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六属性を持つ最強転生者は、感情という魔法を知らない  作者: 猫眼鏡博士
第一章

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第9話 エリナの仮面

 その日の魔法実技は、チーム戦形式の模擬演習だった。


 ガード先生が「四人一組で攻撃チームと防衛チームに分かれる。攻撃チームは防衛チームの陣地に設置した的を破壊することが目標。制限時間は十五分」と説明した。


「連携の練習だ。個人の技術より判断と協力を見る」


 チームが発表された。

 ゼノはエリナ、レオン、ライナスと同じチームになった。攻撃側だ。

 チームが集まると、エリナが自然な動作で全員の顔を見回した。

「じゃあ、作戦を考えましょうか」と言いながら笑顔を向けた。綺麗な笑顔だった。口角が上がり、声のトーンが明るく整えられている。


 やはり作られている。


 エリナの仕切りは、効率的だった。

 レオンの火属性を攻撃の主軸に置き、ライナスの速度で陽動をかけ、自分の回復魔法で後方支援をする。

 ゼノについては「ゼノさんには全体を見ながら補助をお願いしたいんですけど、どうですか」と聞いてきた。


「問題ない」

「ありがとうございます」


 笑顔のまま言った。

 作戦の整理は正確だった。各自の属性と特性を把握して、最適な役割分担を組み立てている。感情的な動機ではなく、合理的な判断に基づいている。


 十五分の演習は、ほぼエリナの作戦通りに動いた。

 ライナスが速度を活かして防衛チームの注意を引き、その間にレオンが的に向けて火魔法を放つ。防衛チームが対応しようとしたところにゼノが風で牽制を入れ、崩れた隙間からもう一撃。エリナが後方からチーム全員の状態を把握しながら、軽傷を負ったライナスに回復をかけた。

 的は四つのうち三つが破壊されて、演習が終了した。


「よくできた。連携の精度が高かった」


 レオンが「やったな」とライナスの肩を叩いた。ライナスが「エリナさんの作戦がよかったですよ」と言う。セレンのいる別チームが戻ってくる。あちこちで声が上がった。

 ゼノはその場の動きを把握しながら、エリナを目で追った。

 エリナは別チームの生徒に話しかけられていた。笑顔で応じていた。


「楽しかったです」

「またやりたいですね」


 どれも自然に聞こえる受け答えだった。

 ただし自然に聞こえる、というだけだ。


 人の動きが訓練場の別の方向に流れていった。

 エリナが一人になる瞬間があった。

 ほんの数秒だった。次に話しかけてくる人間が来るまでの、短い時間。エリナが気づいていない、誰も見ていないと思っている時間。


 エリナの表情が変わった。

 笑顔が消えた。一瞬で静かに。残ったのは、別の何かだった。疲れていた。目の奥にずっと押さえ込んでいたものが滲んでいた。かすかな苦しさが、眉と口元の形に出ていた。プレッシャーがそこにあった。


 それがエリナの本来の状態だとゼノは判断した。

 作られた表情の下に、ずっとあったものだ。

 別の生徒が近づいてきて、エリナはすぐに顔を上げた。笑顔が戻り、「お疲れ様です」という声が出た。完璧な笑顔で。

 あの切り替えの速さは、習慣的なものだ。無意識にできるくらい、繰り返してきた動作だ。


 授業が完全に終わって、生徒たちが教室に戻り始めた頃、ゼノはエリナと並んで訓練場を出る形になった。

 意図したわけではなかった。。


「先ほどの表情と普段の表情は別物だ」


 エリナの足が、一瞬止まった。


「な、何のことですか?」


 声のトーンが変わっていた。笑顔の声ではなく、どこか固い声だった。


「演習が終わった後、一人になった瞬間の表情だ。疲れていて、苦しそうだった。普段見せている表情とは質が違った」


 エリナが止まった。

 ゼノも足を止めて、エリナを見た。エリナは前を向いたまま動かなかった。


「......見てたんですか」

「通りかかった」

「通りかかって、そういうことを言うんですね」


 声に何かが混じっていた。怒りではなかった。困惑でもなかった。どちらとも判別できない何かだった。


「笑顔を維持するのは大変なはずだ。筋肉への負荷だけでなく、感情状態と表情のズレを維持し続けることは、相当な疲労がある。何か理由があるのか」


 エリナが、ゆっくりとゼノを向いた。

 何かを確かめるような目だった。怒っているかどうか、責めているかどうか、見極めようとしている目だ。ゼノはその視線を受け取って、何も加えなかった。

 言いたいことは言った。それ以上でも以下でもない。


「......ゼノさんって責めてるわけじゃないんですよね、今」

「責める理由がない。事実を述べた」

「事実、か」


 エリナが小さく繰り返した。

 また少し黙った。廊下の向こうから他の生徒たちの声が聞こえた。ここには今、二人しかいなかった。


「......ソーレルって家名は魔法使いの名家で。そういう家の人間は、いつも凛として、笑顔でいることが当たり前なんです。弱いところを見せてはいけない、みたいな。子どもの頃からそう育ってきたから」

「義務として笑顔がある、ということか」

「義務、って言ったら重いですけど。でも......そうかもしれないですね」


 エリナが自分の手を見た。演習で使い続けた手だ。


「あなたに指摘されるまで、自分が疲れていることにも気づいてなかったかもしれない。ちゃんと気づいてたら、もう少し上手く隠せたんでしょうけど」

「隠す必要があるか」

「......え?」

「疲れていることを隠す必要があるかどうか、だ。疲れは身体の状態だ。隠すことで状態が改善するわけではない」


 エリナがゼノを見た。

 しばらく何も言わなかった。

 それから、笑った。

 今度のは違った。口角の動きが過剰ではなかった。目の奥のずれず、少し力が抜けた小さな笑いだった。疲れたような、でも少しだけ楽になったような、そういう笑い方だった。


「あなたって、本当に変わった人ですね」


 エリナがそう言った。

 変わっている、という評価についてはレオンにも言われた。基準が不明だという回答を返したら、レオンは苦笑いした。

 エリナは「行きましょうか」と言って歩き始めた。ゼノも並んで歩いた。


 なぜあの笑いが出たのか。

 ゼノが事実を述べたから、という説明はできる。しかし事実を述べることが、なぜ力の抜けた笑いを引き起こすのか。


「ゼノさん」

「何だ」

「また魔法実技で一緒になったら、よろしくお願いします」

「ああ」

「今日は......ありがとうございました」

「礼は——」

「不要って言うんでしょうけど、言いたいから言います」


 ゼノは返答しなかった。

 その夜の円卓でウェントスに話すことが、また一つ増えた。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

次の更新をお楽しみに!


ではまた。

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