第102話 恐怖の覚醒
ゼノは魔王に向かって歩いていった。
魔王に向かっていく中で、ゼノの中にある闇属性の力が強くなっていく気配があった。
今まで来た覚醒と同じような感覚だった。
意識の端で、円卓の前に立つノクスが見えた。
ノクスの黒い瞳が光り、すべてを飲み込んでしまうような雰囲気があった。
「ゼノ……ボクの力、使いこなしてよ――深淵解放」
広間が変わった。
ゼノを中心に、空間が展開されていった。黒い光が広がった。他の覚醒の光と違った。圧力がなく、押しつけない光で底が見えない深さがあった。
空間が展開されたのと同時に魔王が攻撃してきたが、無効化された。
空間が広がり続けた。
ゼノの周囲を中心に、円形に展開されていった。
味方に向かっていた眷属の攻撃が、空間に触れた瞬間に消えた。
突然のことに魔王が止まった。
「何が起きた?」
「空間支配だ。この空間の中では、俺の意志が優先される。この空間に入った魔法は、俺が無効化できる」
闇属性の覚醒だ。
しかし、ゼノの恐怖は支配する形をとらなかった。
失いたくないという形をとっていた。失いたくないから守る空間を作った。
全員を守る空間が、恐怖の具現化だった。
ノクスが言っていた。恐怖を知っているから、恐怖に支配されない。痛みを感じながら、痛みの外側に意識があった。
失いたくないという感覚が、痛みより大きかった。
六属性のすべてが、同時に動いた。
深淵解放の効果で六属性の魔法と覚醒の同時使用が可能になった。
天翔遊戯の速度があり、憤怒解放の出力があり、不動基盤の地形把握があり、光愛顕現の能力上昇があり、。蒼海抱擁の感知があり、深淵解放の空間支配があった。
すべてが同時に稼働していた。今まで一度もなかった状態だった。
今までの以上の速度で魔王に向かった。空間支配で魔王の魔法を無効化しながら前進した。
魔王が六属性を展開し対応したが、ゼノが展開した空間に触れ、無効化された。
別の属性を試した。水属性、土属性、聖属性。一つずつ来たが全部、空間に触れた瞬間に消えていった。
魔王が後退した。
今日の戦闘の中で、大きく後退したことはなかった。圧力をかけられることはあった。だが、明確に後退したのは初めてだった。
「……これが……感情を取り戻した六属性の力か。」
「ああ。これが、俺の魔法だ。」
計算して出た言葉ではなかった。
感情がなかった頃の魔法ではなかった。感情を取り戻してきた時間がゼノにはあった。一人ずつ来て、一つずつ覚醒があった。その全部が今、同時に動いていた。
「空間支配、か」
「そうだ」
「俺の魔法が効かないのか」
「この空間の中では、俺の意志が優先されるからな」
「なぜ闇属性が空間支配になった」
「俺の恐怖が、守る形をとったからだと思っている。失いたくないという恐怖が、守護の空間として出た」
「失いたくない恐怖が、守護になるのか……」
「そうなった」
「俺の恐怖は、そうならなかった」
魔王が言った。
「お前の恐怖は何だったんだ」
「また失うことだ。だから捨てた。捨てれば失う恐怖もなくなると思った」
「なくなったか」
「……なくなっていないかもしれない」
「壁に記録を刻んでいた。消えていない証拠だ」
「……」
魔王がまた動いた。
今度は攻撃ではなく、距離を取った。
「逃げるのか」
「違う。見ている」
「何をだ」
「お前の空間を。俺には作れなかったもの。失いたくない、という形の魔法を」
「作れなかった、か」
「失いたいものがなくなったから。失うものがなくなったから。失う恐怖がなくなったから」
「あったはずだ」
「何が」
「失いたくないものが。捨てる前は、あったはずだ」
「……あった」
「今もある。壁に残っていた。記録が残っていた」
「記録は過去のものだ」
「過去のものが残っているということは、残したかったということだ」
「……」
後方でエリナが来た。
「ゼノさん」
「何だ」
「空間の中、暖かいです」
「暖かい?」
「なんか、そう感じます。感覚ですけど。守られてる感じがして」
「そうか」
「守ってくれてるんですよね、これ」
「そうだ」
「ありがとうございます」
「礼は——」
「受け取ってください」
「……受け取った」
魔王がゼノを見ていた。
「それが守ることか」
「そうだ」
「守るために、六属性全部が動いているのか」
「全部覚醒した。今日、最後の覚醒が来た。全部が同時に動いている」
「感情を取り戻すたびに、覚醒が来たのか」
「そうだ」
「……俺には、覚醒が一度も来なかった。感情を捨てたから。感情を捨てたことで、失ったものがあったのかもしれない」
「今気づいたのか」
「……わからない。気づいていたかもしれない。気づかないようにしていたかもしれない」
ゼノは空間を維持しながら、確認した。
六属性の覚醒が同時に動いているが、やはり消耗が来ていた。全部を同時に動かすことは、想定していた以上の負荷だった。
だが、まだ動けた。
失いたくないという感覚が来ていた。その感覚がある限り、動けた。
ノクスが言っていた通りだった。
失いたくないものがある人間が、一番粘れる。
「魔王」
「何だ」
「話を続けられるか。戦いながら」
「……続けられる」
「ならば聞いてほしい」
「何をだ」
「俺が今日ここまで来たことの意味を。感情を取り戻してきたことの意味を。それを聞いてほしい」
「なぜ俺に聞かせようとする」
「お前が同じ出発点から来たからだ。同じ場所から来て、違う道を選んだ。俺が来たものを、お前も来られた可能性があった。それを知ってほしいからだ」
「知ってどうする」
「わからない。ただ、知ることが何かに繋がるかもしれない。繋がらないかもしれない。それはお前が決めることだ」
「……」
「俺にできることは、話すことだけだ。証明することだけだ。それをしている。今もしている」
空間が広がり続け、全員を覆っていた。
魔王の魔法が来たが、すべて空間に触れて消えた。
六属性が同時に動いていた。
これが俺の魔法だと言った。
感情があるから来た魔法だった。失いたくないから来た魔法だった。
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ではまた。




