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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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第17話 笑顔が変わった日

 変化に気づいたのは、魔法実技の授業中だった。


 ガード先生が今日の課題を説明している間、ゼノは全体を把握していた。習慣的な観察だ。誰がどこにいて、どういう状態にあるか。特に意味を求めているわけではなかった。


 エリナが前の方で、他の生徒と話していた。

 セレンとそれからもう一人。会話の内容は距離があって聞こえなかった。ただ、その生徒がエリナに向けて何かを言い、エリナが返答した。

 その時のエリナの顔を、ゼノは見ていた。


 訓練場での実技が始まった。

 今日の課題は二人組での連携演習だった。実戦に近い形で動く。エリナは複数の組み合わせで回復役を担った。


 ゼノは自分の演習をこなしながら、エリナの動きを時々観察した。

 回復魔法の精度が上がっていた。

 先日の練習で指摘した複数対象への同時回復が、安定した形で出ていた。呼吸のリズムと発動のタイミングが合っている。以前と比べて回復速度のムラが減っていた。技術的な改善が実戦形式でも維持されている。


 ガード先生が「エリナ、今の回復は精度が上がっているな」と言った。

 周囲の生徒が振り返った。ガード先生が授業中に個別の評価を口にすることは珍しくなかったが、肯定的な評価は特に口にすることは少ない。

 エリナと組んでいた生徒が「すごい、安定してる」と言った。別の方向から「さっきの複数回復、どうやったんですか」という声が来た。


 称賛の言葉が続いた時、エリナの顔が変わった。

 いつものように笑顔を作ろうとした、と思った。口角が上がりかけた。しかしそのまま固定されなかった。


 少し照れていた。目が少し細くなったが、過剰ではない。口元が緩んでいたが、維持するための力が入っていなかった。頬に自然な熱が出ていた。


 作られていなかった。

 今までのエリナの笑顔と比較して、筋肉の動きが違う。口角を上げる筋肉への意識的な力がなく、目の奥と表情のずれがない。これが本来の表情か。


 これが、エリナの本来の笑い方だ。

 ガード先生が「次の演習に移れ」と言った。訓練場が動き始め、エリナの表情は平常に戻ったが、さっきのものとは少し違う状態だった。作られた表情が薄くなっていた。


 授業が終わった後、ゼノは後片付けをして訓練場を出た。

 廊下に出たところで、後ろから足音がした。


「ゼノさん、少しいいですか」


 エリナだった。


「何だ」

「今日の授業で、先生に言ってもらえて。みんなにも言ってもらえて。先日教えてもらったことが、ちゃんと出せた気がしました」

「技術的な改善が定着した結果だ」

「そうなんですけど。なんか、ちょっとだけ楽になった気がします。ずっと届かないって思ってた基準が近くなった気がして」

「練習の方向性を修正した効果が出た」

「ありがとうございます」

「俺が何かをしたという認識が薄いが」

「したんですよ、ちゃんと」


 きっぱりとした声だった。柔らかいが、確信がある声だ。


「訓練場で見つけてくれて、声かけてくれて、分析してくれて。あれがなかったら、今日みたいにはならなかったと思います」

「観察して、気づいた点を伝えただけだ。エリナが修正したのはエリナ自身だ」

「でも、気づかせてくれたのはゼノさんです......ゼノさんって、気づいてないだけで、すごくいろんな人を助けてますよね」


 言葉が来なかった。

 否定しようとした。「助けているという意識がない」という返答は正確だった。実際に意識していない。ライナスへの指導も、エリナへの分析も、合理的な判断の結果として行動した。助けようとしたわけではなかった。


 気づかせてくれた。その結果として今日の授業があった。ライナスが魔法を出せるようになった。エリナの笑顔が変わった。

 自分の行動が、誰かの何かを変えている。


 その連鎖を、ゼノは今まで一点として処理していた。ライナスの件。エリナの件。それぞれが独立した観察データだった。だが今、エリナが「いろんな人を」と言った時、それが複数の点として繋がった。

 点が、線になった瞬間があった気がした。



「返答できないのは珍しいですね」

「......処理できていない部分がある」

「どんな部分ですか?」

「エリナが言ったことの意味が、まだ分かっていない」

「分からなくていいと思います。分かることより、ゼノさんが自然にしてることの方が大事な気がするので」


 エリナが「では」と言って先に行こうとした。


「一つ聞いていいか」

「何ですか?」

「今日の授業中、称賛された時の表情。普段と違った」

「そうですか?」

「作られた笑顔ではなかった。自然に出ていた」


 エリナがしばらく黙った。廊下の向こうから他の生徒の声が聞こえた。


「......気づいてなかったです、自分では。でもそうだったかもしれないですね。嬉しかったので」

「嬉しい時に自然な笑顔が出るのか」

「普通そうじゃないですか?」

「エリナは普段そうでないことが多い」

「......そうですね。でも最近は少し変わってきてる気がします。ゼノさんに作ってるって言われてから、なんか無理して笑わなくていいかもって思い始めて」

「俺の指摘が影響したのか」

「そうなりますね。ゼノさんが助けてくれた、の一つでもあると思います」


 エリナが行った後、ゼノは廊下に一人立っていた。

 処理できなかった部分が、頭の中に残り続けていた。

 ライナスの声が変わった時。エリナの笑顔が変わった時。それぞれの場面が、続けて浮かんだ。自分が何かを伝えた後に、相手の何かが変わった。その変化の記録が、今まで個別のデータとして蓄積されていたものが、一つの意味を持ち始めようとしていた。


 自分が誰かの何かに貢献している。

 喜び、という言葉は出てこなかった。しかし、何かが動いている気がした。


 ただ確かなことが一つある。

 処理できないことが増えている。そしてその処理できないことが、悪いものだという感覚ではなかった。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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