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ブラックのちホワイト、時々ルビー 〜ど田舎に転生した私が、次期魔王様に見初められるお話〜  作者: 山百合 渚沙
1品目 プディングは甘い運命の味がした

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牛乳 300ml




「モニカ〜! お母さんたち牛舎にいるから、何かあったら呼びに来るのよ〜!」



「ぅん〜、わかった……」




 いってらっしゃい。そう心の中で呟き、私はベッドの中から家族3人の出発を見送った。



 朝特有の騒がしさはすっかり消え去り、私が寝返りをした衣擦れの音だけが広い部屋に虚しく響く。



 こっちの世界でもある成人、18歳を目前にした私は、結局学校通う事はなく、子ども時代を終えようとしている。






 あれから波はあるものの、かなり熱が上がる頻度が落ちてくるようになっていた。



 それはもちろん喜ばしいが、やはり無理をするとすぐに寝込み、相変わらずこうやって怠惰な生活を送っている。



 現在は、生計をどう立てていくか探るため、ゆっくり生活圏をこの家の中だけではなく、牧場全体に広げているところだ。




(太陽が眩しすぎる……)




 目を背けたくなるほど輝く太陽から逃げるように、はだけた布団をもう一度手繰り寄せた。



 もう少し横になっていたいと逡巡しかけたが、どうやら今日は自分が想像しているより調子がいいらしい。



 目を瞑っていてもいつものように眠気は襲って来なくて、仕方なく一度ベッドから降りることにした。




(いい天気だから、洗濯物でもしておこうかな)




 毎朝湖から汲んできてくれる新鮮な水を一口飲んで、気合を入れる。私にとってはこのドアを開けるだけでも相当勇気がいる事なのだ。



 そう勢いよく扉を開けようとしたその時、ふと目に入ったのは壁にかけられているカレンダーだった。



 そこには赤く、大きなテスト最終日の文字。私の妹、マリーの予定だ。






 昨日、遅くまで眠れず一階にある本を取りに行ったら、ちょうどリビングで勉強していたマリーと鉢合わせた。



 話しかけない方がいいかと思い黙って立ち去ろうとするも、勘のいいマリーは私を呼び止め、少し一緒に勉強をしたのだった。



 この世界にもあの億劫でたまらないテスト期間が存在するらしい。異世界のくせに、そういうところは妙にリアリティがある。




 有難いことに勉強する単元も言語や歴史、数式といった前世と似たり寄ったりで、一人家で本を読むだけでも勉学に励むには十分だった。



 昨日マリーに、「お姉ちゃんはなんで誰にも教わってないのに勉強ができるの?」と無邪気に聞かれてしまったが、笑って誤魔化した。



 前世では有り余った時間を一人勉強で潰していたからだなんて、口が裂けても言えっこない。






 お疲れ様の意味も込めて、何かおやつを作っておこうか。そう思い立てば、さっきまでの緊張はすっかりどこかへと消え去り、るんるん気分で洗濯物を干しに行ったのだっだ。






         ***






「さてと、何作ろうかな」




 ドアを開けた瞬間感じた頬を撫でる冷気を横目に、今ある材料を確認するために中を覗き込む。



 ちなみに、この世界にもなぜか冷蔵庫が存在した。酪農家だからなのか、そうでないのかはこの家以外を訪ねたことのない私では確かめようがないが、どうもこの世界は転生者には暮らしやすいレベルに設定されているらしい。




「牛乳と卵は当然常備されてるし……。あ、ならあれ作ろう!」




 ずっと開けっぱなしにしていたからか、ピーと怒りだした冷蔵庫。扉を急いで閉め、早速私は準備に取り掛かった。




 冷蔵庫にあった牛乳と卵、そして自家製生クリーム。あと棚に補充されている砂糖を見たら、レシピを思いつくのにそう時間はかからなかった。



 病院食以外あまり食べられないのに、前世で目で食を楽しみ、レシピ本を読み漁っていた甲斐があったというものだ。




 この常備してある牛乳と卵は、もちろん酪農家である我が家で丹精込めて育てている牛と鶏たちから頂戴したものだ。



 幼い頃は、酪農家という職業は家計が安定しないのではないかと考えていたが、案外そうではないらしい。



 最近仕入れた情報では、どうやらこの村の大半の牛乳と卵は王室への献上品として出荷されているそうだ。



 最高級品の卵に搾りたての牛乳。それに加えて加工品であるバターや濃厚な生クリーム、そりゃ街に出荷しても飛ぶように売れていくわけだ。




 しかし、何故だかこちらの世界ではあまりスイーツというものは発展していないようだった。



 朝食はパン、昼はオムライスに夕飯は生クリームを使ったパスタなど洋食のような食事が多いから、もっと繁栄してもいいはずなのに、もったいない。




 それを決定づけた出来事が、小さい頃から年に数回、両親が酪農品を運ぶため首都へ向かう際、付き添いで連れて行ってもらった時だった。



 仕事の見学というより、一種の旅行という感覚だったが、その時も都市の大きな書店でそれとなくスイーツのレシピ本を探すも、それらしき本は見つからず、唯一見つかったのは『レシピ本 生クリームの上手な泡立て方』。




(……うん。結構難しいよね、生クリームの扱い方って)




 こう一度は無理やり納得したものの、終いに一人で探す事も面倒になってしまい、いっそのこと自分で作ってしまえと気ままに始めたスイーツ作り。



 ここ何年かで、案外上達してしまった。勇者がいる異世界だったらスイーツ作りのスキルだけレベル上げをしている的な、感じ。



 この世界に原作があったとしたら申し訳ないが、前世で楽しめなかった食事くらい、楽しんでいこうと思う。




 さて、そんなこんなで分量も測り終えたところで、早速調理に取り組んでいこう。



 今日のおやつはなめらかプリンだ。



 この世界ではプリンと言えば茶碗蒸しのようなおかずとして食卓に出ることが多かった。



 もちろんそれも美味しいが、この最高級の牛乳と卵が揃っていながら、あのトロトロ食感のプリンを味わったことがないなんて勿体ない。



 どうしてもあの感動を家族にも味わって欲しかった。




 ……そろそろ私がとびきり甘いスイーツを食べたくなってきた、という本音は黙っておこうと思う。




 まずは砂糖を入れた片手鍋に牛乳を流し入れ、沸騰させない程度に温める。



 そして温めている間に、ボールを用意し卵を割り入れる。この時、卵を乱暴に机に打ち付けるのではなく、卵同士をぶつけると綺麗に割れるのだ。



 リズム良く聞こえてくる、くしゃっという音。誰もいないことをいいことに、前世で流行っていた歌を口ずさんでしまいになるくらい、いい気分だ。




「……わっ! うそ……、初めて見た……」




 一個、二個と数えながらリズムに乗って割っていると、突然私の目の前に現れたのは双子の卵。



 生まれて初めて見た、本物の双子の黄身を見つめながら、これから素敵なことが起こると教えてくれているようで心が躍った。




 私は、初めて家族にスイーツを振る舞った時の喜びを忘れた事はない。美味しい、こんなの食べたことない。



 多少、娘の手作りであるというフィルターがかかっている事はもちろんわかっていた。だが、それを込みにした上でも、みんなが私の手料理を食べて、目の輝かせてくれた時の感動は忘れられなかった。




 特にこのスイーツの甘さは、いくら食事を楽しめなくなっても私を虜にする甘美的な魅力があった。



 だから料理動画を見続けたし、レシピ本を見ることが大好きだった。



 この料理が、スイーツが、誰かの幸せに繋がっていることを私は知っていたから。




 ふつふつ。



 さっきまでとは少し違う音を近くで感じて、私はようやく我に帰った。温めていた牛乳が警告音を発し始めたのだ。



 調理中にぼうっとしてしまうなんて、私もまだまだだ。焦って火を止め、中断していた作業を再開する。




 思いがけないサプライズで分量を変更することになってしまったが、まぁいいだろう。きっとマリーが喜んで食べてくれるはず。



 ボールの中心に寄り添うように集まった黄身を優しくほぐし始める。しゃかしゃか、と泡立て器と食器が奏でる音楽を楽しむように、焦らずゆっくり混ぜ続ける。



 ある程度黄身と白身が混ざったところで生クリームの登場。一気にプリンらしい色になった卵液に、心が躍る。



 ここでさらにバニラエッセンスを加えていきたいところだが、残念ながらまだこちらの世界で私が出会えたことがなかった。



 もし出会えていたら真っ先にバニラアイスを作りたいところだけど。




 しかし、この世にはシンプルイズベスト、という言葉もある。きっとバニラエッセンス分の風味も、最高級の材料達の力によって新たな美味しさを表現してくれるだろう。




 ここで満を辞して暖めておいた牛乳が卵液に仲間入りだ。でも、欲張って一気に全て入れない。



 スイーツ作りの鉄則。混ぜる時は材料同士を少量ずつ掛け合わせていく、だ。



 どの世界においても焦りは禁物。ゆっくり混ぜ続けたら、ようやくプリン液の完成だ。




「うん。我ながらよくできてるんじゃない?」




 後々、容器に流し入れやすいよう注ぎ口を兼ね備えたカップを用意し、その上にざるを置いて、流し入れる。



 綺麗に混ぜたつもりでも、どうしても混ざりきらなかった卵白がその網目へ引っかかり、とろとろのプリン液のみが下のカップへと落ちていった。



 取り残された材料たちも何かに活用できればいいのだが、申し訳ないことに私にその技量はまだない。



 ごめん、心の中で一人謝って私はまた、食器専用のお風呂にそのざるをつけた。




 きめ細かい液体となった材料たちを見た目も楽しめるよう透明な器へ移し、上をアルミホイルで覆った。



 さて、ここでもしかすると気が付いた人がいるかもしれない。この人、カラメル入れ忘れてない? と。




 そう、今回はカラメルを容器の底に入れずに私は調理を進めている。これに大きく関わってくるのが、この世界での決まり事の一つ。



 砂糖は貴重品、という事実だ。我が家は有名な酪農家だということも相まって、物々交換的なものでそれなりに砂糖を手に入れられているが、普通は高値でかなり希少らしい。



 なんだかよくわからないが、魔族と人族との間で利権がどうちゃらこうちゃら言っていた気がする。




 ……異世界って難しい。

 すでにプリン液に砂糖を使ってしまったし、このカラメルに使う砂糖の代替え品は、また後程。家族の前で紹介したいと思う。




 さぁ、ついに辿り着いた一番の難関、湯煎のお時間だ。



 器の三分の一が埋まるほどのお湯をフライパンへ流し入れ、ふきんを底へと沈めた。さっきまでとは少し違う緊張感に、思わず布巾を握る手が震えそうになるのをグッと堪えた。




 綺麗な五角形を描くようにプリンを一つずつ並べ、そっと蓋をする。弱火で加熱し始め、沸騰してしまう前に急いで火を止めた。



 あとは様子を見ながら、余熱で蒸し焼きだ。あとは目を離さずに取り出すタイミングを見計らえば完成。




「どうか、美味しくできますように」




 ──このスイーツが、みんなを幸せな気持ちにできますように。




 思わず手を組み、祈るように呟いていた。スイーツ作りなんて、祈ってどうにかなるようなものではない。自分の腕がものを言う繊細な職人作業。



 だけど、そうだとしても、私が好きなことをして誰かを笑顔にできる。そう思ったら願わずにはいられなかった。






         ***






 余熱の大体の目安にしていた時間が過ぎ、私は意を決して蓋に手を伸ばした。



 ぶわっと感じる熱気に急かされるように、プリンが入った容器を手に取った。軽く振るわせると、中央まで小さな波が伝わっていく。



 食べる瞬間まではまだなんとも言えないけれど、ちゃんと火が通っていることがわかって、私はほっと胸を撫で下ろした。




「よかった……。ひとまず、最大の難関突破!」




 粗熱をとって冷蔵庫でしばらく冷やせば、完成だ。夕食後のデザートとして、披露するのが今から楽しみで仕方ない。




「……え!? 嘘でしょ!?」




 ほっと一息ついて窓の外へ目を向けると、さっきの晴れ間は何処へやら。雨まで降り出していて、思わず大きな声を出してしまった。



 私は片付けもそこそこに、急いで洗濯物をしまいに外へと駆け出すのだった。








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