第113話 また会う日まで
王都での休息が終わった。
王国への報告を済ませ、旅の許可証が手渡された。必要な支援の手配が確認された。
全部が整い、次に向かう準備が来た。
それが同時に、それぞれが動き始める日になった。
朝に、全員で食事をとった。
特別な食事ではなかった。いつもと同じ食堂で、いつもと同じように食べた。
ただ、全員がわかっていた。今日が一緒に食べる最後の朝になるかもしれないことを。
誰も言わなかった。
食事をとりながら話した。レオンがいつも通り笑いながら食べていた。ライナスが少し静かだった。セレンがいつも通り食べていた。エリナが全員を見ていた。
食事が終わった後、荷物の整理を始めた。
宿の前に出ると、空が晴れていた。
「俺、一度実家に帰る」
レオンが言った。
「実家に」
「兄貴に直接話す。手紙だけじゃなくて、直接会って話したい。旅で変わったことを、全部じゃなくていいけど、言いたいことがあってな」
「兄への手紙を書いていたな」
「書いた。でも、書いてから思った。やっぱり直接言いたいって。顔を見て言いたいって」
「それから、また冒険者に戻るのか」
「そうだな。実家に帰ってから、また動く。どこに行くかは決めていないけど」
「そうか」
「お前と旅できて、よかった。本当に」
「俺もだ」
「それだけか」
「それだけではない。ただ、まだ全部言語化できていない。よかったという評価は確実だ」
「十分だよ」
「……レオン」
「何だ」
「感情が燃料になることを、レオンから学んだ。俺の最初の例だった」
「また言ってくれたな」
「事実だから言った」
「……ありがとう。そういうことを言ってもらえると、実家に帰って話しやすくなる。俺が変わってきたことが、言葉として確認できた気がするからな」
「感情ないとか言ってたくせにか」
ゼノがそう言うと、レオンが笑いながら言った。
「お前が一番感情豊かだったよ。今日まで来てみたら」
「感情豊か、か」
「豊かかどうかはわからないけど、本物だった。全部本物だった。怖かったって言えた時も、大切だって言えた時も。全部本物だった。それが一番だよ」
レオンが手を伸ばした。
手を差し出していた。握手の形だ。
ゼノは少し迷った。
迷ったという感覚が来た。どうするかを処理しようとした。
手を伸ばし、握り返した。
レオンの手が強かった。
ゼノも握り返した。
「また会おうな」
「ああ」
「今度会う時、お前が笑えてたら最高だな」
「……努力する」
「努力するって言うとこが、ゼノだよ。変わらないとこもある。それがいい」
「ああ。……ライナス」
ライナスが来た。少し目が潤んでいた。朝から来ていた潤みだった。
「ゼノさん」
「これからどこに向かうんだ」
「もう少し、冒険者として経験を積みます。いろんな場所に行って、いろんな戦闘を経験して、強くなりたいです」
「目的は強くなることか」
「それだけじゃないですけど、一つはそうです。それから——強くなったら、また一緒に旅したいです。ゼノさんたちと」
「待っている」
ライナスが止まった。
「……ゼノさんに、待っているって言ってもらえるとは思いませんでした」
「なぜだ」
「学園の頃のゼノさんが、誰かを待っているって言う場面が、想像できなくて。でも言ってくれました」
「言えるようになったな」
「そうですよね。変わりましたよね」
「泣きそうな顔をしているが」
「泣きそうです。嬉しくて。待ってもらえると思ったら、また会いたいって気持ちが強くなって」
「また会う」
「はい。絶対に」
「ライナス」
「はい」
「信頼してくださいと言えた日から、今日までの変化を、俺は見てきた。記録していた」
「ゼノさんらしい」
「臆病だと言っていたライナスが、前に出られる理由を持つようになった。それが俺には一番の変化だった」
「ゼノさんに言ってもらえると、本物の変化だって思えますね」
「本物だ。俺は嘘をつかない」
「知っています。だから嬉しいんです……!」
「……セレン」
セレンが来た。いつも通りの静かな顔だった。
「ゼノさん」
「次は何をするんだ」
「水の研究をしたいと思います」
「水の研究、か」
「はい。感覚を言語化しようとするのをやめたという話をしましたよね。でも、感覚でわかることを誰かに伝えたいとは思っています。言語化じゃなくて、感覚でわかる人に伝えることをしたくて」
「どういう意味だ」
「感覚を持っている人に、感覚を通して伝える。言葉じゃなくて、やってみせることで伝える。そういう方法があると思っています」
「感覚から感覚へ、か」
「そうです。それをやりたい。だから水の研究を続けながら、誰かに伝える方法を探します」
「……合理的だ」
「え?」
「セレンのやり方に合った目標だ。言語化しようとする方向ではなく、感覚のまま動く方向を選んだ。それはセレンらしい」
「ゼノさんに『セレンらしい』って言ってもらえるのが一番嬉しいです」
セレンが笑った。
静かな笑いだったが、嬉しさが出ていた。
「なぜ一番なんだ」
「ゼノさんって、観察してきたじゃないですか。全員を。だから、ゼノさんが『お前らしい』って言う時は、ちゃんと見てきた上で言っている。それが嬉しいんです」
「観察してきた」
「はい。記録していたんですよね。全員のことを」
「していた」
「それが嬉しかった。見てもらえていたから」
「セレン」
「はい」
「川を見ながら話した夜のことを覚えているか」
「覚えています。感覚の話をした日ですよね」
「あの夜、セレンの感覚が武器だと言った。それは今も変わらない」
「変わらないですよね」
「変わらない。どこに行っても、その武器は持っていける」
「……ありがとうございます。行ってきます」
「ああ」
三人が動き始めた。
レオンが荷物を背負って、「また会おう!」と手を振りながら歩き始めた。
ライナスが「行ってきます!」と言って、振り返りながら歩いた。
セレンが静かに頭を下げて、歩いていった。
ゼノは三人の背中を見ていた。
レオンの背中が遠くなった。大きな背中だった。感情が燃料になることを、最初に教えてくれた背中だった。
ライナスの背中が遠くなった。小さく見えた。信頼してくださいと言いながら前に出た背中だった。
セレンの背中が遠くなった。川を見ながら感覚の話をした、静かな背中だった。
「見送るって、こういう感じなんですね」
エリナが隣に来た。
「……来たものがある」
「どんな感じですか?」
「整理できていない。ただ、来ている。悲しいとも違う。寂しいという感覚に近いかもしれない」
「寂しいって言えたんですね」
「言えたか」
「言えましたよ。寂しいに近いかもしれないって」
「来たから言えた。来たものを確認したら、言葉が来た」
「それが変化ですよ」
「……レオンが言っていた」
「何を言っていたんですか?」
「感情ないとか言っていたくせに、お前が一番感情豊かだったと」
「そう思います」
「同じ評価か」
「はい。本物だから豊かに見えると思います。計算で出した感情じゃなくて、来たものが出ているから」
「来たものが出ている」
「そうです。それが豊かということだと思います」
「……そうか」
三人の背中が見えなくなった。
王都の道の先に消えていった。
ゼノはしばらくそこに立っていた。
「……ゼノさん」
「何だ」
「全員、また会えますよ」
「レオンが言っていた。また会おうと」
「会えます」
「根拠は」
「根拠はないですけど。でも、会えると思います。感覚です」
「セレンに影響されているのか」
「されていますね。感覚も大事だと思うようになりました」
「そうか……」
「ゼノさん、次はどこに行きますか?」
「決めていない」
「決めていないんですか?」
「どこにでも行ける。王国の許可が出た。急ぐ理由もない。今日は決めなくていい」
「そうですね」
「どこに行きたいか、エリナはあるか」
「どこでもいいですよ。ゼノさんと一緒なら」
「それが理由になるのか」
「なります。当然じゃないですか」
「当然、か。エリナが当然と言う時、俺にはまだ当然に感じられない場合がある。だが、そうかもしれないという感覚は来るようになってきた」
「少しずつですよ。急がなくていいです」
三人が消えた方向を見た時、来たものがあった。
寂しいに近い何かが来ていた。
同時に、エリナがそばにいることで来るものがあった。
悪くないでは足りない何かが来ていた。
「……行くか」
「どこにですか?」
「今日は街を歩く。次の場所を探す前に、今日がある」
「……そうですね。今日がありますよね」
「ああ」
そう言って二人で歩き始めた。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次回、最終話です!
ではまた!




