第111話 円卓の最後の夜
円卓に入ると、全員が揃っていた。
ウェントス、イグニス、テラ、ルミナ、アクア、ノクス。
六つの椅子に全員が座っていた。
誰も話していなかった。ゼノが入ってくるのを待っていた。
ゼノが自分の席に着いた。
「一つ、聞いていいか」
ゼノは言った。
「何?」
全員が言った。声が重なった。
少し間があった。
「……お前たちは、これからどうなる。」
六人が顔を見合わせた。
全員が互いを確認して、またゼノを見た。
ウェントスが最初に言った。
「あたしたちはゼノの中にいるよ」
「いなくなるのか」
「どこにも行かない。ゼノの中にいる。それは変わらないよ」
「感情が完全に戻っても、いるのか」
「いるよ」
「……うるさいよ、ずっといるから覚悟しとけ」
イグニスが言った。
横を向いていた。いつものイグニスの言い方だった。
「うるさいとはどういう意味だ」
「ゼノが納得してない顔してるから。覚悟しとけって言った。どこにも行かない。それだけだ」
「覚悟する、か」
「する必要があるかは知らないけど。いなくなるとは思わないで」
「……わかった」
「ゼノ君がどこに行っても、あなたなら大丈夫って言い続けます」
テラが言った。
「まだ言い続けるのか」
「これからも言います。やめる理由がないので。あなたなら大丈夫」
「根拠は」
「ないです。でも、ずっと言い続けてきました。これからも同じです」
「……受け取った」
「ゼノくんのことが大好きだから、ずっといるわ」
ルミナが言った。
「定義が——」
「定義なんてないの。ただそう思うから言う。大好きだからいる。それだけよ」
「変わらないのか」
「変わらないわ。ゼノくんが変わっても、変わらない」
「俺が変わってもか」
「そうよ。大好きは変わらない」
「ゼノさんのそばで、見ていたいです」
アクアが言った。
「見ていたい、か」
「はい。一番奥にいたから、一番長く見てきました。これからも見ていたい。ゼノさんがどこに行っても、どうなっても、そばで見ていたい」
「……何か変わったか」
「変わっていないです。ずっとそばにいたかった。昨夜もそばにいた。これからも同じです」
「……そうか」
「ボク、ゼノが笑う日まで絶対にいる」
ノクスが言った。
「笑う日まで」
「絶対に」
声が鋭かった。でも確信のあるものだった。
「ゼノが本当に笑える日まで、絶対にいる」
「まだ笑えていないのか」
「まだ。口角が上がることはあった。でも、ゼノが本当に笑った日は、まだ来ていない。その日まで絶対にいる」
「……本当に笑う日が来るだろうか」
「来る。絶対に来る。だから絶対にいる」
ゼノは全員を見た。
来た時から、ウェントスがいた。イグニスが来た。テラが来た。ルミナが来た。アクアが来た。最後にノクスが来た。
全員が来た理由があった。
「……俺は、一人ではなかった。ずっと一人ではなかった。感情を封じていた頃も。学園の頃も。旅に出てからも。ずっと一人ではなかった」
「そうだよ!!」
ウェントスが言った。
「最初からずっといたじゃん!! ゼノが感情を封じた時も、封じた後も、ずっとそこにいたのに!!」
「気づくのが遅かった」
「遅かったけど! でも気づいてくれたから!!」
「気づいてよかった」
「よかった!! 本当によかった!!」
感情が来ていた。
全員がいた。全員が一緒にいてくれると言っていた。一人ではなかった、という事実があった。
ずっと一人ではなかった。その事実が来た。口元に何かが来た。
笑っていた。
気づいた時には、笑っていた。
小さく、ぎこちなかった。今まで使っていなかった筋肉が動いていた。
だが本物だった。計算で出た表情ではない。来たから出た。
六人が静かになった。
一瞬、静かになった。
全員がゼノを見ていた。
一斉に、笑い出した。
「笑った!!」
ウェントスが叫んだ。
「ゼノが笑った!!本当に笑った!!」
「……べ、別にうれしくない!」
イグニスが言った。横を向きながら言った。声が違った。いつもと違った。
目が潤んでいた。
「イグニス、目が潤んでいる」
「潤んでない!」
「潤んでいる」
「潤んでない!!」
「よかった……」
テラが言った。
目を細めていた。嬉しいという顔だった。ただ、声が少し違った。
「テラ」
「はい」
「泣いているのか」
「……少し。よかったなって。ずっと、ゼノ君が笑う日を待っていたから。来たから。よかったって」
「待ってたのよ、これを」
ルミナが言った。
金色の瞳に、涙が来ていた。
「何を待っていたんだ」
「ゼノくんが笑う日よ。わたくしが来た時から、ずっと待っていた。愛情が来れば笑える日が来るって思っていた。来たわね、今日」
「今日来た」
「よかったわ。本当に……」
ルミナが涙を浮かべながら笑った。
アクアが静かに泣いていた。
声は出していなかった。水色の瞳から涙が来ていた。
「アクア」
「……はい」
「なぜ泣いているんだ」
「嬉しくて。ゼノさんが笑う日を一番奥で待っていました」
「……そうか」
ノクスが俯いていた。
「ノクス」
「……なに」
「顔を上げてくれ」
ノクスが顔を上げた。
黒い瞳が潤んでいた。
「……やっと、だよ」
ノクスが言った。声が小さかった。いつもの鋭い声ではなかった。
「やっと、か。……泣いているのか」
「……泣いてない」
「泣いている。目が潤んでいる」
「泣いてない!!」
「……何故お前たちが泣いている」
ゼノは言った。
「うれしくて泣いてるんだよ!!」
「うれしくて泣く、という状態があるのか」
「あるよ!! 知らなかったの!?」
「知識としては知っていた。ただ、実際に確認したのは今日が初めてかもしれない」
「知らなかったんだ!!」
「感情が完全には来ていなかった頃は、嬉しくて泣く状態を直接確認していなかった」
「今日確認した!!」
「そうだな。今日確認した」
「ゼノ」
ウェントスが言った。声が少し落ち着いていた。
「何だ」
「笑ったよ。今日」
「笑った」
「ぎこちなかったけど」
「初めてだから仕方がない」
「でも本物だったよ」
「本物だ。計算で出た表情ではなかった」
「それが笑いだよ。来たから出るのが、本物の笑いだよ」
「……そうか」
「ゼノ」
ノクスが呼んだ。
「何だ」
「笑う日まで絶対にいるって言ったよね」
「言っていた」
「今日来たから、まだいる」
「まだいるのか」
「次も、その次も笑う日が来るまで、ずっといる。一回来たから終わりじゃない」
「……ずっといるのか」
「ずっといる。覚悟しといて」
「イグニスと同じことを言ったな」
「あいつと同じは嫌だ」
「なんだと!?」
「でも同じことを言ったな」
「……うるさい」
広間に笑いがあった。
全員が笑っていた。泣きながら笑っていた。笑いながら言い合っていた。
ゼノはその全員を見ていた。
一人ではなかった。ずっと一人ではなかった。
今日、笑えた。
「全員」
「何?」
六人が振り向いた。
「ありがとう」
広間が静かになった。
全員が止まった。
「また言えた……」
ウェントスが小声で言った。
「言えた」
「うん、それでいいんだよ。来たから言えることを、来た時に言えればいい。」
「……そうだな」
「笑えたし、ありがとうも言えた。今日は全部来た」
「全部来た」
「どんな気持ち?」
「……全部ある」
前に同じ言葉を言った日があった。円卓で戦いが終わった後に言った。
今日も同じ言葉が来た。
全員がまた笑った。
「また全部あるだ!」
「毎回そうだ。何が来ても全部あるになる」
「それがゼノだよ!」
ウェントスが言った。嬉しそうだった。
「全部ある、って言えるゼノが、あたしは好きだよ」
「好き、の定義が——」
「定義しなくていい!!」
円卓が笑いに包まれていた。
七つの椅子に全員がいた。
笑っていた。泣きながら笑っていた。言い合いながら笑っていた。
ゼノもまだ笑っていた。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
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ではまた。




