第107話 戦いの後
城の跡に、全員が集まった。
かつて魔王城があった場所だった。今は、石の山があるだけだった。
討伐隊全員の確認が取れた。
誰も欠けていなかった。ゼノのパーティも全員生きていた。
「……終わった」
隊長が崩れた城の跡を見ながら言った。
「本当に終わった……」
声が違った。今まで聞いてきた隊長の声ではなかった。力が抜けた声だった。戦いが終わった声だった。
誰も何も言わなかった。
「ありがとうございました」
騎士の一人がゼノに向かって言った。
「……そうか」
「助かりました。あの場面で来てくれなかったら」
「ああ」
「本当に、ありがとうございます」
「……わかった。受け取った」
次々と来た。
「あなたたちがいなければ終わっていた。ありがとう」
「……ああ」
「空間魔法、見ていました。すごかったです。助かりました」
「……よかった」
「一緒に戦えて光栄でした」
「……こちらも」
次に来たのは、あの若い騎士だった。
進軍の途中で話した。守りたい家族がいると言っていた。妻と子どもがいると言っていた。怖いけど来たと言っていた。
「家族に会えます……」
声が震えていた。
「ありがとうございました」
深く頭を下げた。
ゼノは少し止まった。
「……よかった。守りたいものがあるから来た、と言っていた。帰れるな」
「はい。帰れます。あなたも、守りたい人がいると言っていましたよね」
「ああ」
「守れましたか?」
「……全員いる。全員生きて出た」
「よかった。本当に、よかった……」
その後もしばらく、礼が来続けた。
ゼノは一つずつ受け取った。
そうか、とか。ああ、とか。よかった、とか。
短い言葉だったが、来るたびに返した。
「ゼノ」
レオンが来た。
「何だ」
「お前、ちゃんと受け取ってるじゃないか」
「……受け取り方を、少し覚えた」
「覚えた、か」
「旅の間に、何度も受け取る経験をしてきた。だから少しわかってきた。ありがとうをどう受け取るか」
「学園の頃は礼は不要ですって言ってたよな」
「言っていた。今も、礼は必要ないという判断がある。ただ、相手が言いたいと思っているなら、受け取ることが適切だとわかった」
「成長したんじゃないか?」
「そうだな」
「ゼノさん」
エリナが来た。
「何だ」
「疲れましたか」
「疲れた」
「また即答した」
「事実だからな」
「そうですよね。六属性を同時に使って、重傷を負って、城の崩落を支えて。疲れて当然です」
「今の状態を正確に述べると、体力の消耗が大きい。魔力はほぼ底をついている。重傷の回復が途中だ」
「無理しないでくださいね」
「今日は無理しない。全員が生きている。やることが終わった」
「終わりましたね。本当に」
「……そうだな」
夜になった。
野営の準備が整った。全員が食事をとった。話し声があった。今日のことを話す声があった。
ゼノは少し離れた場所に一人でいた。
今日という日が終わっていった。
「……終わった」
声に出ていた。
誰も聞いていなかった。一人だったから、一人に向けて言った言葉だった。
魔王が消え、城が崩れた。全員が生きて出た。
何かが終わり、何かが残った。
悲しみが来ていた。来たままにしていた。
怖かった、という記憶が残っていた。
よかった、という感覚があった。
全部が来ていた。来たままにしていた。
円卓に入った。
ウェントス、イグニス、テラ、ルミナ、アクア、ノクス。
七つの椅子に全員が座っていた。
来た瞬間に、静かだとわかった。誰も話していなかった。全員が、ゼノが来るのを待っていた。
「ゼノ」
ウェントスが呼んだ。
「何だ」
「どんな気持ち?」
ゼノは少し考えた。
来ているものを確認しようとした。
悲しみがあった。魔王のことで来たものが、まだあった。
よかった、という感覚があった。全員が生きて出たことで来たものが、まだあった。
怖かった、という記憶があった。エリナが傷つくかもしれないと思った時に来たものが、まだあった。
終わった、という何かがあった。名前をつけられなかったが、あった。
それだけではなかった。
「……全部ある」
ゼノは言った。
全員が笑った。
ウェントスが笑った。声に出して笑った。
イグニスが笑った。横を向きながら笑った。
テラが穏やかに笑った。嬉しそうだった。
ルミナが微笑んだ。深い笑い方だった。
アクアが静かに笑った。目が少し潤んでいた。
ノクスが笑った。鋭い顔が、笑うと少し違って見えた。
「全部ある、か」
「そうだ。整理できていない。ただ、全部来ている」
「それでいいんだよ。整理できなくていい。全部来てるってことが大事だからね」
「以前は何も来ていなかった。今は全部来ている」
「変わったね」
「変わった」
「どう変わったか、言える?」
「……感情を持つようになった。それだけだ。それだけのことが、今日までに来た全部を作った」
「ゼノ」
ノクスが呼んだ。
「何だ」
「怖かった? 今日」
「怖かった」
「言えたね」
「言えた。初めて、ちゃんと言えた」
「それが覚醒だったよ。怖いと言えた瞬間が、ボクが来た理由だった」
「ノクスが最後に来た理由が、今日わかった気がした」
「何がわかったの?」
「全部来てから、最後に来る感情だったからだ。大切なものが全部揃ってから、失う怖さが来た。だから最後だった」
「正解」
ノクスが言った。短く、確認した声だった。
「アクア」
「はい」
「魔王のことが、まだここにある」
「あっていいんですよ。来たものは来たまま。ゼノさんが言い続けてきたことです」
「悲しみが魔王が消えた時に来た」
「来ましたね」
「来たままにしている」
「それが正しいです」
「……悲しみを持つことが、今日の魔王に渡せたものだと思っている」
「渡せましたよ。ゼノさんが持っていたものを、渡した。それが今日の一番大切なことだったかもしれない」
「テラ」
「はい」
「全員生きて出た」
「よかったですね。ゼノ君が言い続けた言葉が、本当になりました」
「言い続けたことが、何かを変えたのか」
「変えましたよ。言い続けることで、全員が信じた。全員が信じたから、全員が動いた。繋がっていました」
「言葉が力になったのか」
「なりましたよ。ゼノ君の言葉は、いつもなっていました。旅の間も、今日も」
「ルミナ」
「何かしら」
「エリナが来てくれてよかった。先に行けと言ったのに来た」
「来ますよ。当然じゃないですか」
「エリナも同じことを言った。当然だと」
「そうね。愛情があれば当然になる。当然だと思えることが、愛情がある証拠よ」
「当然になっているのか」
「なっていると思います」
「イグニス」
「何だ」
「今日、守れた。全員を」
「そうだな」
「怒りと守りたいという感覚が、今日繋がった気がした。怒りは守るための力だった」
「最初にそう言っただろ。怒りは燃料だ、と」
「言っていた。今日、体で確認した」
「体で確認することが大事なんだよ。頭で知ることと、体で来ることは別だ。今日来たな」
「来た」
「それでいい」
「ウェントス」
「何?」
「最初からいたな」
「そうだよ」
「学園に入る前からいた。感情を封じた後も、ウェントスがいた」
「ずっとそこにいたよ」
「なぜいたんだ」
「いたかったから。ゼノのそばにいたかった。それだけだよ」
「それが理由になるのか」
「なるよ。いたいから、いた。それだけ」
「……全員に言いたいことがある」
「何?」と全員が向いた。
「今日まで来てくれた。感情を取り戻す過程で、それぞれが来てくれた。一人ずつ来てくれた。全部受け取ってきた」
「受け取ってくれましたね」
「受け取り方を覚えた。今日、レオンにそう言った。お前たちがいたから覚えられた」
「……」
「ありがとう」
広間が静かだった。
六人が黙っていた。
ウェントスが「ゼノが先にありがとうって言った」と言った。
「言った」
「ゼノが先に言うの、珍しい」
「言いたかったから言った」
「理由より先に来たの?」
「……そうかもしれない」
全員がまた笑った。
円卓から意識が戻った。
全部あったが整理できていなかった。
来たままにしていた。
それでいい、とウェントスが言った。
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