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白鳥サノバビッチ  作者: 砂井ぱー
最終章 〝妖怪皇帝〟SON OF A BITCH
111/111

最終話 生

「水、持って来い!」

「逃げろ! 走れ!」

「ありゃりゃんりゅうと!」


 火消しに奔走する江戸っ子たち。

 上空から見下ろすマギは戯れに【魅了━ファスツィナツィオン━】を発動する。

 しばしの放心状態。

 彼らが自制を取り戻した時にはもう手遅れ。

 目の前で子供は焼けただれ、家は炭と化し、自分達にさえ逃げ場はない。


「ふん。他愛ない」

「まだ殺し足りないっすか?」


 マギに問いかけるのは神葉。

 リケイカインがマギに追い付いたのだ。


「どうしたというのだ?」

「あんたのこと、しばくんすよ」

「遠慮することはない。黙って斬りかかって余を殺せばよいではないか。もはやそちは余の侍従ではない。雇い主である父上は死んだのだぞ」

「……わしにあんたを殺させないでくださいっす」


 歯を食いしばる神葉。

 前に座る瀬良寺が、


「何が苦しい? 何が悲しい? 言ってみろ。私達が力になってやれるかもしれない」

「言ったところで理解はされない。……されなかったぞ」

「……私のせいか?」


 瀬良寺は頭を下げながら、


「私がお前の母親を殺してしまったからか? あの時は意識を乗っ取られていたとは言え、ひどいことをした。だが、あの後で母上は蘇生されたんだろう? 会えなかったのか?」


 マギは微笑む。

 瀬良寺の顔を見つめて。


「幸せそうで羨ましい。どうぞ好きなだけ生きればいい。余は疲れた」


 唇を噛む瀬良寺。

 翼をはためかせるリケイカインが、


「マギ……死ぬの?」


 同じく妖怪であり超鳥であるリケイカインは見抜くことができた。

 やつれ顔。

 緩慢な動作。

 最盛期のマギとは程遠い。

 だが心は穏やかなようで、


「もはや余に思い残すことなどない。一人でも多くの者を巻き添えにしたかっただけぞ。大火は余の亡き後も燃え広がり江戸の民を地獄へと誘うであろう」

「お目見(めみえ)って覚えてる? もうそろそろ雲が集まってくると思うんだけど」

「……何?」

「ほら」


 リケイカインの言う通り、雨雲が大挙して押し寄せて来つつあった。

 同じく空模様の変化を察知した人々は歓喜の声を上げる。

 マギはふらつく。


 ――ここで死ぬわけにはいかない! ……が、苦しいぞ。


 意識さえ頼りない状態。

 マギが賭けたのは妖怪なら誰もが持つ特性だった。


「リケさん、危ないっす!」


 神葉は呼び掛けながら、折れた刀でマギを威嚇する。


「お前、正気か!? リケイカインは仲間だろう!」


 瀬良寺が激昂。

 マギの企みとは即ちリケイカインを食べること。


 ――妖怪でよかった。妖怪は妖怪を食べたら瞬間的に体力を回復できる。


「いい加減にしないとマジ殺しちまうっすよ!」

「師匠、殺すのは残酷です! 目を潰しましょう!」


 騒々しい師弟と対照的に当のリケイカインは落ち着いていた。


「マギ、いいよ」


 むしろマギに接近しながら、


「ぼくをお食べよ」

「……」


 狂ったようにリケイカインを狙っていたマギが矛を納める。

 段々と翼がもたつく。

 高度が下がる。

 死への秒読み。


「マギ様、もう消えてくださいっす」


 神葉がマギに追放を頼む。

 涙を流す瀬良寺も、


「お前はここにいてはいけない。私達にお前を殺す勇気はない。だからどうかここから立ち去ってくれ」


 リケイカインが猛反発。


「ダメ、絶対! ぼくは2人よりもマギに似てるから、わかるんだもん。マギに冷たくしちゃダメ! ぼくたちはもらった優しさの分だけ生きていける。使いきったらもう生きることをやめてしまうしかないんだよ」


 マギは語らない。

 ゆらゆらと飛ぶ。

 あてもなく。

 振り返らず。


「マギ! 生きて!!!!」


     *     *


「……何だったか、こやつの名前……」


 深山幽谷の地。

 雨に打たれるマギにゆっくりと1体の妖怪が近づく。

 土地を緑化するだけのミミズのような取るに足らない妖怪っすよ。

 神葉の講義が脳内に甦る。


「よせ。余を食うでない。余は妖怪皇帝ぞ。余は……死にたくない……」


     *     *


 誰も知らない花が咲いている、誰も知らない場所。

 山には空気が満ちて、河には水が流れている。

 人間も妖怪もいない。




   ━白鳥サノバビッチ 完━

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