感情を知った転生者
エピローグ!!
夜明け前、エリナがまだ眠っていた。
外に出ると、地平線の向こうが少し明るくなり始めていた。
ゼノは空を見ていた。
円卓に入った。
ウェントス、イグニス、テラ、ルミナ、アクア、ノクス。
全員がゼノが来るのを待っていたような顔をしていた。
「ねえゼノ、今どんな気持ち?」
ノクスが聞いてきた。
ゼノは少し考えた。今、自分に来ているものを確認した。
「……全部ある」
「全部って?」
「喜びも、怒りも、信頼も、愛情も、悲しみも、恐怖も。全部ある」
「全部来てるんですね」
テラが言った。
「来ている。ただ——」
「ただ?」
「全部が——あって良かったと思っている」
広間が静かになった。
六人が静かに微笑んでいた。
それぞれの笑い方で笑っていた。ウェントスが嬉しそうに笑っていた。イグニスが横を向きながら、口元だけ動いていた。テラが穏やかに目を細めていた。ルミナが金色の瞳を細めていた。アクアが静かに笑っていた。ノクスが、珍しく柔らかい顔をしていた。
「あって良かった、ですか」
「全部来た時は、受け取れるかどうかわからなかった。今は、受け取れた。受け取れた上で、あって良かったと思っている」
「それが答えですね」
「答えか」
「ゼノ君が出した答えです。誰かが教えたのではなく、ゼノ君が来たものを受け取ってきた結果として来た言葉だから」
「ゼノ、笑えてる?」
ウェントスが聞いた。
「……たぶん」
「たぶん、か」
「来ている気がする。来ているから出ているかもしれない。確信はないが、たぶん笑えている」
実際に、少し笑った。
ぎこちなかった。以前の円卓で笑った時と同じだ。ぎこちなかったが、来たから出た。
「まだぎこちない」
「十分さ」
イグニスが言った。
横を向いていなかった。珍しかった。ゼノの方を向いていた。素直な声だった。
「十分、か」
「ぎこちなくても本物なら十分だ。計算で出した笑いより、ぎこちなくても来た笑いの方が本物だ」
「イグニスが素直に言ったな」
「うるさい」
「横を向かなかった」
「うるさい!」
「あなたなら大丈夫、って言い続けてよかったです」
テラが言った。
「何度言ったか、確認していないが」
「数えていません。でも、ずっと言い続けました。今日も言います。あなたなら大丈夫ですよ、ゼノ君」
「今日も言うのか」
「これからも言います」
「……受け取った」
「ありがとうございます」
「ゼノくんが完成していく姿、ずっと見ていたわ」
ルミナが言った。
「感情を取り戻していく姿が、完成していく姿に見えた。最初にわたくしが来た時から、ずっと見ていた。今日のゼノくんが、あの時より完成に近い」
「完成、とはどういう状態だ」
「難しい言葉を使ってしまったわね。完成というより——ゼノくんがゼノくんになっていく姿、という方が正確かもしれない」
「俺が俺になっていく」
「そうよ。感情を封じていた時のゼノくんは、ゼノくんの一部だった。感情を取り戻してきた今のゼノくんの方が、全部のゼノくんに近い」
「全部の俺に近い、か」
「まだ途中だと思うけど。でも、近くなってきた」
「途中でいいのか」
「途中でいいわ。完全にならなくていい。途中であることが、これからがあるということだから」
「これからも、見ています。ゼノさん」
アクアが言った。静かな声だった。
「一番奥から、か」
「一番奥から、ではなくなりました。ゼノさんが向き合ってくれたから。一番奥にいる必要がなくなった。今は、他のみんなと同じ場所にいます」
「そうか」
「はい。ここにいます。これからも」
「……ボクも。ずっと」
ノクスが言った。
短かった。だが、確信があった。
「怖さを知っているから、ずっといるのか」
「そうだよ。失いたくないものがある人間が、一番粘れる。ボクはゼノのそばにいることを失いたくない。だからずっといる」
「ノクスが失いたくないものがあるのか」
「そうだよ。悪いかな」
「悪くない」
「……ならいい」
「……ありがとう。全員」
来た言葉だった。計算で出した言葉ではなかった。全員を見ていたら来た。来たから言えた。
「どういたしまして」
六人が口を揃えた。
声が重なった。六人が同時に言った。
円卓から意識が戻った。
地平線が橙色になり始めていた。暗かった空が、少しずつ変わっていった。
ゼノは空を見続けた。
足音がして振り返ると、エリナがいた。
「早いですね。いつから起きてたんですか?」
「夜明け前から」
「そうですか。何見てるんですか?」
「空を」
「きれいですね」
エリナが言った。夜明けの橙色の空を見ながら言った。
「……ああ。きれいだと思った」
「え?」
「きれいだという感覚が来た。はっきりと。今まで来なかったわけではない。ただ、今は——はっきりと来た。空がきれいだ、という感覚が迷わずに来た」
「はっきりと来たんですか」
「ああ」
「……よかったです」
エリナが言った。
声が違った。少し詰まっていた。
目が潤んでいた。
「なぜ泣いているのか」
「嬉しくて」
「空がきれいだと感じたことが、なぜ嬉しいんだ」
「ゼノさんが、きれいだと思えたから。感動できたから。そういう感覚が来たから。ずっと、来ればいいなって思っていたからです」
「ずっと思っていたのか」
「はい。学園の時から、旅の間ずっと。ゼノさんが空を見てきれいだって思える日が来たらいいなって」
「……そうか」
ゼノはエリナを見た。
目が潤んでいた。泣きながら笑っていた。
その顔を見た時に、何かが来た。
「……お前が泣くと、俺も——何かが来る」
「それ、何ですか?」
「……もらい泣き、というものかもしれない」
「ゼノさんが、もらい泣きを……」
「おかしいか」
「おかしくないです」
笑いが続いていた。泣きながら笑っていた。
「嬉しくて。ゼノさんがもらい泣きをするなんて」
「来たから言えただけだ」
「そうですよね。来たから言えた。それがゼノさんです」
「おかしい言い方をしたか」
「全然おかしくない。すごく嬉しいです」
二人で並んで空を見た。
夜明けが進んでいた。橙色が広がっていた。
ゼノは空を見ながら、来ていたものを確認した。
俺はかつて、感情を弱さだと思っていた。
感情があったから間違えると思っていた。だから封じた。だから持たないようにした。
でも——違った。
感情があったから、大切な人ができた。感情があったから、守りたいものができた。感情があったから、失いたくないと思えた。感情があったから、今ここにいる。
感情は弱さではなかった。
感情は——一番難しくて、一番強い魔法。
俺はまだうまく使えない。ぎこちない。計算が追いつかない。
それでも——持っていて、よかった。
「……ゼノさん、笑ってる」
エリナが言った。
声が止まっていた。気づいた、という声だった。
「……そうか」
「うん。笑ってる。すごく、いい顔です」
ゼノは確認しなかった。
確認しようとして、しなかった。
いい顔かどうかを確認する必要がなかった。
「……そうか」
今度は、少し照れているように聞こえた。
エリナが「また同じ言葉を言いましたね」と笑った。
「同じ言葉しか来なかった」
「それでいいですよ」
「そうか」
「また来た」
夜明けの空が完全に来た。
光が広がった。橙色から金色に変わっていった。
「ゼノさん」
「何だ」
「今日も、いい日ですよ」
「今日は何があったわけでもないが」
「それでもいい日です。ゼノさんが空をきれいだと思えた日だから。笑えた日だから。もらい泣きという言葉を使えた日だから。全部がいい日の理由です」
「一日の中で複数の理由が来たのか」
「来ましたよ。これからも来ると思います。毎日、少しずつ」
「毎日来るのか」
「来ると思います。ゼノさんが変わり続けているから。止まっていないから」
「止まる理由がない」
「そうですよ」
二人が並んで夜明けの空を見ていた。
光が広がり続けていた。
ゼノはまだ笑っていた。
ぎこちなかった。でもそれは本物だ。
それで十分だった。
まだうまく使えなかった。
まだぎこちなかった。
それでも——持っていて、よかった。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
これから更新頻度が落ちていくと思いますが、よろしくお願いします!
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ではまた!




