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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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20/23

第19話 喜び覚醒

多く読まれてきて、書くのが楽しくなっています

 朝の授業が終わって、昼休みに入った直後だった。

 訓練場の方向から、聞いたことのある種類の音がした。


 魔物の声だった。

 食堂に向かおうとしていた廊下で足を止め、音の方向と距離を計算した。

 次の瞬間、誰かが叫んだ。


「魔物が入ってきた!」


 廊下が騒然とし、生徒たちが一斉に動き始めた。

 逃げようとする者、固まる者、声を上げる者。感情的な反応が一気に溢れ出して、廊下の秩序が崩れた。

 ゼノはすでに走っていた。


 訓練場に出ると、状況が見えた。

 中型の魔物が三匹、外壁の一角を突破して敷地内に入り込んでいた。訓練場にいた生徒が数人、距離を取りながら対応しようとしていた。ただ連携がなく、個別の対応になっている。魔物は人間の混乱を感知してか、一定の方向性を持って動いていた。


 魔物の移動ルート。生徒の位置。建物の構造。最小の介入で最大の抑制ができる配置。

 土属性で地面を隆起させて、一匹の進路を止めた。もう一匹に風属性で牽制をかけた。三匹目に向かいながら、後方の生徒に「東側に退避しろ」と声をかけた。

 ガード先生が訓練場に現れた。


「ゼノ、そのまま続けろ。俺が右を抑える」

「分かりました」


 連携が成立した。ガード先生が右側の一匹を土属性で封じる。ゼノが残りに対応する。状況が整理されてきた。


「ゼノ、後ろ!」


 レオンの声だ。ゼノが振り返ると、四匹目がいた。

 計算に入っていなかった個体が、建物の影から出てきていた。

 その進路の先に——エリナがいた。


 東側に退避しようとしていたエリナが、四匹目の出現ルートと重なっていた。気づいていなく、背中を向けていた。

 距離は十メートルもなかい。


 考えていなかった。

 計算していなかった。最適ルートを選んでいなかった。ただ動いていた。足が地面を蹴っていた。風属性が全身に展開していた。自分でも認識する前に、身体が動いた。


 エリナの前に出た。

 右手から風属性を最大出力で放った。魔物が吹き飛び、壁に叩きつけられて動かなくなった。


「......え」


 エリナの声が聞こえた。

 ゼノはエリナの前に立ったまま、動かなかった。

 何かが起きていた。処理の問題ではなかった。胸の辺りに、昨日ライナスの時に感じたものとは別の何かが来ていた。

 ただ確かに、エリナが傷つくという想像が浮かんだ瞬間に、何かが処理系に別の信号を送った。計算よりも、言語化よりも、先にそれがあった。


 その時、意識の端で円卓が見えた気がした。

 ウェントスが椅子から立ち上がっていた。その椅子はいつもの暗いものではなく、緑色になっていた。

 緑色の光が、円卓の空間に満ちていた。ウェントスの目が輝いていた。今まで見たことのない表情だ。喜びとも興奮とも違う、何か深いところから来ている表情だった。


「ゼノ、行くよ——天翔遊戯(スカイ・ラプソディ)!」


 ウェントスが片手を挙げて叫んだ瞬間、世界が変わった。


 思考が加速し、周囲の動きがゆっくりに見えた。

 残っていた二匹の魔物の軌跡が、先まで読めた。ガード先生の動きが見え、生徒たちの位置が把握できた。全部が同時に、鮮明に入ってきた。


 地面を蹴った瞬間、身体が浮き、空中に出た。

 魔物の一匹が跳躍した軌跡を先読みして、その着地点に向けて風属性を収束させた。空中から一撃。魔物が地面に落ちた。


 着地と同時に向きを変えた。最後の一匹はガード先生が封じようとしていたが、完全には止まっていなかった。ゼノが横から入った。風属性で上から圧し、動けなくなった。


 静かになった。

 三匹が無力化されていた。ガード先生が封じていた一匹を含めて全部だ。

 加速していた思考が、通常の速度に戻っていく。身体の感覚が落ち着いていく。それなりの消耗だったが、動けないほどではなかった。


 訓練場が静まり返っていた。

 それから、あちこちから声が上がった。


「終わったのか?」

「全部倒した?」

「ゼノ、今、空中にいたよな」


 ゼノは訓練場の中央に立っていた。

 エリナが近づいてきた。


「ゼノさん......」


 声が出ていなかった。口が動いて、かすかに音が出た程度だった。目が少し潤んでいた。


「ありがとうございます」


 やっと出てきた言葉だった。

 ゼノはエリナを見た。無事だ。当然の結果だった。そうなるように動いた。


「......エリナが助かった――それでいい。」


 その言葉が出た後で、ゼノは少し止まった。

 合理的な根拠がなかった。「それでいい」という言葉は、何かを達成した時の評価として使われる。目標が達成されたという確認だ。

 だが今の目標は何だったのか。エリナを守ることだったとしたら、その目標は自分で設定したのか、計算の結果として出てきたのか。


 どちらでもなかった気がした。

 エリナが助かった、それでいいと思った。理由より先に、言葉があった。


 夜の円卓。

 ウェントスが嬉しそうに笑っていた。今日は入った瞬間から笑っていた。足をぶらぶらさせる速度が、いつもより少し速かった。


「ねえ、今どんな気持ち?」


 ゼノは少し考えた。

 今日起きたことを処理しようとした。四匹目の出現。エリナの背中。動いた身体。覚醒。「それでいい」という言葉。それぞれを順番に処理しようとして、うまくいかなかった。


「......分からない。ただ」

「ただ?」

「......悪くない。」


 ウェントスが「それで十分だよ!!」と叫んだ。

 声が円卓の広間に響いた。いつもより大きい声だった。ウェントスが勢いよく立ち上がった。緑色の椅子が少し揺れた。


「ゼノ、覚醒どうだった!? 身体、変わったでしょ!? 速くなったでしょ!?」

「思考と身体が加速した。周囲の情報量が増えた。空中での機動が可能になった」

「そうそう! それが喜びの覚醒だよ! 天翔遊戯(スカイ・ラプソディ)! あたしの覚醒!」


 ウェントスが両手を広げた。嬉しさが全身から出ていた。


「あたしね、ずっと待ってたんだよ、この日を! ゼノが喜びを分かる日を。やっと来た!」

「俺が喜びを分かったのか」

「分かったんじゃないかな。全部じゃないかもしれないけど、端っこは触れた気がする」

「端っこ」

「うん。喜びって、大きいから。全部一度に分かるもんじゃないし。でも——エリナが助かって、それでいいって思えた。それが端っこだよ」


 それでいい、という言葉。合理的な根拠がなかった。論理より先にあった言葉。ウェントスがそれを喜びの端っこと言っている。


「......喜びは、こういう形で来るのか」

「ゼノの場合は最初はそういう形だったんじゃないかな」ウェントスが言った。「人によって違うから」

「次はどうなる」

「次? 次は、もっとちゃんと分かる日が来るよ。端っこじゃなくて、ちゃんと真ん中まで」

「......参考にする」

「それだけ!? まあいっか。今日は十分だよ。本当に十分。ありがとう、ゼノ」

「何に対する礼だ」

「覚醒してくれたこと。端っこでも触れてくれたこと。あたしが待ってたことが、来たから」


 ゼノは返答を探したが、見つからなかった。

 ただウェントスが待っていた、という事実が頭に残った。自分が何かをするのをずっと待っていた人間がいた。その人間が今、嬉しそうに笑っている。


 その事実が、胸の辺りに静かに残った。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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