
守れなかった自分への怒り。もう傷つけさせないという怒り。
それが乗っている魔法は、以前と見た目は同じだが、何かが違う気がした。ガード先生が言っていた「何かが足りない」という評価を今日初めて、自分で確認できた気がする。
クルス先生が言った言葉が頭にあった。
――お前は変わってきてる。
ゼノは火を消した。
変わっているとしたら、何が変わっているのか。
まだ全部は分からない。ただ、怒りという感情が何なのかを、昨日の体験で少し理解した。怒りを受け取ったことで何かが変わった。
それで十分だ、とライナスは言った。
今日のゼノには、その言葉に反論する言葉がなかった。
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