第110話 無明
「全部滅茶苦茶になれ!」
マギは空から火を落とす。
取り返しのつかない大火を起こすために。
「全員、同じ目に遭わせてやる。余だけが不幸なんて嫌ぞ!」
* *
「あの……どうすればいい……かな?」
リケイカインはおずおずと父に尋ねる。
「好きにせよ」
先代皇帝は素っ気ない。
「己が心の中で結論は出ているはずである」
「うん。でも……ここで困ってるやつらもいるし」
「消火は吾輩に託せ。お目見を発見し次第、マギの【無効化━アヌリルン━】の範囲外まで飛んで行くつもりである。お目見の固有能力で雲を呼び寄せれば、火を消すことができよう」
「雨を降らせるつもりだね。うん。いいと思う。……でもぼくでもできるよ? ぼくがやってあげよっか?」
「マギを説得するも殺すも、それは貴様にしか不可能である。既に貴様は吾輩を超えた。自信を持て」
リケイカインの頬に赤みが差す。
* *
ゆらゆらと立ち上がる瀬良寺。
「……疲れたな……」
心の声が口から出るのは、心が破れて穴が空いたから。
塞ぎようはない。
一度汚れてしまった体は二度と綺麗にならない。
自分だけのものだった自分の体。
意識をなくした間に泥をたくさん付けられた。
――もう一度きれいになるには、もう……。
火の中に身を投じるしかない。
「師匠として!!!!!」
「うっ……!?」
自決を図った瀬良寺。
体当たりで吹っ飛ばされる。
険しい顔つきの神葉だった。
「瀬良寺殿に命令するっす。命を粗末にするなっす。……ゴミじゃないんすから」
「……見ないでください。私はもう……ゴミ以下です……」
瀬良寺は師の顔を直視できない。
神葉に背負われている重傷のビタリア。
濡れる頬に震える手を差し伸べて、
「愛しい子。思えば、あなたの心はいつも曇っていましたね。気づいても気づかぬふりをして武士の道を歩ませることが親の務めと思っていました。とんでもない間違いです。一緒に泣いてあげればよかった。こんな簡単なことができない私は親失格です」
「……母上……私は……私は本当は……」
「何のために生まれてきたのか、どう生きるべきか、あなたはこれから悩むでしょう。ですが、これだけは忘れないで。あなたは私の誇り。サン、生まれてきてくれてありがとう」
親子は初めて一緒に泣いた。
――わし、ちょっと気まずいっすね。
微笑む神葉であった。
ひとしきり涙を流したビタリアは、
「さあ、もういいでしょう。行きなさい」
「……どこに?」
「決まっているじゃありませんか。あの不埒な妖怪を祓除するのです。如何なる状況であれ、武士が為すべきことはひとつ。民を守ることです」
「……」
「あなたの父上ならそうするでしょう。ねえ、サン? あなたは私を失望させませんよね?」
瀬良寺の顔がひきつる。
――結局、私は……。だが……。
瀬良寺は神葉に視線を移し、
「師匠……とまたお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「まー、こんなわしでよかったら」
「共に戦ってくださいますか?」
「いいっすよ。絆はもう失われたし、わしもう死にたくて堪んないすから」
神葉の視線の先にはカミルの亡骸。
「同じ武士として、あんたの活躍に期待するっす」
「みんなー!」
リケイカインが飛んでくる。
着地するや背中を向けて、
「行くでしょ!?」
どうぞ乗ってのポーズ。
ただただマギに会いたい一心であった。
誰も留まる選択を想定してない。
まるで進み続けることが当たり前であるかのように振る舞う。
瀬良寺は棍棒を握る。
――結局、私は道具でしかない。
「きっとこれが最初で最後だ」




