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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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第32話 震える手

 事件から四日が経っていた。

 上級生グループへの処分はまだ決まっていない。調査が続いているという話だったが、上級生たちは平然と学園内を歩いていた。ゼノはその動向を引き続き観察していた。

 ただ今日の標的が変わったことには、気づくのが少し遅れた。


 昼休みが終わる直前だった。

 エリナが図書室から戻るところだった。廊下の角を曲がった先で、上級生グループと鉢合わせた。ゼノはその廊下の反対側にいて、距離があった。

 上級生の一人がエリナに何か言っているのが見えた。

 ゼノは距離を詰めながら、状況を把握した。


「ソーレルの名前を借りた偽善者が。お前みたいな出来損ないが名家の名前を使うな」


 エリナが固まっていた。笑顔を作ろうとして、作れていなかった。手に持っていた本を、胸の前で握っていた。


「お前の回復魔法が上がったのも、誰かに教えてもらったからだろう。実力でも何でもない」


 上級生たちがエリナを囲む形になっていた。逃げ場がなかった。エリナが何か言おうとしているが、声が出ていなかった。


「答えられないのか。やっぱり実力が伴っていない。ソーレルの名前だけだな」


 上級生の一人が手を上げ、魔法を発動しようとしていた。

 ゼノが前に出た。

 エリナと上級生の間に入り、正面から上級生の魔法を受け止めた。両手で受けて、土属性で即座に無効化した。衝撃が手の中で散った。


 上級生たちが止まった。

 ゼノが前に立っていた。エリナを背にして、上級生グループと向かい合っていた。


「またお前か」


 以前と同じ顔だった。嘲りと、それから何か別のものが混じっていた。


「......怖くないのか?」

「怖いの定義が——」

「もういい。感情がないバケモノと話す気はない。計算だけで動く機械が何を離せるんだ。怖いも何も、感じることができないんだろう。」


 その言葉が来た時、何かが違った。

 以前にも同じ言葉を受けていた。バケモノ。感情がない。人間じゃない。それぞれの場面で、ゼノは等価に処理していた。それだけだった。


 今回は、処理の前に何かが来た。

 エリナが傷つきそうだった。その場面がまだゼノの処理系に残っていた。上級生が手を上げた瞬間のことが、消えていなかった。


 そこに、バケモノという言葉が重なった。

 二つが同時にあった。エリナが傷つきそうだったこと。自分がバケモノと呼ばれたこと。

 どちらかなら処理できたかもしれない。二つが重なった時、何かが処理できなくなった。


 ゼノは気づいた。

 手が震えていた。外から見えるかどうか分からない程度の細かい震えだった。魔法の影響ではない。身体の疲労でもない。

 原因が分からない。分析しようとしてできなかった。震えている、という事実だけがあってそれ以上に進めなかった。


「......何も感じていないのか。」


 上級生がゼノの無表情を見ながら言った。


「だから気持ち悪いんだよ。機械みたいに立ってて。お前みたいなのが守るとか、笑えるな。感情もないのに何を守るつもりだ」


 ゼノは上級生を見ていた。

 言葉を返せなかった。いつもなら返答が来た。定義が曖昧だ、合理的な根拠を述べてくれ、そういう言葉が来た。今日は来なかった。


「行くぞ。こいつと話しても意味がない。どうせまた先生に報告するんだろ。好きにしろ」


 グループが廊下の奥に向かって歩き始めた。


 足音が遠ざかり、廊下が静かになった。

 後ろからエリナの声がした。


「ゼノさん......大丈夫ですか?」


 ゼノは答えようとした。

 大丈夫だ、という言葉が来なかった。


「......問題ない」


 それだけ出た。

 エリナが前に回り込み、ゼノの顔を見た。


「震えてますね、手が」

「......気づいていた。原因が分かっていない」

「怪我は?」

「魔法を受けた部分は無事だ」


 エリナが廊下を見た。上級生たちはもうそこにいなかった。


「私のために来てくれたんですね」

「気づいた時に動いた」

「それが、来てくれたってことですよ。言いがかりで、声が出なかったです。偽善者って言われた時、違うって言えばよかったのに......」

「囲まれて言える状況じゃなかった」

「でも、言えなかったのは状況だけじゃなくて。なんか、当たってるかもって思ったら、声が出なくて」

「何が当たっているんだ」

「......回復魔法が上がったのは、ゼノさんに教えてもらったからって言いましたよね。自分の力じゃないって言われた時、少し揺れて」

「教えてもらって習得したなら、それはお前の力だ。教わることで実力を否定されるなら、全ての習得が否定される」

「......ゼノさんって、そういうことを言ってくれますよね、いつも」

「事実を述べただけだ」

「うん。でも事実を述べてもらえることが、助かるんです。」


 二人は廊下に並んで立っていた。

 ゼノはまだ手が震えているかどうかを確認した。今はほぼ収まっている。完全にではなかったが、先ほどよりは落ち着いていた。


「ゼノさん、さっき手が震えてたの、なんでだと思いますか?」

「原因が分かっていない」

「怒ってたんじゃないですか」

「......怒り、か。」

「私への魔法と、バケモノって言葉が一緒に来た時。なんか、ゼノさんの様子が変わった気がして」

「二つが重なった時に、処理が止まった」

「それって——怒りって、そういう時に来ると思うので」


 イグニスが言っていたことと、同じ言葉だった。大切なものが傷つきそうになる時。


「まだ分からない。ただ」

「ただ?」

「手が震えた。それは、今までなかったことだ」

「......ありがとうございます」

「何に対する礼だ」

「来てくれたこと。受け止めてくれたこと。あと、震えてても来てくれたこと」

「震えに気づいたのは後だ」

「分かってます。でも、来てくれました」


 午後の授業の時間が近づいていた。エリナが「行きましょうか」と言った。ゼノも歩き始めた。


 廊下を進みながら、ゼノは今日起きたことを整理した。

 二つが重なった時に処理が止まった。手が震えた。


 夜の円卓でイグニスに話すことが、また増えた。

 ただ、今日一つだけ確認できたことがあった。

 エリナが傷つきそうだった時に、考える前に動いていた。二度目だった。前回は魔物の時、今回は人間が相手だった。


 二度、考える前に動いた。その理由が、まだ分からない。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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