1370 星暦559年 藤の月 15日 調査協力(23)
クッションカバーの中の袋も開き、紙を取り出す。
封筒に入った手紙だった。
愛人とのやり取りか?
いや、この子爵は独身……と言うか、妻と死別した男やもめだと来る途中にチラッと見た資料にあった気がする。
じゃあ、誰かを恐喝する用の手紙か?
そんな事を考えながらざっと目を通したら、何やら女性からの別れの手紙だった。
しかも、捨てられたのではなく、死別。
これって亡くなった妻からの手紙じゃないか??
態々隠す意味が分からない。
「子爵の妻は何が原因で亡くなったんだ?」
俺がクッションを暴くの何も言わずに見ていた家令に尋ねる。
「奥様はキャズベック病でした」
家令が静かに答える。
うわぁ。
キャズベック病と言えば、不治の病の一つだが、特徴的なのが徐々に体が動かなくなると共に激痛に襲われる事で有名な筈。
麻薬を痛み止めとして投与する事が認められる数少ない病気の一つだ。
「子爵夫人の為に麻薬を入手する際にダルベール伯爵に借りを作ったのか?」
補佐官が尋ねる。
いやだが、合法的に入手できる筈だから、怪しいダルベール伯爵に借りを作る必要は無かったんじゃないだろうに。
それとも普通の麻薬じゃ足りなくて、新しくてより強い麻薬を入手する為に違法な麻薬取引を行う人間との伝手を必要としたのか。
「奥様は麻薬による痛みのない夢の世界と、旦那様との残り少ない時間を過ごす現実の違いが分からなくなってくるのを嫌がり、どれほど激しい苦痛に襲われようとも最後まで麻薬は必要最小限にしか使われませんでした。
その為、旦那様は幻覚作用のない痛み止めを求めて研究を重ねていたのです。
ある程度は動物で実験したものの、どうしても人体での実験が必要だった為、ダルベール伯爵と手を組みました」
家令が答えた。
え〜?
妻を亡くしたのは同情するが、もう死んじまったのに研究を続けてるのって意味がないと言うか、他の人間を犠牲にまでしてやる事でも無いだろうに。
と言うか。
痛み止めの実験の協力相手に『ヤバいらしい』と貴族社会で密かに評判なダルベール伯爵を選ぶなよ。
国だって戦争とか治療の為により効果的な痛み止めは欲しいんだから、それなりに研究はやっているだろうし、やりたがる研究者の支援をしているだろうに。
王立研究所の管理職に就いているのに外で協力者を求めている時点で……実験がヤバいものだったんだろうなぁ。
まあ、奥さんが死にそうな時に始めた実験だったら、人道的とか被験者を死刑囚に限定するといった考慮を気にする余裕もなく、なりふり構わず急いで試行錯誤するのに協力してくれる相手が必要で、そんなヤバい人間はダルベール伯爵しか居なかったのかな?
とは言え。
奥さんが死んじゃったのだから、大元の目的からしたら既に手遅れなのだ。
それの為に部下を誘拐させて、最終的には殺す可能性が高い軟禁に協力しちゃあ駄目だろう。
ため息を吐きながら手紙を補佐官に渡す。
子爵の違法行為の原点に繋がる情報だが、証拠的な意味合いは全くない。
もっと、違法行為の証拠が欲しいんだよなぁ。
やばい薬の入手の記録とか、違法行為を見逃す為に受け取った金とか、ヤバい実験の為に提供された人間の手配先への支払いとか。
研究者なら詳細をしっかり記録していそうなもんだが。
下の研究室に普通に置いてあったファイルの中にあるのかね?
それとも実験結果以外の詳細には頓着しないタイプの研究者なのか。
それこそ、この手紙を破くぞと人質ならぬ物質として脅したらいいか?
いっそのこと、妻からの大切な手紙を燃やすと脅してみたらどうかね?
人質ならぬ、物質としての効果はありそうだと思う。
流石に国の捜査機関がそんなことをやるのは不味い気もするが。
取り敢えず書斎には中をくり抜いて何か隠している本は無いし、隠し棚や二重底の引き出しも、隠し金庫もない。
「他の隠し場所はこの部屋には無いみたいだから、屋敷の残りの部屋を探そう」
補佐官に声を掛けて、部屋を出る。
「地下室にある紙は全て一枚残らず確認させろ」
補佐官が俺に頷きながら、書斎で待っていた捜査官たちに命じた。
今回の捜査って軍と国税局の共同作業だが、この補佐官はどっちの捜査官にも命令する権利があるんかね?
まあ、捜査の指示が縦割りだと効率が下がるから、ウォレン爺あたりがしっかり全員を使えるように徹底させているんだろうな。
さて。
何か子爵の悪事を証明する書類がどこかに隠してあるかな?
あの地下研究室のお座なりな隠し方を考えると、そんなことにかける暇はないし自分は疑われない筈ってことでそこら辺にしらっと置かれてそうな気もするなぁ。
妻からの手紙を身近に感じたくて背もたれのクッションに入れた子爵。
ポケットや枕に入れた思い出のラブレターをボロボロしてしまった挙句の最後の置き場所でしたw




