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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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19/22

第18話 ライナスが叫んだ日

 今日の魔法実技は模擬戦形式だった。


 ガード先生が「実際の戦闘に近い状況を想定した演習だ。ペアを組んで、一方が攻撃、一方が防御と回避をする。目的は魔法を当てることではなく、実戦的な動きを体験すること」と説明した。


 ペアが決まった。ゼノはレオンと組み、ライナスはセレンと組んだ。

 演習が順番に行われた。

 ゼノとレオンの番になった。レオンが攻撃側で、ゼノが防御と回避をした。レオンの火魔法を風属性で逸らし、土属性で防いだ。レオンが「ちくしょう、当たらない」と言いながら角度を変えて攻めてきた。

 一度だけ、わざと一拍遅れた動きをした。レオンが「当たった!」と叫んだ。ガード先生が「レオン、攻め方の多様性が出てきた」と言った。

 レオンが戻ってきて「わざと当てさせてくれたろ」と言った。


「証明できないが」

「できないけど絶対そうだ」レオンが笑った。


 次のペアが出た。

 ライナスとセレンの番だった。


 ライナスが攻撃側だった。

 セレンが守備に回る。セレンの水魔法は流動的で、正面からぶつかっても逸らされる。ライナスが風属性を使って攻めようとした。最初の一手は弱かった。セレンに軽く受け流された。


 ゼノは観察した。

 ライナスの重心。呼吸。発動前の指先の状態。

 二手目。また弱かった。ライナスの顔に焦りが出ている。強い魔法を出そうとして、発動の瞬間に力が抜けている。以前に修正したはずの問題が、緊張で再発していた。


 セレンが優しく受け流した。

 ライナスが少し俯いた。また出なかった、という顔だった。

 三手目を準備し始めた。ライナスが深呼吸をし、それから魔力を集め始めた。いつもより時間をかけていた。焦っていない。重心を確認するように、少し足を踏み直した。

 発動の直前、今度は指先が緩まなかった。


 風が出た。

 これまでとは明らかに違う規模の気流が、訓練場を横断した。セレンの防御を正面から押した。セレンが一歩後退した。

 ライナスは自分が出した魔法を見て、固まった。


「やった!!」


 訓練場に声が響いた。ライナスの声がそんなに大きいとは、ゼノは把握していなかった。周囲の生徒たちが一斉に振り返った。ガード先生が演習を止めた。


「やっと出た! 出ましたよ!!」


 ライナスがまた言った。今度は周囲に向けて言っていた。レオンが「おお!」と声を上げた。別の生徒が「すごい」と言った。セレンが静かに微笑んだ。

 ガード先生が「ライナス、今の出力は今まで一番大きかった。何かが変わったな」と言った。

 ライナスが「はい!」と答えた。声がまだ震えていた。


 演習が終わって、生徒たちが動き始めた。道具の片付け、先生への挨拶、帰り支度。いつもの終わり方だった。

 ライナスが走ってきた。ゼノに向かって、真っ直ぐに。


「ゼノさん! 出ました! 強い魔法、出ました!」

「見ていた」

「あなたが教えてくれたからです! 重心のこと、指先のこと、息を止めないこと。全部思い出しながらやったら——出たんです!」


 ライナスの目に水分が溜まっていた。

 嬉し泣きだ。喜びが過剰になった時に涙という形で出ることがある。ライナスの今の状態はそれに該当する。前回も同じことがあった。魔法が出た瞬間に泣いた。


 データとして記録しようとする動作が、途中で引っかかった。胸の辺りに何かがあった。何かがある、という表現自体が曖昧で、ゼノには正確な言語化ができなかった。

 ライナスの「ありがとうございます」という声が届いた。


「......ああ」


 返答がそれだけだった。いつもなら「礼は不要だ」と続けるところだったが、言葉が来なかった。

 ライナスが「ゼノさん、どうかしましたか」と聞いた。


「......何でもない。処理中だ」

「何を処理してるんですか?」


 ゼノは少し考えた。正確に答えられる言葉がなかった。


「......ライナスが泣いている理由を考えていた」

「あ」


 ライナスが照れた顔をした。泣きながら照れるという表情の複合は、観察データとして珍しかった。


「また泣いてますね、俺。なんか、すごく嬉しくて」

「前回も同じことがあった」

「そうでしたね。ゼノさんの前だと、なんか泣いてばかりですね」

「なぜ俺の前で泣くのか」

「うーん。ゼノさんが教えてくれたことの結果だから、報告したくて。見ててほしくて。そういう気持ちがあって、だから走ってきたんだと思います」


 見ててほしかった。

 その言葉が、頭の中に残った。


 その夜。

 円卓に入ると、ウェントスがいつもより少し前のめりの姿勢で座っていた。


「今日、何かあった?」

「どうして分かる」

「ゼノが考えてるから」

「......ライナスが模擬戦で強い魔法を出せた」

「知ってる。それで?」

「ライナスが走ってきて、泣きながら報告した。俺が教えたからだと言っていた」

「うんうん」

「処理しきれなかった。ライナスの反応は前回と同じものだ。だが今回は、現象として処理する動作が途中で止まった。胸の辺りに何かがあった。」

「何かって、どんな感じ?」

「言葉で表現できるかどうかも分からない。ただ、いつもと違った。処理が終わらないまま残っている」


 ウェントスが少し黙った。

 足のぶらつかせ方が止まった。ゼノを見る目が、真剣だった。


「それって、嬉しかったんじゃないの?」

「......定義が曖昧だ」


 ウェントスがため息をついた。でも怒った様子ではなかった。


「嬉しいって、ゼノが頭で定義するもんじゃないんだけどなあ。でも、処理しきれなかったんでしょ? 胸のあたりに何かあったんでしょ? それが、嬉しいってことだと思う」

「嬉しいという状態が、そういう形で来るのか」

「ゼノにとっては、そういう形で来たんじゃないかな、最初は」


 ゼノはその言葉を処理した。最初は、という言い方が気になった。


「最初はって、それはどういう意味だ」

「最初は小さいから。最初は気づかないくらい小さいことが多い。でも、重なると大きくなる」

「重なると」

「うん」


 ウェントスが微笑んだ。

 その微笑み方が、何かを知っている時の顔だった。言わないでいるが、知っている。その種類の顔だった。


「もうすぐだよ、ゼノ」

「何がだ」

「もうすぐ、分かる日が来る」


 答えになっていなかった。しかしゼノは追わなかった。

 ウェントスがそういう言い方をする時は、追っても答えが来ないことを学んでいた。

 胸の辺りに残っている何かが、まだそこにあった。


 ――嬉しかったのかもしれない。


 その言語化が、今夜初めて可能性として存在した。確信ではなかった。

 ゼノは目を開けた。

 ライナスが叫んだ声が、まだ頭の中にあった気がした。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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