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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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第16話 初めての感情の揺れ

 午後の座学の授業中、ライナスが妙な顔をしていた。


 斜め前の席から、時々こちらを確認するような視線が来ていた。何かを言いたいが言えない時の動作だ。授業が終わるまで待った。

 エイダ先生が「今日はここまで」と言って教室を出ると、ライナスがすぐに振り返った。


「ゼノさん、少しいいですか」

「何だ」

「さっきの休み時間に廊下で、別のクラスの人たちが話してるのを聞いてしまって......」


 ゼノは教材を片付けながら「続けてくれ」と言った。


「ゼノさんのことを話してたんです。六属性のことで。その......バケモノとか、言ってました」


 ライナスが言いにくそうに最後の言葉を出した。

 バケモノ。人外を指す言葉であり、今の文脈では六属性という異質さへの否定的な評価として使われている。

珍しいことではない。適性検査の日から、そういう種類の視線や声は散発的に届いていた。


「ゼノさん、怒らないんですか」


 ライナスが聞いた。声に何かが混じっていた。ゼノへの同情か、あるいは代わりに怒っているのか。


「怒りの定義が曖昧だが、怒りが何かを改善するか?」

「そういうことじゃなくて......」


 ライナスが言葉を続けられなかった。


「そういうことじゃない、というのはどういう意味だ」

「なんか、傷ついてほしいとかじゃなくて。でもゼノさんのことをそういう言い方するのは、おかしいと思うから。ゼノさんが何とも思わないとしても、俺は腹が立ちました」


 ライナスの顔に、何かが出ていた。眉が少し寄っている。口元に力がある。感情が表面に出ている顔だった。


「......ライナスは怒っているのか」

「怒ってます。ゼノさんがいないところで、そういうことを言うのはずるいと思って」

「俺への怒りではなく、俺のために怒っているということか」

「そうです」


 自分のために誰かが怒る。その構造がすんなりと処理できなかった。怒りは通常、自分が不当な扱いを受けた時に発生する感情反応だ。

 だがライナスの怒りは、ライナス自身が不当な扱いを受けたわけではない。ゼノが不当な扱いを受けたことへの、ライナスの怒りだった。


「......そうか」

「ゼノさんは本当に何とも思わないんですか、ああいうことを言われても」


 ゼノは考えた。

 バケモノという言葉を受け取った時、何もなかったかどうか。処理しきれなかった、という感覚があったかどうか。


「......何ともないと思っていた。ただ」

「ただ?」

「ライナスから聞いて、何もないとは言い切れないかもしれない」


 ライナスが「そうですか」と言った。怒りはまだそこにあったが、少し柔らかくなっていた。


「俺、次に同じことを聞いたら言い返します」

「余計な関係を作ることになる可能性がある」

「構いません」


 ライナスが前を向いた。頑固そうな横顔だった。


 その日の夜、ゼノは意識を内側に向けた。

 円卓の広間。ウェントスがいつもの席に座っていた。今日は少し早い時間だった。


「どうしたの、早いね」

「考えたいことがあった」

「何を?」

「怒りについて」


 ウェントスが足のぶらつかせ方を止めた。


「怒りって、どうして?」

「今日、ライナスから聞いた。俺がバケモノと言われていると。ライナスはそれに怒っていた」

「うん」

「俺は怒っているのかどうかが分からなかった。怒りという感情がどういうものか、頭では理解しているが、自分に起きているかどうかが判断できない」

「今はどうなの?」

「......今も判断できない。ただ処理しきれていない部分が残っている」


 ウェントスが「そっか」と言った。何かを考えている声だった。


「怒りって頭で考えるより先に来ることが多いんだよ。論理で判断するものじゃなくて、何かが触れた瞬間に動くもの。だから今、処理できてないとしたら——何かが触れてるのかもしれない」

「何が触れているのか」

「それはゼノが決めることじゃないかな。感じることだから」


 その時だった。

 ウェントスの隣の席が、かすかに動いた気がした。

 正確には、椅子がそこにあるという感覚が変わった。薄暗い影のような存在感だったものが、一瞬だけ、わずかに違う質感を持った気がした。


 赤い椅子だった。

 ゼノはその椅子を見た。今は元の薄暗さに戻っていた。だが確かに、何かがあった気がした。


「今、何かが動いたか」


 ウェントスが椅子を見た。


「......気のせいじゃない?」


 ウェントスが言った。

 ただ、目が少しだけ泳いでいた。ゼノはその動きを見逃さなかった。ウェントスの目が泳ぐのは珍しかった。普段、ウェントスはゼノの目を正面から見る。視線を逃がすことをしない。


「ウェントス」

「......何?」

「知っているのか。あの椅子について」

「......椅子は七つあって、六つは他の子たちの席で、ゼノの席が一つ。それはゼノも知ってるでしょ」

「それだけか」

「それだけだよ」


 答えは来たが、目の動きが戻らなかった。完全に正面を向いているが、どこかに力が入っていた。

 ゼノはさっきの椅子を見た。


「あの席は、どの感情の人格に対応しているんだ」

「それはまだ言えない」

「なぜ言えない」

「来た時に話した方がいいから。今は準備ができてない」

「準備が必要なのは俺か、それともあの席の人格か」


 ウェントスが少し黙った。


「......両方、かな」


 ゼノは椅子を見続けた。薄暗いままだ。ただ気のせいではなかった。何かがあった。そして今日、怒りについて考えていた日に、それが起きた。

 偶然ではないかもしれなかった。


「ウェントス、一つだけ聞く」

「何?」

「あの席の人格は、怒りと関係があるか」

「......今日はここまでにしよう」


 答えではなかった。だが否定もしなかった。


 円卓を出てから、ゼノは天井を見た。

 バケモノという言葉。ライナスの怒り。赤い椅子の揺れ。怒りという感情。全部がどこかで繋がっている。今日初めて怒りという言葉が他人事ではなくなった気がした。


 自分の中に何かがあるとしたら。

 それが何なのかを、いつか知る日が来るのかもしれなかった。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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