第26話 学園内の暗流
最初に気づいたのは、翌週の朝だった。
魔法実技で使う訓練用の道具が、何点か壊されていた。特定の棚にあったものだけが対象だった。嵐で吹き飛んだとか、誰かが誤って倒したとか、そういう壊れ方ではなかった。魔力を使って意図的に破壊した痕跡があった。
ガード先生がその状況を確認して、クルス先生に報告した。
ホームルームでクルス先生が「学園内で備品が意図的に壊された形跡がある。心当たりのある者は申し出ること」と言った。
生徒たちがざわついた。「誰がやったんだ」「夜中にか?」という声が上がった。
ゼノは聞きながら、情報を整理していた。
壊された道具の種類を把握した。魔力測定器、属性感知装置、一部の魔法増幅器。どれも魔力の検知に関わる器具だった。戦闘用の道具は無傷だった。
「目的のある行動です」
クルスが「ゼノ」と短く言った。続きを話せという意味だとゼノは判断した。
「壊された道具に一貫性があります。魔力の検知に関わるものだけが対象です。特定の能力を隠したい、あるいは特定の魔力反応を感知されたくない動機が考えられます。または検知器具を排除することで、次に何かをする準備をしている可能性があります。何かを調べているか、何かを探しています」
教室が静かになった。
クルス先生が「……引き続き注意してくれ」と言った。ゼノの分析を肯定も否定もしなかったが、否定しなかったということは妥当な分析だと判断したということだろう。
そして翌日、図書室で別の事案が発覚した。
禁書区画の鍵が、一時的に開けられた形跡があった。図書室の司書が気づいて、フォート校長に報告した。禁書区画は通常、フォート校長の許可なく入れない。生徒が独自に鍵を開けたとすれば、相応の魔法技術が必要だった。
ゼノはその情報を昼休みに把握した。
午後の授業が終わると、図書室に向かった。
図書室の司書に話を聞いた。
「昨日の夕方から今朝にかけてだと思います。夕方に確認した時は異常がなかったので」
「禁書区画の内部に入った痕跡はありますか」
「あります。棚の本が動いた形跡が。ただ、何が持ち出されたかまでは把握できていなくて」
「確認させてもらえますか」
司書が少し迷った様子だったが「校長には報告してあります。調べていただけるなら助かります」と言った。
鍵を借りて、禁書区画に入った。
禁書区画は、図書室の奥の独立した区画だった。
通常の書架より古い本が多い。魔王に関する歴史書、危険な魔法の研究書、各属性の限界を超えた実験記録。普通の授業では扱わない内容が収められていた。
ゼノは棚の状態を確認した。
司書が言った通り、本が動いた形跡があった。ただ雑に動かしたのではない。元の位置に戻す努力がされていた。注意深く動かして、注意深く戻したという跡だった。
どの棚が動かされたかを確認した。
特定の列だけに、わずかな痕跡が集中していた。他の棚には触れた形跡がなかった。
その列の本を確認すると、魔王に関する記録だった。
ゼノは棚を一冊ずつ確認した。
背表紙の状態、ページの埃の分布、栞や折り目の有無。これらを照合すると、何冊かが確実に開かれていた。内容を確認した。
どれも共通点があった。
どれも魔王の覚醒に関する記録だった。過去の魔王が覚醒した時期、前兆として起きた現象、覚醒した魔王の行動パターン。そして魔王の覚醒を察知する方法と、その検知に使われる魔法器具の説明。
ゼノは立ち止まった。
魔力の検知器具が壊された、という前日の事案と繋がった。
魔王の覚醒を検知する器具が壊された。その後、魔王の覚醒に関する記録が参照された。
この二つの行動が同じ人物によるものだとしたら。
目的は一つに絞られた。
魔王の覚醒に関する情報を集めながら、その情報が外部に漏れないようにしている。あるいは、既に起きている何かを、検知されないようにしている。
廊下を歩きながら、情報を整理した。
珍しく、「気になる」という感覚に近いものがあった。
気になる、という感情的な反応はゼノには通常起きない。問題があれば分析する、リスクがあれば対処する、そういう処理の流れで動いている。気になるという感覚はその処理の前段階に来るもので、ゼノには縁が薄かった。
だが今は、何かが引っかかっていた。
引っかかり方が、分析の結果として出てきたものではなかった。分析を始める前に、既にそこにあった感覚だった。
これは危険の可能性がある。排除すべきか。
相手が誰かもわかっていない。何を目的にしているかも、まだ仮説の段階だ。排除できる段階にない。まず情報を集める必要がある。
魔王の覚醒。
その言葉が、頭の中に重さを持って残った。
学園の中に、魔王の覚醒を調べている何者かがいる。魔力の検知を阻害しようとしている。
もしそれが学園内の人間だとしたら。もしそれが、魔王の覚醒を知っていて、それを隠蔽しようとしているとしたら。
翌日のホームルームで、クルス先生が再度注意を呼びかけた。
「図書室の禁書区画に侵入した形跡があった。心当たりのある者は申し出ること。また、不審な行動をしている人物を見かけた場合も報告してほしい」
生徒たちがざわついた。
「備品の破壊と合わせて、学園内で目的のある行動をしている何者かがいる。俺たちも注意する。各自が独自に動くことは控えてくれ。報告を優先すること」
最後の部分がゼノに向けられた言い方に聞こえた。クルス先生がゼノを見た。ゼノは頷いた。
報告はする。だが観察は続ける。この二つは矛盾しない。
夜の円卓でウェントスに話した。
「学園内で何かが動いている」
「何が?」
「まだわからない。ただ、魔王に関わる可能性がある」
ウェントスが静かになった。
「魔王、か」
「調べている者がいる。目的もまだはっきりしない」
「ゼノ、気をつけて」
ウェントスが言った。からかいも冗談も含まない、真剣な声だ。
「何を気をつけるんだ」
「わからないから、気をつけて。わからない時が一番危ない」
わからないから危ない。不確定要素が多い状況は、判断の精度が下がる。ウェントスの言葉は合理的だった。
「わかった。気をつける」
ただ魔王という言葉が円卓に流れてから、円卓の空気が少しだけ変わった気がした。
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ではまた。




