第109話 それぞれの今
戦いが終わって、三日が経過していた。
ゼノたちは王都での休息が続いていた。
消耗した魔力が戻っていき、各自が自分のペースで過ごしていた。
ゼノは情報の整理をしていた。今後どこに向かうか、何を目的にするか。だが、急いでいなかった。
宿で整理していると、レオンが来た。
「何か用か」
「用というか、話したくてな」
「……座ってくれ」
そう促すと、レオンはゼノの前に座った。
「……俺さ、手紙を書いたんだ」
「誰にだ」
「兄貴に」
ゼノは地図から目を上げた。
「兄への手紙か」
「旅に出てから初めてだよ。というか、ちゃんとした手紙を書いたのが初めてかもしれない」
「何を書いたんだ」
「旅のこと。みんなのこと。戦いのこと。色々書いた。その中で、一番書きたかったのがあってな」
「何をだ」
「負けたくないとか、比べられるとか、そういうことどうでもよくなったって書いた。俺は俺でいいってな」
「どうでもよくなったのか」
「ああ。旅に出てから、徐々に変わってきてさ。魔王のこともあって、改めて思ったんだ。俺が守りたいものがあって、守りたいから動いた。それが俺の話で、兄貴との比較は関係なかったんだ」
「それはよかった」
「お前に言われると、なんか本物な感じがするな」
「なぜそう感じるんだ」
「お前って嘘つかないじゃないか。よかったって言った時、本当にそう思ってるって伝わるからな。社交辞令でよかったって言う人のそれとは違う」
「社交辞令で言ったことがないから、区別がつかないが」
「だからだよ。社交辞令がないから、言葉が本物なんだよ」
「兄への手紙に、返事が来ると思うか」
「わからない。来るかもしれないし、来ないかもしれない。ただ、書いたことが大事だったと思う。書けなかった時間が長くて、書けたことが変化の証明だ」
「変化の証明か」
「そう。ゼノが俺たちの変化を確認してきたみたいに、俺も自分の変化を確認した。手紙を書けた、というのがその証明だ」
「俺から学んだのか」
「学んだよ。ゼノと旅して、変化を確認することを覚えた。事実として確認することを」
「……レオン」
「何だ」
「俺もレオンから学んだことがある」
「俺から?」
「感情的な理由で動いていい、ということ。お前はいつも感情で動いていた。それが合理的だと思えなかった時期があったが、今は違う。感情が力になることを確認できた。その最初の例が、レオンだった」
「俺が最初の例か……なんか、それは嬉しいな」
「なぜ嬉しいんだ」
「お前に例として認められたから。お前が何かを確認する時の基準に、俺が入ってたってことだろ」
「そうだ」
「……それが一番嬉しいかもしれない」
翌日、ライナスが来た。
廊下でゼノが通りかかった時に、話しかけてきた。
「ゼノさん、少しいいですか?」
「ああ、どうした」
「話したいことがあって」
「話してくれ」
「……俺、このまま冒険者を続けます」
「そうか」
「まだ決めてなかったんですよ、ちゃんとは。旅に出た時、成り行きみたいな部分があって。でも今日、ちゃんと決めました」
「なぜ今日決めたんだ」
「魔王城のこと、考えていたんです。眷属に囲まれた時に、怖かったです。でも、それが続けたい理由になってる気がして」
「怖かったから続けたい、ということか」
「そうです。怖いけど、怖いから続けたい。怖さを知ってるから、怖さを乗り越えた時に何かが来る。その感覚が好きだと思いました」
「……理解できる」
「え?」
ライナスが少し止まった。
「恐怖を知っているから粘れる、という話があった。怖さがあるから動けるということを今日の俺は理解している。ライナスの言っていることと繋がっている」
「ゼノさんに理解してもらえると、すごく心強いです」
「なぜだ」
「ゼノさんって、わからないことはわからないって言うじゃないですか。だから理解できるって言ってもらえると、本当に理解してもらえたって思えます」
「嘘をつかないから、か」
「そうです。レオンさんも同じこと言ってましたよね」
「言っていたな」
「ゼノさんは、これからどうするんですか?」
「旅を続ける。王国の許可が出た。どこにでも行ける」
「そうですか」
「……ライナス」
「はい」
「信頼してください、と言えたことを覚えているか」
「覚えています。あの時の話ですね。眷属の前で」
「あの時のライナスが、今のお前の出発点だと思っている。信頼してくださいと言えた瞬間が、今に繋がっている」
「そうですね。あの時、言えてよかったです」
「俺もよかったと思っている。行けと言えた。あの時から、何かが変わった」
「互いに変わった、ということですか」
「そうだ。お前が変えてくれた部分がある」
「ゼノさんに言ってもらえると、続けていけます。これからも」
「続けていけるだろう。怖さを知っているなら」
夕方、気分転換に外を歩いているとセレンと会った。
王都の外れに小さな川があった。セレンがそこにいた。
「来ていたのか」
「はい。水を見ていました」
「感覚の確認か」
「少し違います。ただ、見ていたかったから見ていました」
「理由がなくても、か」
「はい」
「……セレン、今後どうするか決まっているか」
「はい」
「そうするんだ」
「わたし、感覚を大切にしようと思います。言語化しようとするのをやめます」
「やめる、か」
「旅の途中で、言語化しようとすると感覚が消えることを確認しました。ゼノさんと話して、感覚がわたしの武器だと言ってもらえた。だから、言語化しようとすることをやめます。感じたまま動く。それがわたしのやり方だと決めました」
「決めたのか」
「はい。やめようとするのも違うし、しようとするのも違う。ただ、感じたままでいることを選びます」
「セレンのやり方が正しい。俺が学んだ」
「俺が学んだ、ってどういう意味ですか?」
「感覚による判断を否定しないことを、セレンから学んだ。最初は感覚では確認できないという判断をしていた。セレンが感覚で動く場面を見て、感覚が正確な場合があることを学んだ。俺の判断に、セレンの存在が影響した」
「そうですか……」
「おかしいか」
「おかしくないですけど。ゼノさんから学んだって言われるより、ゼノさんに学んだって言われる方が嬉しいですね」
「どういう意味だ」
「ゼノさんが俺たちから学んでくれている、ということが嬉しいんです。一方的じゃなかった。お互いに、ということが」
「……セレン」
「はい」
「セレンの感覚は、旅の中で何度も正確だった」
「そうでしたか?」
「ああ。セレンの感覚が来た場面と、実際の状況が一致した場面を記録していた。精度が高かった」
「記録していたんですね」
「確認することが基本だから」
「ゼノさんらしいですね。ありがとうございます。記録してもらえていたこと、嬉しいです」
「礼は——」
「受け取ってください」
「……受け取った」
「ゼノさんって、受け取り方を覚えてきましたよね」
「レオンにも言われた」
「みんなが言っているんですね」
「変化として確認できているのかもしれない。外から見える変化が、全員に共通している」
「そうだと思いますよ」
「川を見ていてわかるか。変化が」
「少し。流れ方が変わっています。最初の頃と、今の頃と、ゼノさんの流れが違います」
「感覚か」
「感覚です。でも確かだと思います」
「……そうか」
川の音が静かに響いていた。
「セレン」
「はい」
「感覚で来たことを、そのまま言ってくれるか。今のこの場所で来ていることを」
「いいですか」
「聞きたい」
セレンが少し間を置いた。
「……穏やかです」
「何が」
「ゼノさんが隣にいて、川があって、穏やかです。それだけです」
「言語化できたな」
「少しだけですが」
「少しだけでいい。感覚が来て、言葉が来た。それで十分だ」
「……そうですね」
全員が今日という日を過ごしていた。
レオンが手紙を書いた。ライナスが決めた。セレンが感覚を選んだ。
それぞれが、自分の今を持っていた。
ゼノはその全部を確認していた。
一人一人が変わってきた。
一人一人が、自分のやり方を持っていた。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




