第18話 ライナスが叫んだ日
今日の魔法実技は模擬戦形式だった。
ガード先生が「実際の戦闘に近い状況を想定した演習だ。ペアを組んで、一方が攻撃、一方が防御と回避をする。目的は魔法を当てることではなく、実戦的な動きを体験すること」と説明した。
ペアが決まった。ゼノはレオンと組み、ライナスはセレンと組んだ。
演習が順番に行われた。
ゼノとレオンの番になった。レオンが攻撃側で、ゼノが防御と回避をした。レオンの火魔法を風属性で逸らし、土属性で防いだ。レオンが「ちくしょう、当たらない」と言いながら角度を変えて攻めてきた。
一度だけ、わざと一拍遅れた動きをした。レオンが「当たった!」と叫んだ。ガード先生が「レオン、攻め方の多様性が出てきた」と言った。
レオンが戻ってきて「わざと当てさせてくれたろ」と言った。
「証明できないが」
「できないけど絶対そうだ」レオンが笑った。
次のペアが出た。
ライナスとセレンの番だった。
ライナスが攻撃側だった。
セレンが守備に回る。セレンの水魔法は流動的で、正面からぶつかっても逸らされる。ライナスが風属性を使って攻めようとした。最初の一手は弱かった。セレンに軽く受け流された。
ゼノは観察した。
ライナスの重心。呼吸。発動前の指先の状態。
二手目。また弱かった。ライナスの顔に焦りが出ている。強い魔法を出そうとして、発動の瞬間に力が抜けている。以前に修正したはずの問題が、緊張で再発していた。
セレンが優しく受け流した。
ライナスが少し俯いた。また出なかった、という顔だった。
三手目を準備し始めた。ライナスが深呼吸をし、それから魔力を集め始めた。いつもより時間をかけていた。焦っていない。重心を確認するように、少し足を踏み直した。
発動の直前、今度は指先が緩まなかった。
風が出た。
これまでとは明らかに違う規模の気流が、訓練場を横断した。セレンの防御を正面から押した。セレンが一歩後退した。
ライナスは自分が出した魔法を見て、固まった。
「やった!!」
訓練場に声が響いた。ライナスの声がそんなに大きいとは、ゼノは把握していなかった。周囲の生徒たちが一斉に振り返った。ガード先生が演習を止めた。
「やっと出た! 出ましたよ!!」
ライナスがまた言った。今度は周囲に向けて言っていた。レオンが「おお!」と声を上げた。別の生徒が「すごい」と言った。セレンが静かに微笑んだ。
ガード先生が「ライナス、今の出力は今まで一番大きかった。何かが変わったな」と言った。
ライナスが「はい!」と答えた。声がまだ震えていた。
演習が終わって、生徒たちが動き始めた。道具の片付け、先生への挨拶、帰り支度。いつもの終わり方だった。
ライナスが走ってきた。ゼノに向かって、真っ直ぐに。
「ゼノさん! 出ました! 強い魔法、出ました!」
「見ていた」
「あなたが教えてくれたからです! 重心のこと、指先のこと、息を止めないこと。全部思い出しながらやったら——出たんです!」
ライナスの目に水分が溜まっていた。
嬉し泣きだ。喜びが過剰になった時に涙という形で出ることがある。ライナスの今の状態はそれに該当する。前回も同じことがあった。魔法が出た瞬間に泣いた。
データとして記録しようとする動作が、途中で引っかかった。胸の辺りに何かがあった。何かがある、という表現自体が曖昧で、ゼノには正確な言語化ができなかった。
ライナスの「ありがとうございます」という声が届いた。
「......ああ」
返答がそれだけだった。いつもなら「礼は不要だ」と続けるところだったが、言葉が来なかった。
ライナスが「ゼノさん、どうかしましたか」と聞いた。
「......何でもない。処理中だ」
「何を処理してるんですか?」
ゼノは少し考えた。正確に答えられる言葉がなかった。
「......ライナスが泣いている理由を考えていた」
「あ」
ライナスが照れた顔をした。泣きながら照れるという表情の複合は、観察データとして珍しかった。
「また泣いてますね、俺。なんか、すごく嬉しくて」
「前回も同じことがあった」
「そうでしたね。ゼノさんの前だと、なんか泣いてばかりですね」
「なぜ俺の前で泣くのか」
「うーん。ゼノさんが教えてくれたことの結果だから、報告したくて。見ててほしくて。そういう気持ちがあって、だから走ってきたんだと思います」
見ててほしかった。
その言葉が、頭の中に残った。
その夜。
円卓に入ると、ウェントスがいつもより少し前のめりの姿勢で座っていた。
「今日、何かあった?」
「どうして分かる」
「ゼノが考えてるから」
「......ライナスが模擬戦で強い魔法を出せた」
「知ってる。それで?」
「ライナスが走ってきて、泣きながら報告した。俺が教えたからだと言っていた」
「うんうん」
「処理しきれなかった。ライナスの反応は前回と同じものだ。だが今回は、現象として処理する動作が途中で止まった。胸の辺りに何かがあった。」
「何かって、どんな感じ?」
「言葉で表現できるかどうかも分からない。ただ、いつもと違った。処理が終わらないまま残っている」
ウェントスが少し黙った。
足のぶらつかせ方が止まった。ゼノを見る目が、真剣だった。
「それって、嬉しかったんじゃないの?」
「......定義が曖昧だ」
ウェントスがため息をついた。でも怒った様子ではなかった。
「嬉しいって、ゼノが頭で定義するもんじゃないんだけどなあ。でも、処理しきれなかったんでしょ? 胸のあたりに何かあったんでしょ? それが、嬉しいってことだと思う」
「嬉しいという状態が、そういう形で来るのか」
「ゼノにとっては、そういう形で来たんじゃないかな、最初は」
ゼノはその言葉を処理した。最初は、という言い方が気になった。
「最初はって、それはどういう意味だ」
「最初は小さいから。最初は気づかないくらい小さいことが多い。でも、重なると大きくなる」
「重なると」
「うん」
ウェントスが微笑んだ。
その微笑み方が、何かを知っている時の顔だった。言わないでいるが、知っている。その種類の顔だった。
「もうすぐだよ、ゼノ」
「何がだ」
「もうすぐ、分かる日が来る」
答えになっていなかった。しかしゼノは追わなかった。
ウェントスがそういう言い方をする時は、追っても答えが来ないことを学んでいた。
胸の辺りに残っている何かが、まだそこにあった。
――嬉しかったのかもしれない。
その言語化が、今夜初めて可能性として存在した。確信ではなかった。
ゼノは目を開けた。
ライナスが叫んだ声が、まだ頭の中にあった気がした。
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ではまた。




