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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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第23話 セレンと水の記憶

 放課後の訓練場には、珍しく人がいなかった。


 明日に模擬試験を控えているせいか、図書室や教室に残って勉強している生徒が多いらしかった。訓練場に来ているのはゼノとセレンだけだった。


 ゼノは火属性の出力調整をしていた。

 火属性は感情が燃料になる。特に怒りと連動しやすい。感情なしに火属性の出力を上げようとしても、何かが乗らない。その「何か」の正体を、技術的な観点から検証できるかどうかを試していた。


 結果は、今日も同じだった。

 出力はある。制御できる。だが何かが違う。その何かを技術的に再現する方法が、今のゼノには見つからなかった。

 保留にして、別の属性の調整に移ろうとした時、訓練場の反対側で音がした。


 セレンが水魔法の練習をしていた。

 最初は気に留めなかった。ゼノは自分の調整を続けた。ただ、水の動き方が視界に入るたびに、何かが引っかかった。


 三度目に視界に入った時、ゼノは手を止めた。

 セレンの水魔法は、理論書で見た制御方法と違っていた。通常、水属性の広範囲展開は魔力を等間隔に分散させてから水に転換する手順を取る。セレンの動きはその順序が逆だった。先に水を出してから、魔力の流れで制御していた。


 結果として、水の動きが滑らかだった。

 理論的には非効率なはずの手順が、より自然な動きを生んでいた。

 訓練場を横切って、セレンの近くに行った。


「その制御方法は独自か。」


 セレンが振り返った。驚いた様子だったが、すぐに落ち着いた。


「......はい。自分なりに考えました。」

「いつ頃から使っているんだ」

「えっと、学校に入る前からだと思います。気づいたらこうなっていて。」


 ゼノは改めて観察した。

 セレンが魔力を水に流す順序、制御のタイミング、魔力消費のリズム。理論書の手順と照合しながら、違う部分を特定していった。


「通常の手順と逆だ。先に水を出してから制御している。魔力消費のムラが少ない。広範囲展開時の精度が標準手順より高い」

「そうなんですか? 比べたことがなかったので」

「非常に効率的だ。どうやって習得したんだ」


 セレンが少し照れた顔をした。照れる、という反応がセレンに出るのをゼノは初めて見た。普段のセレンは表情が静かだ。


「川を見るのが好きで。」

「川」

「はい。家の近くに川があって、子どもの頃からよく見ていました。水の流れって、場所によって全然違うんです。狭いところでは速くなって、広いところでは緩やかになって、石に当たると分かれて。それを見ながら、魔法でああいう動きができないかなって真似しようとしたら、気づいたらこうなってました。」

「感覚で習得したのか」

「そうなると思います」

「非効率に思えるが、結果として最適解が出ている」


 セレンが少し考えてから言った。


「感覚ってそういうものじゃないですか?」

「どういう意味だ」

「非効率に見えても、結果が出ることがある。頭で考えて組み立てるより、感じて動いた方が、なんか自然な答えが出ることがある気がして」

「感覚で動くことが最適解に繋がる理由が分からない。感覚は不確定要素が多い。再現性が低い。同じ結果を出し続けることが難しい」

「でも、ゼノさんが分析した通り、わたしの魔法は精度が高いんですよね」

「そうだ」

「ということは、感覚から来ていても、精度が出ることはあるということになりませんか?」

「......論理的にはそうなる。ただ、なぜ感覚から最適解が出るのかのメカニズムが分からない」

「分からなくていいんじゃないですか? メカニズムは」

「分からないままにすることが非効率だ」

「でも、川の流れのメカニズムを全部理解しなくても、川は流れますよ」

「......分からない」


 セレンが静かに水魔法を収めた。練習を一区切りつけた様子だった。


「ゼノさんって、何でも頭で考えるんですね」


 悪意のない声だった。責めているでも揶揄っているでもなく、ただ観察したことを述べている声だった。


「それ以外の方法を知らない。」

「そうなんですね。......頭で考えることって、すごいことだと思いますよ。さっきもわたしの魔法を分析して、すぐに分かったじゃないですか。わたしには自分でも説明できないことを」

「説明できなくても使えているなら、説明できることに大きな意味はない」

「ゼノさんにとっては、説明できることが大事なんですか」

「理解できていないものは制御できない。制御できないものは有用でない」


 セレンが頷いた。否定せずに聞いていた。


「ゼノさんって、何でも制御しようとするんですね」

「問題があるか」

「問題はないです。ただ——もったいないな、って思います」


 もったいない。ゼノにはこの意味が分からなかった。


「川を見て綺麗だって思ったり、水の動きが好きだって思ったり。そういうところから、魔法が変わることがあるので。ゼノさんはそういうのを全部、頭で処理しようとするから、なんか通り過ぎてしまう気がして」

「通り過ぎる、とはどういう意味だ」

「うまく言えないんですけど。......川を見ていた時、最初はメカニズムを考えてたわけじゃないんです。ただきれいだなって、ずっと見ていました。それが長くなってから、魔法に繋がった。もしメカニズムから入っていたら、今の魔法にはなっていなかった気がします」


 きれいだという感覚が先にあって、それが長い時間をかけて技術に繋がった。感覚が技術の起点になった。


「俺には、きれいだという感覚がない」

「ないんですか。」

「正確には、それが何なのかが分からない」


 セレンが少し黙った。それから「そうなんですね」と言った。

 判断を含まない言い方だった。驚いているわけでも、同情しているわけでも、否定しているわけでもなかった。


「でも、ゼノさんが今日わたしの魔法を見て、足を止めたじゃないですか」

「分析のためだ」

「それだけですか。」


 ゼノは少し止まった。


「......引っかかった、という感覚があった。それが何かは言葉にできていない」

「それでいいと思います。引っかかったなら、何かがあったんでしょう。それが何かは、すぐに分からなくていい気がします」


 セレンが水魔法をもう一度出した。今度は小さく、手元だけで水を動かした。水が緩やかに螺旋を描いた。光を受けて複雑な形になった。



「セレン、一つ聞いていいか」

「はい」

「川を最初に見た時、何を感じた。」


 セレンが少し驚いた顔をした。ゼノが感覚について聞いてくることが珍しかったのかもしれない。


「ずっと見ていたいって、思いました。他に何もいらないくらい」

「なぜ」

「分かりません。でも、そう感じた」



 分からないがそう感じさせた。感覚の習得に理由がない。それがセレンの魔法の起点だった。理由のない感覚が、結果として最適解に繋がった。

 クルス先生が言った言葉と少し重なった。感情は動く力になる。理由の外側にある何かが、理由のある結果を作る。


「もったいないという言葉の意味が、少し分かった気がする」

「そうですか。それなら、よかったです」


 水が手元で静かに動いていた。螺旋が崩れて、また形を変えた。


 引っかかったなら何かがある、とセレンが言った。今もまだ、引っかかりが残っていた。


最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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