第100話 恐怖の臨界
遂に100話!
長かった!
対話が続いていた。
しかし、魔王が動いた。
長い沈黙の後で、六属性が再展開された。今まで以上の規模だった。広間全体に魔力が充満した。
「本気を出す」
「わかった」
「話は終わりではない。ただし、手を抜く理由もない」
「同時にやれるなら、やる」
魔王が本気を出し始めた。
今まで経験した中で最も高い魔力の密度が、正面から来た。
ゼノが対応した。蒼海抱擁の感知を全力で使った。流れが見えていた。受け流せる部分を受け流した。対応できない部分は直接防いだ。
「強い」
「当然だ。今まで手を抜いていたからな」
「手を抜いていたのか」
「お前と話したかった。壊すつもりではなかった」
「今は?」
「わからない。本気を出すことで、何かが変わるかもしれない。それを確認したい」
大量の眷属が押し寄せてきた。
魔王が召喚した。城内に潜んでいた眷属が、後方から一斉に動いた。
「エリナ、状態を教えてくれ」
「数が多いです!」
「魔力の残量は」
「……半分を切っています」
「半分、か」
「全力でかけ続けていたので」
「わかった。優先順位をつけてくれ。重傷者から。軽傷は後回しでいい」
「はい」
後方の戦闘が激しくなった。
レオンが叫んだ。ライナスが動く音がした。セレンが水属性を展開していた。
各自の状態を確認した。消耗が来ていた。眷属の数が多かった。長期戦になれば、エリナの魔力が底をつく。
「エリナの魔力が底をつく前に決着をつける必要がある。ただ——」
ただ、正面に魔王がいる。本気の魔王だ。決着をつけるための攻撃を入れようとすれば、後方への注意が薄くなる。後方への注意が薄くなれば、全員への負荷が増す。
どちらかを選ぶしかない状況が近づいていた。
その時だった。
魔王の攻撃が、方向を変えた。
ゼノに向かっていた攻撃が、後方に向いた。
エリナに向かった。
ゼノがエリナと魔王の間に入り、直撃を受けた。
今まで経験したことのない規模だった。複数属性の複合攻撃だ。受け流す間もなかった。
「ゼノさん!!」
立ち上がろうとしたが、動けなかった。
「……問題な——」
声が出なかった。続きが来なかった。
問題ない、と言おうとして、声がかすれた。
エリナが来た。
回復魔法が来た。ゼノの状態を確認していた。
「重傷です。骨に——」
「動ける」
「ゼノさん」
「動ける」
「でも——」
「動ける」
三度言った。
実際に動いた。立ち上がった。足が震えた。ただし、立った。
その瞬間、意識の端で、円卓が見えた。
今までと違い、最後の椅子が光っていた。
黒い光だった。他の五人の覚醒とは違う種類の光だった。深かった。底が見えない光だった。
人が現れた。
黒い髪のショートカットで、黒い瞳だった。
他の五人とは違う雰囲気があった。ウェントスの明るさでも、イグニスの強さでも、テラの穏やかさでも、ルミナの深さでも、アクアの静けさでもなかった。
鋭かった。
ゼノを見ていた。何かを見透かしている目だった。
「……ゼノ。今、何か感じてる?」
「……お前は」
「ボクはノクスだよ」
「……恐怖を司る人格」
「そうだよ。ボクが来るの、待ってたでしょ」
「来るとは思っていた。今日来るとは確信していなかったが」
「今日じゃなかったら、いつ来るの。ゼノ、今、怖いでしょ」
「怖い、か」
「確認しなくてもわかるよ。ボクにはわかる」
「わかるのか」
「ボクは恐怖を司ってるから。ゼノが怖いと感じた時に来る。今来たってことはそういうことだよ。」
「何が怖いんだ」
「自分でわかるでしょ」
ノクスの声が鋭かった。
「エリナが傷つくかもしれない。全員が傷つくかもしれない。守れないかもしれない。それが怖い。今日一番強くそれが来た。だからボクが来た」
「それが恐怖か」
「そうだよ。守りたいものができた。だから失う怖さが来た。それが恐怖だよ。愛情が来てから、恐怖が来る。ルミナが先で、ボクが後。そういう順序だよ」
「……愛情が来たから、恐怖が来るのか」
「そう。恐怖は弱さじゃない。大切なものがある証拠だよ。恐怖を感じることができるのは、守りたいものがあるからね」
「ウェントスが似たことを言っていた」
「みんな本当のことを言ってるから、似るんだよ。ゼノ、一つだけ聞くよ」
「何だ」
「エリナが傷つくかもしれない。全員が傷つくかもしれない。その怖さを、今、受け取れるかどうか」
「受け取れるかどうかわからない」
「正直だね。でも、庇ったでしょ。計算なしで」
「ああ」
「それが受け取ってる状態だよ。怖さを感じながら、それでも動いた。それが恐怖を受け取った上で動くってことだよ」
「……覚醒が来るのか」
「来るか来ないかは、ゼノ次第だよ。それは強制できない。ボクは来たけど、覚醒するかどうかはゼノが決めることだよ」
「どうすれば覚醒するんだ」
「怖さを認めること。怖いと言えること。怖くても動くと決めること。それが全部来た時に、来るよ」
「今日、怖かったと言えた」
「そうだね。ライナスに言えたね。でも、今の怖さはもっと大きい。エリナが傷つくかもしれない。全員が帰れないかもしれない。魔王に負けるかもしれない。そっちの怖さが、まだある」
「ある」
「それを言えるか」
「……わかった」
意識が戻った。
エリナが傍にいた。回復魔法が来ていた。消耗が少し和らいだ。
「ゼノさん、大丈夫ですか」
「……大丈夫ではないかもしれない」
エリナが止まった。
「今、初めてそう言いましたね」
魔王が見ていた。
ゼノが直撃を受けて立ち上がった場面を見ていた。声がかすれた場面を見ていた。それでも立った場面を見ていた。
「立ち上がるのか」
「まだ終わっていない」
「重傷だ。続けられるのか」
「わからないが心配無用だ。止まる理由もない」
「なぜだ」
「全員がまだいるから。全員がいる限り、止まらない」
「守りたいから、か」
「そうだ」
「その守りたいという感情が、今日お前に直撃を受けさせた。弱点だと言ったはずだ」
「弱点として機能した。だが――俺は立っている」
魔王が少し動いた。
「庇ったのか、あの時。後衛を」
「ああ」
「計算したのか」
「していない。気づいたら動いていた」
「……」
後方でレオンが「ゼノ、無理するな!」と叫んだ。
「問題ない」
「さっき声がかすれてたじゃないか!」
「回復した」
「回復してない顔してるぞ!!」
「動ける」
「動けるかどうかより……わかった。お前が動けると言うなら、動けるんだろ。後ろは俺たちに任せろ」
「頼む」
ゼノは前を向いた。
ノクスが来た。恐怖を司る人格が来た。
怖さがあった。全員が傷つくかもしれない怖さが、来ていた。来たままにしていた。それでも動く。
「ノクス」
内心で声をかけた。
「なに」
「来てくれてよかった」
「……ボクも、やっと来れた。最後だからね。ちゃんと来たかった」
「最後だ」
「うん。ゼノ、怖くても動けるよ。ボクが来たからね」
「……ああ」
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!
次の更新をお楽しみに!
ではまた。




