第114話 感情という魔法
遂に最終話!
エリナと準備を進め、王都を出発した。
どこかに向かう、という目的を決めていなかった。来た道を確認しながら、気になった場所に立ち寄る。それが今の旅の形だった。
今日立ち寄った村は、小さかった。
山の近くにあり、農業と小規模な魔法の仕事で生計を立てている村だった。宿があったので、一泊することにした。
荷物を宿に置いて、村の中を歩いた。
小さな市場があった。食料品が並んでいて、子どもたちが走り回っていた。
村の端に、一人で座っている子どもがいた。
他の子どもたちから離れていた。石の上に座って、地面を見ていた。
ゼノは通りかかった。
エリナが「あの子、大丈夫かな……」と言った。
「確認してみる」
男の子だった。八歳か九歳だった。膝を抱えて、顔が沈んでいた。
「何かあったのか」
男の子がゼノを見上げた。知らない大人が来た、という顔をした。ただ、逃げなかった。
「……魔法の授業で、また失敗した」
「魔法の授業か」
「ぼく、魔法が使えなくて。みんな何かしら使えるのに、ぼくだけ全然で。今日も失敗して……」
「それで、ここにいるのか」
「からかわれた。魔法が使えないと役に立てないって言われた」
ゼノは子どもの前にしゃがんだ。
目線を合わせた。
「魔法が使えないことと、役に立てないことは別の問題だ」
子どもが少し止まった。
「でも、みんな魔法が使えるのに、ぼくだけ使えなかったら——」
「魔法が使えることと使えないことで、何かが変わるのか。確認したことがあるか」
「確認、って」
「役に立てないと言った人間に、実際に役に立てなかった場面があったか。魔法を使えない理由で、何かができなかった場面があったか」
「……まだ、ない、かも」
「ならばまだ確認できていない。決まっていない」
子どもが少し考えた。
「でも、これから困ることがあるって。先生が言ってた。魔法が使えないと、できることが限られるって」
「できることが限られる可能性がある、ということだ。できないと確定しているわけではない」
「……そういう言い方する人、初めて見た……」
「事実を述べた」
「大人の人ってみんな、魔法を使えるようになった方がいいって言う。どうして使えるようになれないんだって言う」
「使えるようになれないのか。まだわかっていないのではないか」
「何度やっても出ないから」
「何度か、か」
「百回以上やった」
「百回か……俺は——」
ゼノは言いかけた。
「俺は、魔法が使えても、長い間大切なものが使えなかった」
子どもが顔を上げた。
「え?」
「魔法が使える人間でも、使えないものがある場合がある。俺はそうだった。長い間、大切なものを使えずにいた」
「何が使えなかったの?」
ゼノは少し考えた。
「……感情だ」
「感情?」
「感情が使えなかった。封じていた。長い間、感情が来なかった」
「感情って使うものなの?」
「使う、という言い方が正確かどうかわからない。ただ、持てるか持てないか、という話ならある。俺は長い間、持てない状態だった」
「でも感情って、みんな持ってるんじゃないの?」
「俺が封じていた。自分で」
「なんで?」
「怖かったから。感情があると、傷つく場面があった。だから封じた。それが間違いだったとわかるのに、時間がかかった」
「感情って、魔法なの?」
子どもが聞いた。
――感情は魔法か。
感情が来た時に力が変わった。覚醒がそれぞれ来た。感情と魔法が完全に連動した。感情がなければ来なかった力があった。
「……そうかもしれない。俺にとっては——一番難しくて、一番強い魔法だ」
エリナが隣で聞いていた。
何も言わず、ただ聞いていた。
「一番難しくて、一番強い魔法? 感情が?」
「そうだ」
「なんで難しいの?」
「制御できないからだ。魔法は練習すれば精度が上がる。感情は来た時に来る。来ない時には来ない。どうすれば来るかが、自分では決められない。それが難しかった」
「なんで強いの?」
「感情があった時に、それがなかった時より強い力が出た。守りたいという感情が来た時に来た力が、計算だけで出した力より大きかった。だから強かった。」
「じゃあ、感情は誰でも使えるの?」
「ああ。魔法属性には関係ない。誰でも持っている」
「火属性とか水属性とか、そういうのがないと使えないとかじゃないの?」
「ない。属性は関係ない。感情は、魔法属性がある人も、ない人も持っている」
「……ぼくも?」
「お前が今、悲しいと感じているなら——それが証明だ」
子どもが少し止まった。
黙っていた。
「……悲しい、かも。からかわれて、悲しかった。魔法が使えなくて、悲しかった」
「それが感情だ」
「これが感情……」
「ある」
「……そっか」
子どもの顔が、少し変わった。
明るくなった、というより、何かが緩んだ。力が抜けた顔になった。
「ぼく、感情は持ってるんだ」
「持っている」
「魔法は使えないけど、感情は持ってるんだ」
「そうだ」
「それって、なんか……いいかも」
「いいことだ。悲しいと感じられることは、大切なものがある証明だ。大切なものがあることは、大事なことだ」
「大切なものがあると、悲しくなるの?」
「大切なものが傷つく時に悲しみが来る。大切なものがなければ、悲しまない。だから、悲しめることが、大切なものがある証拠になる」
「……なんか、難しいけど。なんとなくわかった」
「わかったなら十分だ」
子どもが立ち上がった。
「ありがとう。なんか、大丈夫な気がしてきた」
「他に何かあれば言ってくれ」
「うん。おにいさん、魔法使いなの?」
「そうだ」
「すごい魔法使いなの?」
「……そう言われることがある」
「でも、感情を使えるようになるのに時間がかかったの?」
「かかった。長くかかった」
「そっか……じゃあ、ぼくも魔法、時間かかってもいいかもな」
「そうだ。かかってもいい」
子どもが走っていった。
他の子どもたちの方向に向かって走っていった。さっきより速く走っていた。
「ゼノさん」
「何だ」
「……すごく良いこと言いましたね」
「事実を述べただけだ」
「それが良いんですよ」
「何が良いんだ」
「事実を述べているのに、あの子の顔が変わった。ゼノさんが本当のことを言ったから、あの子に届いた」
「本当のことを言っただけだ」
「それが一番難しいことなんですよ。本当のことを、本当のこととして言える人が、少ないから。ゼノさんはそれができるんですよ。……感情が一番難しくて、一番強い魔法だった、でしたっけ」
「ああ」
「あの言葉、どこから来ましたか?」
「確認したら来た。感情がなかった時と、感情が来た時の違いを確認してきた。その結果として来た言葉だ」
「本当のことですね」
「そうだ」
「あの子に伝わったと思います。難しくて強い魔法を、自分も持っているって」
「持っている。悲しいと感じていた」
「ゼノさんが確認したから、あの子が確認できた」
「俺が確認することが、誰かの確認に繋がることがあるのか」
「あります。今日みたいに」
「……感情という魔法、か」
「ゼノさんの旅の題名がつくとしたら、そういう言葉になりそうですね」
「俺の旅に題名をつけるとしたら、という話か」
「そうです。どうですか」
「……悪くない」
「悪くない、ですか」
「何だ」
「また悪くないが来ましたね」
「最上の評価だ」
「ゼノさんの最上は悪くないですよね」
「そうだ」
「でも、それ以上の言葉が来る日もありますよね。最近」
「来ることが増えた。言語化が追いつかない場合が多いが」
「それでいいですよ。来ていれば、いつか言語化できます」
「そうだな」
村の端を歩いた。
さっき子どもがいた石が見えた。今はいなかった。
「あの子、また来るかもしれないですね」
「来たら話す」
「来なくても、大丈夫だと思います。もう顔が変わっていましたから」
「変わっていたな」
「ゼノさんが言葉をかけたから変わりました」
「事実を述べたから変わった」
「その区別、ゼノさんには大事なんですね」
「大事だ。俺が言葉をかけたから変わったという評価は正確ではない。事実が伝わったから変わった、が正確だ」
「でも、ゼノさんが伝えなければ伝わらなかったんですよ」
「……そうかもしれない」
「ゼノさんって、こういうことが自然にできますよね」
「こういうこと、とはどういう意味だ」
「子どもに向き合うこと。しゃがんで目線を合わせて事実を言うこと」
「しゃがんだのは目線を合わせる方が話しやすいからだ。合理的な判断だ」
「合理的な理由があっても、やらない人は多いですよ」
「そうか」
「やったから、伝わりました。ゼノさんが動いたから、あの子に届いた」
村の光が変わった。夕方の色になった。
「行きましょうか。食事の時間になります」
「ああ」
「……ゼノさん」
「何だ」
「今日、良い日でしたよ」
「どういう意味だ」
「あの子に届いたし、ゼノさんが大切な言葉を言えた日だから。感情が一番難しくて、一番強い魔法。それを言えた日ですから」
「言えた日、か」
「そうです。言えた日でした」
「……そうだな」
そう話しながら。二人で宿に向かった。
――感情が一番難しくて、一番強い魔法。
それがゼノが出した事実で、最も合理的な答えだった。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
遂に最終話を迎えました!
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!!
エピローグ一本、明日投稿します!
これからは、番外編として六人の人格に焦点を当てた話などちょくちょく書いていこうと思います!
また別の物語も書いていこうかなと思っているので、これからもよろしくお願いします!
ではまた!




