第103話 最終決戦・佳境
魔王が六属性を全力で展開した。
ゼノも六属性すべてを動かした。
六覚醒が同時稼働していた。六属性の覚醒でかなりの消耗が来ていた。それでも動いていた。
二つの六属性が、広間でぶつかった。
規模が違った。
今まで経験してきた戦闘と、質が違った。六属性同士がぶつかる時の干渉が、広間全体を揺らした。
石の床が震えた。壁の彫刻が崩れた。天井から砂が落ちてきていた。
それでも二人は動いていた。
魔王の力は圧倒的だった。
感情を排除した純粋な出力があり、技術の精度があった。
ゼノの魔法に、何かが宿っていた。
感情と力が完全に一体化していた。
計算して出す魔法ではなかった。守りたいから来る魔法だった。失いたくないから来る魔法だった。
その違いが、拮抗を生んでいた。
魔王の魔法を、ゼノの覚醒で対応していた。
その中で、ゼノは話し続けた。
「お前が大切だった人の名前を、俺は知らない」
「……」
「壁の記録に名前があった。俺が読んだ時、完全には読み取れなかった。だから名前は知らない」
「関係ない」
「ただ——」
「黙れ」
「お前がその人を大切にしていたことは、今の俺にはわかる」
ゼノは攻防を続けながら言った。
「お前の魔力の流れを見ている。その流れの奥に、今日何度か揺れた部分がある。その揺れがどこから来ているか、わかった気がする」
「黙れ」
「大切だった人の記憶が、揺れを生んでいる」
「黙れと言っている」
魔王の攻撃が来た。
強かった。感情が刺激された出力だった。
ゼノが受け流した。深淵解放で空間に入った部分を無効化し、残りを蒼海抱擁で流した。
「怒りが来ると出力が上がる。今日何度もそれを確認した。ただ——」
「黙れ」
「お前の怒りは、悲しみから来ている」
魔王の動きが、一瞬止まった。
攻撃が来なかった。一秒もなかった。だが、確実に止まった。
「悲しみから来ている怒りは、悲しみがある限り続く。悲しみは大切だったことの証明だ。その人が、お前のそばにいた証明だ。だから悲しみが来る。だから怒りが来る。大切だったから、怒りが続いている」
魔王の魔法の出力が揺れ始めた。
今日の中で最も大きな揺れだった。安定していた流れが、乱れた。複数の属性が同時に揺れた。
「……やめろ」
声のトーンが変わっていた。
初めてだった。黙れ、という言葉は来ていた。しかし、やめろという言葉は違った。
制止ではなかった。苦しい、という言葉に近かった。
「俺も、封じていた」
「……」
「悲しみも怒りも愛情も、全部。感情があったから間違えた、と思っていた。だから封じた。お前が捨てたことと、俺が封じたことは、出発点が同じだ」
「……それを、なぜ今言う」
「お前に聞こえる状態にあるのが、今だからだ」
ゼノが一瞬だけ攻撃を止めた。
空間は維持したままだった。感知も維持していた。攻撃はしなかった。
「全部持っていた方が、強かった」
魔王が動かなかった。
「感情を封じていた頃より、今の方が強い。全部の覚醒が来たから。感情が来るたびに、力が変わった。喜びが来た時に変わった。怒りが来た時に変わった。信頼が来た時に変わった。愛情が来た時に変わった。悲しみが来た時に変わった。恐怖が来た時に変わった。全部来たから、全部動いている」
「……」
「お前も、知っていたはずだ」
魔王が止まった。
「知っていた、とはどういう意味だ」
「感情があった頃の方が、魔法が強かったはずだ。感情を持っていた頃、お前はどんな魔法を使っていたか。記録には書いていなかった。感情があった頃の方が、何かが違ったはずだ」
「……」
「違ったか」
長い沈黙があった。
後方で仲間と眷属たちが戦っている音だけが響いていた。
「……違った」
魔王が言った。
「感情があった頃は、魔法が違った。技術としては今の方が上かもしれない。ただ、質が違った。感情があった頃の魔法には、何かがあった。今の魔法にはないものが」
「何があったのか」
「……名前をつけていなかった。ただ、そこにあった」
「今日、俺の魔法を見てわかったことはあるか」
「……同じかもしれない。俺が失ったものと、お前が持っているものが」
「そうだと思っている」
「俺は捨てた。お前は取り戻した。それが今の差だ」
「差があるとは言っていない」
「出力が互角でも、お前の方が深い。なぜかはわからない。ただ、そう見える」
「感情があるからだ」
「……感情が、深さを作るのか」
「俺の経験ではそうだ」
魔王が動いた。
攻撃ではなかった。ゼノに向かって、一歩近づいた。
「俺は、また感じることができるのか」
その問いが来た。
今日の対話の中で最も直接的な問いだった。確認でも否定でも観察でもなかった。
「わからない」
「わからないか」
「俺に断言できることではない。ただ——」
「捨てても、残っていたものがあった。記録を刻んでいた。壁に名前を残していた。完全には消えていなかった。そこから始められるかもしれない」
「……怖いな」
魔王が言った。
声に変化がなかった。それでも、その言葉が来た。
「何が怖いんだ」
「また感じることが。また失うかもしれない。また傷つくかもしれない」
「わかる。俺も怖かった。取り戻す途中で、ずっと怖かった部分があった。今日、初めて怖いと言えた」
「怖いと言えることが、どういう意味を持つんだ」
「大切なものがあることの証明だ。失いたいものがない人間は怖くない。怖いということは、失いたくないものがあるということだ」
「大切なものがある証明、か」
「そうだ。お前が今怖いと言えたなら、それがある証明かもしれない」
魔王の魔力の流れが、また揺れた。
今度は攻撃として来なかった。
揺れた、という状態だけがあった。
「俺は、大切なものを失った」
「知っている」
「失った後で、また持つことが——」
「難しいか」
「……わからない」
「わからない、か。わからないということは、わかっていないということだ。わかっていないなら、試すことができる」
「試すことが、できるのか」
「できるかどうかは、俺には断言できない。できないとも断言できない」
「お前は今日、証明しようとしてきた」
「そうだ」
「感情は弱さではないと」
「そうだ」
「……見えた」
「何が」
「証明が。お前の魔法が、今日それを見せてきた。感情から来た魔法が、空虚な魔法と拮抗した。それが証明だ」
「認めるのか」
「……今日見たものを、否定することはできない」
魔王の言葉を最後にまた戦闘が開始された。ただし、質が変わっていた。
どちらも全力だったが、何かが変わっていた。
魔王が問いを持ち始めていた。ゼノが答えながら動いていた。
感情を取り戻した六属性と、感情を捨てた六属性が広間で向き合い、互いの想いを胸に戦っていた。
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ではまた。




