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ブラックのちホワイト、時々ルビー 〜ど田舎に転生した私が、次期魔王様に見初められるお話〜  作者: 山百合 渚沙
1品目 プディングは甘い運命の味がした

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3/5

生クリーム 250ml




「おかえりなさい!」




 昼間降り出した雨はまだ降り続けていて、家族の帰宅時間をも直撃した。



 全身ベトベトになりながら家へと入ってきた父と母に、私は昨日干してあった大きなバスタオルを差し出す。




「ただいま、モニカ。帰って来てすぐ悪いんだが、お父さんたち、すぐでないといけないんだ」



「え、何かあったの……?」



「ううん、そんなに心配しなくて大丈夫よ。ちょっとお義父さんの手伝いに行かないといけなくなって」





 ほら、と雨が打ちつけている窓を指差しながら言った母は、少し困ったように微笑んだ。



 私の家はただの酪農家ではない。父方の祖父母は酪農家、母方の祖父母は養鶏場と、所謂暖簾分けをしてまぁ立派な敷地を受け継いだ、立派な二代目酪農家だ。



 つまり、父と母はこの雨できっと祖父母が放牧していた牛を小屋へ戻すのに苦労していると予想して手伝いに向かうつもりなのだ。



 酪農家にとって雨は恵みの雨にもなりうるが、このような村雨には頭を抱える原因になりうる。




 まだマリーは帰ってくる時間ではないから、私も少しでも手伝いに行くべきだろうか。体の調子もいいし、なんなら両親の力になれる初めてのチャンスかもしれない。



 少し悩んだが、一度手伝ってみたい、と心の中で思ってしまった私の体は、考える前に声をかけていた。




「ねぇ、私も、」



「ただいまっ!! お姉ちゃん、お父さんとお母さんは!?」




 自信なさげに発した私の声は、バンッと勢いよく開いた扉の外へと放り出されてしまったように、どこにも届かずに消えた。



 学校が終わって急いで帰ってきたのであろうマリーが、これまたびしょ濡れで玄関に現れたのだ。




「あ、二人ともいる! おじいちゃん家、行かなくて大丈夫か心配で」



「今ちょうどお父さんがその話ししてたところ。はい、タオル」



「お姉ちゃん、ありがと! 助かる〜!」




 マリーは真っ直ぐでいい子だ。今だってすぐに感謝の言葉が出てきたし、見た目だって可愛らしくて、所謂村のマドンナ。



 いつも綺麗にウェーブしている髪が、今日は湿気のためか、いつも以上に癖がついている。それにも関わらず、それさえも彼女を可愛らしく見せる一つの要素にしてしまうのだから、少し羨ましかったりもする。



 しかもマリーが帰ってきてから二人の顔といったら。



 さっきまで不安そうにしていた顔が、明らかにホッとした顔になっちゃって。わかりやすいったらありゃしない。この子を主人公と言わず何と言うか。




 でも何もかも持っているのだと、他人を羨むだけの私は、きっとどこまでも脇役以下。



 自分の体のことさえコントロールできない私は、結局何者にもなれず、ベットの上から一人寂しく、みんなの背中を見送ることしかできないのだ。




「よかったらマリーも一緒に来てくれる? お母さんたちだけだと不安だったから」



「もちろん! そんなの当たり前だよ!」



「ありがとう、マリー。モニカ、悪いんだがうちの事、頼めるか?」



「うん、わかった!」




 私は必死に笑って、頷くことしかできなかった。



 うちの家畜たちはもう小屋に入れといたから、と雨装備をしっかりしてから本当の嵐のように去っていった家族を見送る。



 力仕事は全部片付けた上で行くのが、また優しい二人らしい。その優しさに溺れてしまいそうだなんて、贅沢な悩みだ。



 窓の外の地雨は、まだまだ止みそうになかった。






         ***






「ご馳走様でした、美味しかった〜!」




 どれだけ他のことで頭がいっぱいでもお腹は空くようで、自分で軽く作ったオムライスに精一杯のありがとうを伝えた。



 自画自賛、だけど誰にも不快感を与えてないのだからこれくらい許してほしい。




 一人で食べる夕食は少し味気ないけれど、世界観を気にせず料理できるし、何よりいただきますとご馳走様が言えることが嬉しい。



 この世界ではこの挨拶が習慣でなく、少し寂しかったりする。それにお腹いっぱい食べるという感覚は前世ではなかなか味わえなかったら、本当に幸せで胸がいっぱいだ。




「あ、コーヒー牛乳も作っちゃえ! 牛乳のストックあるか、あ…………」




 そうやって自分で自分の機嫌を取ろうとしていたのに、冷蔵庫を開けると目があってしまったのだ。



 昼間よりテカリを携えた、プリン達と。



 あんなに家族に食べてもらう事を楽しみにしていたのに今は目にするだけで、披露する機会を失ったカラメルの苦味が代わりに胸の奥まで広がっていくようだった。




(全部、捨てちゃわないといけないのかな……)




 思考が濁流に飲み込まれるようにマイナス方向へと押し流されていく。



 いつもそうだ。見えない何かに邪魔をされ、やることなすこと否定される。全て自分のせいにして、諦められたら楽になれるだろうか。




 ──駄目だ、うだうだ考えるな。




 パチンっと一発、自分の頬に喝を入れ、意識を変える。



 できることはたくさん増えたのに、ずっとウジウジしていてはきっとベッドの上にいる(前世)の自分に怒られる。



 一人で全部は食べきれないかもしれないけど、せめて今から一個、可能なら翌朝にもう一個食べたら、捨てないといけない量が少しでも減る。



 苦いカラメルなんてつけないで、精一杯自分を甘やかしたらいい。



 決心して手を伸ばしかけたその瞬間、今度は家の一番近くに位置する牛舎から、牛の大きな鳴き声が聞こえてきた。




(もう、なんなの……! 今日は本当についてなさすぎ……)




 あまりのタイミングに、もう無視を決め込もうとプリンを机の上に置く。



 だけど今まで聞いたことのない声量で、しかもずっと鳴き続けているものだから、どうも違和感が拭い切れない。




(これが、もし牛を盗みに来た強盗だったらどうしよう)




 一瞬、とんでもない考えが過ぎって、無理矢理首を振って思考から追い出す。



 でも万が一、本当に強盗が来ていて牛が盗まれてしまったら。たとえここで私が何もしなくても、きっと家族が私を責める事はないだろう。



 だけど口にしないだけで経営がやっていけなくなったら、これ以上私がこの家のお荷物になってしまったら、それこそ私はもう立ち直れない。




 水滴がつき始めた容器を落とさないように強く握りしめて、勢いよくさっきまでの定位置へと戻す。



 ブォーと叫び始めた冷蔵庫は、乱暴に閉めたことを怒っているみたいだったけど、どうか今回だけは見逃して欲しい。



 私は雨よけのため深くフードを被り、火がついたランタンと、近くに置いてあったピッチフォークを手に近くの牛舎へと向かった。






         ***






 なんとか牛舎の側までたどり着いて、ろうそくの火をふっと吹き消す。



 いつも使っている正面の入り口ではなく、身内しか知らない裏口の方へ、少しの音も立てないようにそっと近づき、小窓から中の様子を伺う。



 するとすぐに、中に誰かいる気配をひしひしと感じ取れた。真っ暗なはずの牛舎から、わずかに光が漏れていたからだ。



 小窓に映るのは、左右にゆらゆら揺れる長い髪の毛のようなものと、牛の角に似たものを持つなにかのシルエット。




(……なんだこれ、ブレーメンの音楽隊か何かか)




 屈強な男の二人組の強盗! ……ぐらいの意気込みで来てしまったから、なんだか拍子抜けしまった。



 人の声も聞こえてこないし、できることならこのままUターンしてしまいたい。



 だが、せめて確認だけはしておこう。本当に変な動物達が紛れ込んでいたら、それはそれで問題だ。



 私はさっきまでの緊張を手放し、時々参加する夜の見回りのような軽い気持ちで扉に手をかけた。




「ちょっとー、こんな所で雨宿りしてないで、早く森に帰って……く……」




 馴染みの顔が見えて安心したのか、牛達の大合唱はようやくやんだ。肝心の私はというと、今すぐ叫びたくなるくらい驚いている。



 嫌味全開の独り言が、尻すぼみになって途中で止まったし、なんなら謎の動物達を追い払うために軽く振り回していたピッチフォークも全て無かったことにしたい。




 だって、今目の前にいる謎の影の正体が、二人組のザ盗賊! みたいな悪でもなく、音楽隊を結成した動物達でもない。




 我が家の牛のものと比べ物にならないほど立派なツノ。



 そして突然現れた私に驚いたような視線を送るその大きな瞳には、零れ落ちてしまいそうなほど輝きを持ったルビーを閉じ込めた特徴的な虹彩。



 雨に降られたのか大きな雫を垂らすそのストレートヘアは、届きそうで届かない、雲のような透明さを映しとった銀髪だ。



 そう、目の前に現れた謎の影の正体は、一生交わるはずもないとたかを括っていた魔族そのものだったからだ。




「…………」




 私が動揺している間に彼は落ち着きを取り戻したのか、酷く面倒臭そうに顔を顰め、言われた通りすぐ出て行こうとする。



 こちらを一瞥しただけなのに、今まで感じたことがない威圧感を感じて思わず身震いした。第一印象は、触れたら火傷してしまうドライアイスみたいな人。




 だが、それよりこれは一体どういうことだ。たくさん読んできた歴史書には魔族は闇を好む、その瞳以外上から下まで漆黒に包まれた存在。



 そう明記されていたはずなのに、それはそれは美しい新雪を写しとったような髪色。



 羽という羽も見当たらないし、これでは私の方がよほど魔族のような見た目をしていることになるではないか。



 それ以上に、何というか────




「きれい……」



「……………………はぁ?」




(あ、引いてる。引かれてる、なんならドン引きされている……!)




 呆然として一人脳内でパニックに陥っていたところ、思わず口に出してしまったらしい。



 今頃急いで口を手で塞ぐも、時すでに遅し。彼の耳には、もうこの呟きが届いてしまったらしい。



 今にも舌打ちされそうなほど機嫌が悪そうだった顔が、これまた何言ってんだこいつ、みたいな軽蔑した顔に変わる。




(でも別に軽蔑までしなくてよくない? 思ったことをそのまま言っただけなんだから。むしろ褒め言葉だし)




 私はなんだか勘違いされたまま別れるのに納得がいかなくて、手に持っていたピッチフォークをかなぐり捨て、その大きな背中を急いで引き止めた。




「あぁ、ちょっと! ちょっとだけ、待ってください!!」



「…………なんだ」




 彼は渋々といった形で、鞍に掛けていた足を下ろしてくれる。



 あぁちなみに、あの左右に揺れる長髪の正体は馬の尻尾だった。当たらずと雖も遠からず、やった。



 じゃなくて、まずはこの人の誤解を解かなくては。




「あの、まだ雨降ってますよね」



「……そのようだ。それがどうかしたか」



「どうかって……。もしかしなくてもあなた、雨宿りしてたんですよね」



「あぁ、だが君が出て行けと言ったのだろう?」




 うん、その通り。その通りですけど!



 なんか察するとかないんですかねこの人は。あー、なんかこの人、この人っていうのも面倒になってきた。もう勝手に名前つけちゃえ。見た目通り、シロさんで。




 スムーズに進まない会話にイライラしてきて、つい睨みつけそうになってしまって焦って視線を逸らした。



 思わず本来の目的を忘れそうになったが、本当に帰られる前になんとか会話の軌道を変えなければ。迷子になっていた手を握り込み、また気合を入れ直した。




「確かにそうですけど、それは強盗とか、不気味ななにかがいると思ったから……」



「だから今出ていくと、」



「もう、だから! ……雨止むまでここで時間潰してもらっていいよってことです」




 自分から出てけと言った手前、直接言葉にすることを躊躇っていたのに痛いところを突かれた。



 ずっと刺々しいシロさんの言葉に噛み付くようにこぼした言い訳がましい言葉は、少し呆れたように聴こえてしまったかもしれない。



 そう不安になってゆっくり視線を戻すと、そこには先程まで強く握っていた手綱から手を離し、酷く困惑したような顔をした彼の姿があった。




「どうか、しました……?」



「……君は、いったい……」




 あまりの様子に心配になって、途切れ途切れに続く言葉を聞き逃さないようにと必死に耳を澄ませていると、突然とんでもない爆音を轟かす雷鳴が響いた。




 これは近くの木にでも落ちたな。ここ何年かで少し慣れた現象に冷静に分析していると、驚いてしまったのか彼の馬が突然暴れ出し、近くにあった一本の紐を蹴り上げ、ちぎってしまった。




「あ」




 慌ててすぐにシロさんが馬を落ち着かせてくれて、牛には被害が出なかたことが幸いだ。



 しかしその紐はちょうど私の真上、大量の飼い葉を保管している棚の蓋へとつながるものだ。いつもは徐々に降ろしていくそれを、一気に緩めて仕舞えばどうなるかなんて想像にかたい。




 動物の行動は読みきれない。これもここ何年かで学んだ教訓だ。



 不可抗力、致し方なし。これは頭から丸かぶりコースだな、と半ば諦め、大量に落ちてくる飼葉の衝撃が頭だけは守れるように抱え、しゃがみ込んだ。










 しかし、待てど暮らせど想像していた藁のチクチク感が襲ってこない。



 その代わりに私の頭上から降ってきたのは、綿のように繊細な肌触りをした漆黒の羽根の数々、そして鼓膜を震わせる、低く、静かな声だった。




「……なんともないか」




 たった一言、されど一言。



 一見冷たそうに聞こえるその声は、冷たいアイスの下から現れた熱々のフォンダンショコラ、そんなことを思わせる優しい声色だった。



 近すぎる音色に恐る恐る顔を上げると、目に入ったのは眉目秀麗なその顔と、私を包み込むように広げられた大きな翼。



 そしてそれをひっつき虫のように覆い尽くした藁たち。









「あの……、とりあえず。……家、行きますか……?」






「…………はぁ?」






 彼の口から聞く二度目の感嘆詞。確かに、今回は私が第一声を間違えた自覚はある。



 だけど、どうかご勘弁願いたい。シロさんの翼が気になった以上に、恥ずかしすぎて早くこの状況をなんとかしたいだなんて、言えるはずもないのだから。








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